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20話

 



「他にちゃんと聞いておきたいことはないかしら?」 


 もはや顔を上げる気力もなくして机に突っ伏しているわたしに、お母さんが聞いてくる。


「も、もう大丈夫デス……」


 ……思春期のせーきょーいくは第三者に習うべきです。けっしておかーさんに習うものじゃないとおもいまーす……。


 ふと最初に発情期を教えてくれた新婚さんのおねーさんのことを思いだす。

 あの知識は全て真のつがいになったときのことだったのだ。

 自分が「発情期=盛ること」という前提で質問してしまったからああいう流れになってしまったんだろう。決して彼女が新婚さんだったから頭の中がおピンクだったわけではないだろう……。



 ちょっと燃え尽きて顔を上げることのできないわたしの頭上で、お母さんのくすりと笑う声がした。


「ミモザは小さい頃『わたしは村を出て冒険家になるの!』って言ってよく庭や村の空き地で野営の練習をしてたけど、本当に村を飛び出していくとは思わなかったわ」

「え?」


 どこかで聞いたような話に思わず顔を上げる。

 だけどそれはわたしのことじゃなかったはずだ。


「それ、ヒューイ君のことじゃないの?」

「え、ヒューイ君? いやぁね、ミモザの話よ」


 お母さんは懐かしそうに目をほそめた。


「あの子は小さい頃とっても大人しい子で、いつもミモザの後ろをついてまわってたじゃない。それでミモザの『野営のくんれん』ってのにもなんだかんだ付き合ってて……」



 そのとき、わたしの脳裏に洪水のようにある光景が流れ込んできた。



『わたし大人になったら村を出て、ぼうけんかになるの!』

『ミモザちゃんすごい。ぼくもいっしょにいきたい!』


 人の姿に犬耳としっぽが生えた子供特有のすがたの小さいわたしと、女の子みたいに可愛くてぽやぽやした顔の黒髪と青い目をした小さな男の子。

 偉そうにふんぞりかえって宣言するわたしを前に、黒くて小さい狼の耳をぴくぴくさせ、可愛い尻尾をぱたぱたと振りながら目をキラキラさせて男の子は手をたたく。



 う、うわ~。小さいヒューイ君って半端なく可愛えぇ! マジ天使やわ!

 それに比べてわたしのふてぶてしいこと……。

 それよりも何よりも、冒険ごっこを夢見る痛い子はヒューイ君でなくてわたしだったのね……。

 もしかしてこんなちっさい時から「痛い子」だったから、今も「中二病」と皆に思われてるんじゃ……。

 うっわ、こんな黒歴史は思い出したくなかった……。


 そんな思いをよそに、あたまに浮かぶ映像はどんどん進んでいく。



『でもヒューイはなきむしだからだめ。いい? ぼーけんかってのは、強くないとだめなの。きびしい自然のなかで生活したり、こわい敵とたたかったりしないといけないの。泣き虫ヒューイにはむりだよ』

『じゃあぼくいっしょーけんめーがんばって、強くなる! だからぼくもいっしょにつれてって!』


 そして、なかばわたしが振り回すようなかたちで二人で特訓したりしたっけ……。

 あのときヒューイ君がサバイバルの練習してたって言ってたのは、わたしに付き合されてたからなんだ。

 あのときからかわなくって良かった……。


 しかもヒューイ君はわたしが見ていないところでもいろいろな努力をしていたみたいで。



『ねぇミモザちゃん、僕強くなったよ! ミモザちゃんといっしょにぼーけんかになれるよ!』


 顔を輝かせてそう言うヒューイ君はまだ女の子のように優しい顔をしていて可愛くて、当時のわたしはそれを頼りないと見ていた。


『ほんとに僕強くなったよ! じゃあさ、僕とかけっこして。それで僕が勝ったら、僕のおねがいをきいて!』


 わたしはヒューイ君よりも身体が大きかったし、ほかの子供達と競争しても負けたことがなかった。

 だからわたしは自信満々にその勝負を受けた。


 そして獣化した姿で駆けっこは始まる。


 ヒューイ君はわたしに隠れてそうとう練習していたようで、スタートダッシュからバネのように勢いよく飛び出してった。

 正直なところ余裕で勝てると思っていたわたしは、その勢いに圧倒されてスタートが遅れる。


 今まで誰かの後ろを走ったことなんてなかった。

 信じられない気持ちで前を走るヒューイ君の尻尾を追いかける。

 そして、追い越すこともできないまま、駆けっこはヒューイ君の勝利となった。


 わたしが「泣き虫ヒューイ」に負けたという事実に呆然としながら服を着ていると、喜びもあらわにボタンをかけまちがえてシャツもズボンから出ているヒューイ君が駆けてくる。


