18話
なんか木の後ろで深呼吸をしているヒューイ君をほっといて、とって来てくれたご飯をありがたく頂く。
夢中で食べていると、いつの間にか獣化した狼ヒューイ君がそばでじっと見ていた。
洞穴の中でもわたしがご飯を食べている時はじっと見ていた。
今まではおかーさんが子供を見守る感覚なんだと思っていたが、ヒューイ君とわかった今では不思議だ。
わたしは食事を終えると、適当な木の後ろに隠れて人化した。
何だろう。話をするためとはいえ、自然の中でマッパになることに抵抗が少なくなってきているような気がする……。これって問題だよね……。
わたしが人化したことで話があるとわかったヒューイ君も、すかさず木の影に隠れる。
……ヒューイ君も最初は人化すると寒くて死にそうって言ってたのに、なんかひょいひょい人化するようになってるよね……。
「どうかした?」
「ちょっとした疑問なんだけどね」
大自然の中でマッパでいることに快感を覚え出してはないですか?
と聞ききそうになる気持ちを抑え、さっき疑問に思っていたことを質問をしてみた。
「洞穴にいるときも思ったんだけど、どうしてわたしがご飯食べてるとこをそんなに飽きることなくじっと見てるのかと思って」
「……あぁ、そんなこと」
そんなこと、かよ。だったらマッパについて聞けばよかったかね?
「ミモザがすっげぇ幸せそうに食べるから、見てるの好きなんだ」
「すっ、す!?」
何を動揺してるんだ自分!
ご飯を食べてるのが好きって言っただけじゃないか!
たしかに、わんころやハムスターとかが餌を夢中ではふはふしながら食べてるのは見ていて可愛いもんな。
いや、自分がかわいいとは言ってないぞ!
「ミモザ、……喜んでる?」
「はぁっ!? 何言ってるの? そ、そんなわけないっし!!」
「うん、そっか。そっか、そっか!」
「ちょっと、何で嬉しそうなの!? ねぇ、勘違いしないでよ!?」
お互い木に隠れてて顔は見えないけど、ヒューイ君が笑ってるのが気配で伝わってくる。
な、なんかわたしばかり動揺していて悔しいぞ。
おい、お前も落ち着け尻尾よ!
「……なぁ」
「なに!? まだなにか?」
「ミモザの顔が見たい。……そっち行っていい?」
「いいわけないでしょぉおお!? お互い素っ裸なんだから、もしこっちきたら二度と口きかないからっ!!」
「! ごめん!」
今度は木の向こうからしゅんとしたような、どんよりしたような空気が伝わってくる。
いかん、動揺しててちょっと言い過ぎたかも。
繊細な少年の心を傷つけちゃったかな、う~ん、ここは何かフォローしてあげないと……。
「ねぇ、ヒューイ君」
「……なに?」
返ってくる返事がめちゃくちゃ暗い。
あちゃ~、これはめっさ落ち込んでるわ。
「ヒューイ君って、サバイバル能力っていうか、自然の中での生活力が凄いね。雪の中から巣穴を見つけたり、魚や動物を捕まえたり、村で生活してたらなかなかあぁはできないよね?」
これも疑問に思ってたことのひとつ。
獣の姿だからって野生化するわけじゃない。それはわたしのポンコツぶりからも身に染みてよくわかった。
なのにヒューイ君ときたら野生の狼と言われてもおかしくないくらい、雪の厳しい自然の中でわたしを養えるぐらいには適応していた。
村の中だけで生活をしていた少年が、いきなり自然に放り込まれてもあんなにはできないはずだ。
「あぁ。……たまに練習したりしてたんだ」
「練習?」
そこでヒューイ君は黙り込んでしまった。
あれ? なんか聞いちゃいけないことだった?
だいぶ長いこと黙ったあと、とても言いにくそうにヒューイ君は教えてくれた。
「……なんというか、ガキの頃に、村を出て冬の山で生きるためにはどうするかとか、夏の無人島で生きるためにはどうするかとか考えて、それで野営の練習をしたり……」
それって、小学生が家出計画をたててみたり、秘密基地をつくって想像上の敵が攻め込んできた時の対処法を考えたりするような?
……やっだ、ヒューイ君! 人のこと中二病呼ばわりしといて、あなたそれ以上に恥ずかしいことしてるんじゃん!
さっきからかわれた仕返しに、そのことをネタにからかい返してやろうと口を開いて。
そのおかげでわたしもヒューイ君もこうやって無事にいられることに気が付いた。
「そうやって練習してくれてたから、わたし助けられたんだね。ありがとう!」
「! ……あぁ」
わたしのお礼に、ヒューイ君はなんだかとってもしみじみとしながら答えた。
子供のころの恥ずかしい訓練が役に立ったからかな?
