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2話

 


 暖炉に火が灯り温められた部屋で、ミモザである俺の両親と机を囲んで暖かい夕飯を楽しんでいた。

 この村、というかこの地方にも四季があり今は冬。雪が降るまではいかないものの夜はとても冷え込む。

 母さんのつくったキノコのシチュー(みたいなもの)を食べて、心も体もほっかほかだ。


「はぁ、母さんのこれめっちゃうまい……、じゃなくておいしい!」

「うふふ、無理して言い直さなくていいのよ。それより、ご飯を食べてるときのその笑顔、小さい頃そのままね」


 母さんが微笑みながら俺のほほについた野菜をとってくれた。

 油断するとつい男が出てしまうが、俺の行動のはしばしがミモザの小さい時に似ているらしく両親は目を細めて懐かしがってくれる。

 もともと食い意地はって危険なところにある木の実を取ろうとして崖から落ちる位だから、決しておしとやかな女の子ってわけじゃなかったろうしな。


 そんな和やかな夕食を過ごしている時だった。


「もうすぐ春が来るわねぇ」


 母さんがぽつりと言った。俺も何となく頷きかけ、親父の顔を見てぎょっとした。

 親父の顔が青ざめ、木のスプーンを握る手がぶるぶると震えている。


「と、父さんどうしたの?」

「いやだお父さんったら。そんな怖い顔してどうしました? スープの味がおかしかったかしら?」


 俺と母さんが慌てる中、親父はぼそりと呟いた。


「発情期がくる……」

「発情期ぃ⁉」

「あら、そういえばそうだったわね」


 驚く俺とのんびり答えた母さんは、互いの反応に驚いて顔を合わせた。


「あら、ミモザは発情期を知らなかったかしら?」


 母さんがのんびりと聞いてくるが、こんな一家団欒のときに聞くような言葉じゃなかったはずだ。特に今の俺は14歳の若い娘のはずだ。

 突然出てきた単語に戸惑う俺に、母さんがのんびりと説明をしてくれた。


「お年頃になるとね、春に発情期がくるの」

「は、発情期って、あの発情?」


 俺の質問もおかしいと思うが、母さんのあっさりとした説明もおかしくないだろうか。


「ミモザは成人した記憶があるのでしょう? 発情期を知らない?」


 とっさに犬とか猫じゃないんだから!、と言おうとして口をつぐんだ。


 今の俺は獣人だ。俺の頭には犬耳があり、椅子に座った尻からは床につきそうなくらいへにょんとした尻尾が垂れている。……つまり、犬や猫のように発情期があるってことか!

 答えない俺を見て、知らないと判断した母さんが話を続ける。


「発情期になるとね、年頃の若い子たちがつがいを見つけて一緒になるの」


 それはつまり、夫婦になるってことか。

 発情期で夫婦になるってことは、つまり……その……。

 俺の頭のなかで、発情期で盛った猫が上げる唸り声が響いた。


「大丈夫だ。お前はまだ身体の調子が戻っていない」


 突然黙りこくっていた親父が、机越しに俺を見つめて話し始めた。

 いやいや、身体の調子が戻ってなくてなんで大丈夫なんだよ。

 そんな疑問を浮かべながら親父の顔を見返す俺に、ひきつった顔を無理やり笑顔にして親父は言った。


「お前も年頃ではあるが、お前にまだ発情期はこない! お父さんが断言するから安心しろ!」

「あら、そうね。たとえきたとしてもまだミモザは目が覚めたばかりだから、心にも体にも負担が大きいでしょうね。村のみんなにも、ミモザはまだ番になるのは無理だって言っておきましょうね」


 母さんがのんびりと言い、親父が力強くうなずいてみせたが、俺はそれどころではなかった。


 ……発情期。それが俺にくるですと? 

 女の身体で発情期を迎えるとなると、当然相手は男になるんですか? 