『ミモザちゃん! 僕がかったから、僕のおねがいきいて!』


 そうして眩しいくらいの笑顔で彼は言った。



『いっしょにぼーけんにつれてってね! 僕、ミモザちゃんとずっといっしょにいたいから』



 思い出した。

 ヒューイ君の後ろを走っている時に思い出した駆けっこは、この時のだ。


 つまりヒューイ君は、このお願い事を思い出してほしかったのか。


 そして。


 ヒューイ君は、小さい時からミモザのことが好きだったのだ。



「ミモザ、どうしたの?」


 お母さんの声で我に返る。


「あ、ううん。何か疲れちゃってぼーっとしてた」

「そうね、いろいろあったものね。もう寝ましょうか」

「あ、お父さんは?」


 たぶん女の子の話をするためにお父さんは席を外したのだろう。

 わたしの質問に、お母さんは口に手をあててうふふと笑った。


「ヒューイ君のお父さんと、今日は飲み明かすんじゃないかな」

「そっか」


 なんとなくだけど、絡み酒をしてヒューイ君のおじさんに慰められているお父さんの姿が浮かんだ。


「それじゃおやすみなさい」

「あ、ミモザ」

「なぁに?」


 部屋に引き上げようとして立ち上がったところで母さんがウインクしてきた。


「明日からはヒューイ君と二人っきりで過ごせるからね」

「えっ、どうして!?」

「だって発情期だから。仮のつがいだろうと真のつがいだろうと、一月の間は仕事も何もせずに二人っきりで過ごすことが許される期間だからよ」

「え、そうなんだ……。でも、わたしたち仮のつがいでもないよ?」

「え!?」


 お母さんの反応にわたしも驚く。

 お母さんは目を閉じると軽くうなった。


「……あぁ。今年の発情期はつがいの対象からミモザを外すように村中に言ってるから。それでヒューイ君は遠慮していたのね。わかった。明日お母さんがヒューイ君のおうちと村長さんに説明しておくから!」

「う、うぅ……」

「恥ずかしがる必要はないわ。発情期を楽しみなさいね!」



 何だか張り切っているお母さんにあいまいに返事をかえし、自分の部屋へと戻った。

 どっと疲れが出て、よろよろと寝間着に着替えてベッドに倒れこむ。


 そして、大きなため息をついた。


 明日からヒューイ君と二人きり。

 そう思うと、嬉しいというよりもどんよりと気分が落ち込む。


 はっきり言って、わたしはヒューイ君に惹かれている。

 男の意識もあるから好きとまでは言えないけど、他の女の子とつがいにはなってほしくないというのははっきり言える。

 だから公認された状態でヒューイ君と二人で発情期を過ごせるのはとても嬉しくて、今からドキドキしてしまう。


 そしてうぬぼれじゃなくて、ヒューイ君もミモザのことが好きだ。

 そう、今のわたしじゃなくて、小さい頃からのミモザのことが好きなのだ。


 そこでわたしの胸がずきりと痛んだ。


 目が覚めてからのわたしに優しくしてくれたのは、小さい頃からミモザのことが好きだったからだ。

 小さい頃の記憶が無くって男としての意識があるわたしじゃなくて、小さい頃に一緒に遊んだミモザに戻ってほしいんだ。


 わたしは、ヒューイ君が幼いころから抱き続けている純真な恋心を踏みにじる存在なんだ。


 そう思うと、自然と涙が込み上げてくる。

 わたしは声を押し殺して顔を枕に押し付けた。



 明日、ヒューイ君に本当のことを話そう。

 中二病的な設定とかじゃなくって、本当にわたしが男としての意識をもっていることを。

 今のわたしにはヒューイ君とつがいになる資格がないことを。

 そして彼のために、ミモザとしての記憶を取り戻す努力をしよう。

 その結果わたしとしての意識が消えてなくなったとしても、彼の幸せのためならそれでもいい。


 そう決心してわたしは眠りについた。





 ふと人の気配を感じて意識が浮上する。

 ゆっくりと髪がすかれる感触が心地よくて、つい目を開けるのを忘れてうっとりとする。

 いつも髪の毛をとかしてくれるお母さんの細い指と違い、おそるおそる触れてくるこの太くてごつごつした指は。


 うっすらと目を開けると、真っ暗な部屋の中に大きな人影があった。

 お父さんだ。

 お父さんは薄目を開けたわたしに気が付くことなく、ゆっくりとゆっくりと何度もわたしの髪をすく。


「やっと目が覚めたと思ったら、もうつがいができるなんて……。子供の成長ってもんは、早いもんだな……」


 なんだか声が湿っているような気がして、気づかないふりをしてわたしはそっと目を閉じた。

 いろいろな思いがこみあげて鼻の奥がつんと痛くなる。


 明日つがいにならかったって知ったら、お父さんは喜ぶかな?


 でもきっと、優しいお父さんはがっかりするような気がする……。

 そんなことを考えながら眠りについた。





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