このやりとりが、ヒューイ君にとってはとても大事なことだったなんて、その時のわたしには想像もつかなかった。
「じゃ、俺も何か食べに行ってくるわ。ミモザはここで待っててな」
「あ、わたしも一緒に行く!」
またヒューイ君がわたしのために隠れてつらいことをするのはもう嫌だ。
慌てて獣化しようとすると、ヒューイ君がくすくす笑う声がした。
「俺とそんなに離れたくない?」
「はぁっ!? そんなわけないし!」
むぅ、ちょっと褒めたらまた調子にのりだしたか!
「でも待っててな。ミモザがついてきたら獲物に逃げられちゃうからさ」
「ふぐっ!」
ズバリと言われて返す言葉もなくつまっていると、ガサガサと草が揺れる音がして狼の姿になったヒューイ君が林の奥に消えていった。
わたしも犬の姿になると、余計なことをしてまたヒューイ君に迷惑をかけないようにおとなしく木のウロ穴に座った。
……ヒューイ君の身体、やっぱり畑仕事とかしてるだけあって、ひきしまっていい身体してたなぁ……。
目の前で人化されたときに見えたヒューイ君の身体を思い出す。
なんつうの? 作った身体じゃなくって、自然と出来上がった実用的で綺麗で、更に若さ特有の瑞々しさがあるっていうか……。
筋張った腕といい、長い指といい、胸から腹にかけてのあの流線型といい、えぇわぁ……。
「わふぅ!!」
いかん、また変態的な妄想に!
ぶんぶんと頭を振ってヒューイ君の裸体を振り払う。
深呼吸、深呼吸……。
森林浴でマイナスイオンがそこらじゅうを漂ってるんだ、思いっきり吸い込んで身体の中も頭の中もクリーンにせにゃ!
……ふぅ、裸身デリート。
だけど森の中は静かで、なおかつ何もすることなくぼーっと待っているだけだと、頭は勝手にいろんなことを考えてしまう。
ヒューイ君の身体とか。ヒューイ君の身体とか。ヒューイ君の身体とか……。
…………。
ええい、消え去れ煩悩よ!! おらに集まれ、マイナスイオーンッ!!
結局わたしの妄想は、食事を終えたヒューイ君が戻ってくるまで延々と続いた。
だってもう、目に焼き付いて離れないんですよ! もう、しょうがないよね!?
それからまた半日ぶっ通しで駆け抜け、ようやく村の手前にたどり着いたところで狼ヒューイ君の足が止まった。
お父さんお母さんに早く会いたくて今すぐにでも村に飛び込んで帰りたいのに、どうしてこんなとこで止まっているの?
焦れて狼ヒューイ君を見上げると、そんなわたしに答えるように彼は遠吠えを始めた。
ヒューイ君の真意がわからずにただ戸惑っていると、村の方から二人の女の人が飛び出してくるのが見えた。
お母さんとヒューイ君のおばさんだ!!
「お母さぁああああああん!!」
わたしはこみあげてくる思いに突き動かされ、こちらに駆け寄ってくるお母さんに少しでも早く会いたくて泣きながら走った。
「ミモザ!」
「お母さんっ! ごめんなさい! ごめんなざぃいいいいい!!」
涙と鼻水でぐしょぐしょな顔で、必死にお母さんに抱き付く。
お母さんはわたしの名前を何度も呼びながらわたしをぎゅっと抱きしめてくれた。
「ミモザ、無事でよかった」
「ごべんなざい、ごべんなざぃい、うぇええええええん!!」
言葉にならず小さい子供のように泣き出したわたしの背中を、お母さんはあやすようにゆっくりとさすってくれる。
その手がとても暖かくて、わたしの気持ちはじょじょに落ち着きを取り戻す。
「よしよし、ミモザ。落ち着いてきたらお洋服を着ましょうか」
「うぇ!?」
そうでした、わたし素っ裸……。
慌てて後ろを振り向くと、すでにヒューイ君はおばさんから渡された服を着ていた。
そしておばさんに頭を押さえつけられ、わたしとは反対方向を向いていて……。
「ぎゃぁあああああ!!」
「はいはい、ミモザの服はここですよ。早く着ないとお父さんが待ちきれなくて突撃してきちゃうわよ?」
「ひぃやぁああああ!!」
わたわたしている間にお母さんはテキパキと服を着せてくれた。
洞穴の中でも確認済みだけど、わたしの犬耳とへたれ尻尾は引っこまないままで、お母さんが持ってきてくれたスカートの尻尾専用穴にすっぽりと収まりました。
あぁ、このフィット感ひさしぶり……。
そしてわたしが服を着るのを遠くのほうで待っていたお父さんとも、しっかりと抱きしめあった。
言葉もなくただわたしを抱きしめるお父さんの服が破れかけているのを見て、暴走熊化の一歩手前であったこと気が付きほろりと涙が出た。
お父さん、本当にごめんなさい。