 俺は男相手に盛ってしまうとでも⁉


 顔から血の気がひき、だらだらと脂汗が流れてきた。


 いや、俺はミモザとして生きていくことを決心したが、男を好きになるとか、ましてや男と子作りをいたすなんて絶対に無理!! そんなこと考えたことすらなかった。


「み、ミモザ。そんな顔をしなくても大丈夫よ! 遅い子は20歳ぐらいになってから発情期がくる子だっているし、発情期がきたってすぐに番うとは限らないのよ!」

「そうだ! お前には発情期なんて一生来ないし、ずっと番なんか作らなくたっていいんだ!」


 俺が固まっているのに気付いた両親が、一生懸命になって慰めてくれる。

 母さん、でも普通ならもう発情期がきてもおかしくないってことだよね。そして親父、あんたのそれは自分の願望だ。


 知りたくなかった事実に衝撃を受け、おかわりをしようとしていたが食欲もすっかりなく。

 俺は両親に就寝の挨拶をすると、ふらふらと自分の部屋に戻って行った。


 パジャマに着替えるために服を脱ぐ。軽く身体を揺すれば、小ぶりな胸がふるふると揺れる。

 俺は少し考えた後、両手で乳を下からすくってふるふると揺らしてみた。

 うん、いい! 視覚・触覚ともに満足させられる。

 腕をつるりと撫でれば、14歳の瑞々しく柔らかい感触がする。


 受入れはしたものの、まだこの状況と身体には慣れていない。

 男としても感性はあるものの記憶があいまいなためか、違和感はバリバリだがこの身体に発情することはない。元の性癖がどんなのだったかも思い出せない。

 今オカズにするなら何か、と考えても出てこない。

 まだそこまで余裕がないってのが今の状況だと思う。


 パジャマに着替えベッドに飛び込む。

 お日様の匂いのする枕に顔をうずめ、うなった。


「発情期がきたら、俺、どうなっちゃうんだ……」


 AVみたいな「催淫薬で嫌だけど感じちゃうの!」とかなっちゃうんだろうか……。


 その日悩みながら眠りについた俺が見た夢は、「アマゾネスッ!!」と叫びながらジャングルを駆け回る意味不明な夢だった。





 次の日、俺はお隣のお姉さんちに「お菓子を食べにおいで」と呼ばれて一人でおじゃましていた。

 ちなみに人妻だ。旦那さんはたまにお仕事で隣の村に出かけたりするようで、今日も不在だった。


 おうちは新婚さんらしい可愛らしい家で、俺は何か微笑ましいような恥ずかしいような気持ちで勧められるまま椅子に座る。

 呼ばれた客は俺だけで、お姉さんはてきぱきと二人用の小さな机にお菓子とお茶を並べていく。

 新妻らしく可愛いエプロンと清楚なワンピース姿のお姉さんを見ながら思う。


 お姉さん、あなたもやっぱり発情期で発情してつがいになったんですか?


 お姉さんは俺の視線に気が付き、お茶を淹れる手をとめて微笑み返してくれた。

 いかんいかん。人妻の、更に新婚さんに対して考えることじゃねえよ。どこのエロ親父だよ、俺。


 俺は頭を振って発情期のことを忘れることにした。

 それからはお菓子やお茶を楽しみながら、世間話などをした。

 お姉さんは俺の身体の事とか、不自由してないかとかいろいろと聞いてくれた。


 そして気持ちもほぐれてきた頃、唐突にお姉さんが切り出してきた。


「ミモザちゃん。もうすぐ発情期がくるから、少しお勉強しようか」

「うえっ!?」


 突然のことで思わず変な声が出てしまった。

 何かAVでそんなセリフ聞いたような気がする……。


 おそるおそるお姉さんの顔を見ると、いやらしい目つきで舌なめずりしている……わけでもなく普通にニコニコしているお姉さんと目があった。


 あぁ、あれか。体に教えてあ・げ・る、とかじゃなくて、保健体育の授業みたいな感じか。


 俺は勘違いした恥ずかしさから椅子に座ったまま、お姉さんの視線から逃げるように首をすくめた。

 うぅ、いつもへたっている耳が更にへにょっとなり、尻尾は椅子の下でちぢこまっている。


「本当なら自然と先輩の体験談とか聞いて知ってくものだけど、ミモザちゃんはその機会がなかったでしょ?」


 たぶん昨日の流れから、母さんがお願いしてくれたんだろう。まさか親が性教育をするわけにはいかんからな。

 俺は心の中で母さんに感謝しつつ、お姉さんに「お願いします」と頭を下げた。

 お姉さんは俺を安心させるようにうんうん、と頷いた。


「目が覚めたらいきなり発情期だから不安だよね」

「そうなんです。私の前世で知っていた発情期ってのは、興奮して、それで……その、こ、子供を作りたくなっちゃうっていう……」


 だいぶぼかして言ってみたがやっぱり気になるのはそこなわけで、でも女の人にそんなことストレートに言うわけにもいわず口の中でもごもご言うことしかできなかった。

 いかん、顔が赤くなって口の中がカラカラに乾いてきた。


「まぁ、そんな感じね」


 あっさり頷くお姉さん。やっぱりそうなのか!?


「そ、その! 頭の中が子作りのことだけになったりするんですか!?」

「う~ん、人によって個人差はあると思うからはっきりは言えないけど……」


 ということは、全ての人がそういったわけじゃないとうことか。

 俺はほっとして知らず溜めていた息を吐いた。

 少し余裕が出てきて、お姉さんが入れてくれたお茶に口をつける。


「ほとんどの人がそうなるし、私も彼が欲しくてたまらなくなったわね」

「ぐほっ!!」


 まさかの発言に思わず飲みかけていたお茶を吹き出した。


「今でももちろん彼のことが好きで頭から離れないわ。でもね、発情期の間はもう魂がつがいの全てを欲しいって叫ぶ感じね」


 そう言ってお姉さんはウインクをしてみせた。

 いかん、ここは新婚さんだ! これは惚気という名の、生々しい女子トークを聞かされることになるんだろうか……。


 俺はこれからくるであろうピンク色な爆弾に身構えたときだった。

 お姉さんはふっと微笑んで手を伸ばし、俺の頭を撫でた。


「まだ目が覚めて間もないから、不安でしょうがないよね。でもね、情熱的に愛し合うってことは悪いことではないのよ? 全くわからないことだらけで戸惑うとは思うけど。そうね、生きているってことを強く感じれる、命が一番輝く素晴らしい時だと私は思うわ」


 俺はお姉さんの笑顔の前で、発情期って盛っててやることしか頭になくて、AVのように「悔しい、でも感じちゃうっ!」てな感じと思っていたことを深く反省した。

 そうだよな、自然の営みなんだもんな。いやらしいとか、後ろめたく思う必要はないんだもんな。


「お互いを求めあって一月ほどずっと愛し合うの。とっても素晴らしい期間よ」


 いや、やっぱり盛りっぱなしなんじゃないか! AVの世界じゃないか!!

 俺は思わず机に突っ伏した。


 

 とはいえその後はピンクな内容はなく、他に何か気になることはないかとか、村の誰それが鍋を焦がした話とか、たわいない話をして楽しんだ。


 そして夕方ごろになり、そろそろ家に帰ろうかというとき。お姉さんがふと思い出したように俺に聞いてきた。


「ミモザちゃんは今誰か気になる子はいるの?」

「うぅ、まだいないです」


 恋愛対象が男とか女とか考える前に、俺の精神年齢が関係する。

 俺、前世の齢は覚えていないんだが絶対14歳より上なんだよな。今の俺と同じぐらいの齢の子を見てると、なんか親戚の子を見ているような微笑ましい気持ちになる。

 絶対恋愛対象として見れない。

 俺の前世の性癖はロリでもショタでもなかったのだろう。


 俺はにこにこしているお姉さんを見上げる。

 旦那さんと二人でいるところを見たことあるが、発情期とか関係なく本当に熱々な二人だ。

 この二人のことを考えると、情熱的な時期ってのも悪くないような気がする。


 そこでふと気がついた。

 発情期の相手って、一人ですか?


 俺はお姉さんの顔を思わず見つめる。

 つがいになるのは一人だ。だが、発情期中に一発目でつがいが決まらなかったら?

 母さんが言ってたじゃないか。


『発情期がきてもすぐにつがうとは限らない』


 子作りすることしか頭になくなるのに、特定の相手が決まらないってことは……っ!!


 ぬぅおおおおおおお、それってどんなご乱交⁉ 


 とっさにお姉さんにそのことを聞こうとして、はっと口をつぐむ。

 それって「今の旦那と結婚する前に、何人の男と関係をもちましたか?」って聞くことだよな? それってすっげぇ、最低な質問……。


 それ以上を聞く勇気はなく、俺はお姉さんちを後にした。

 せっかく前向きになりかけた気持ちは、最後の最後でどん底に落ちた……。




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