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17話

 


 一面の雪が陽の光を反射して眩しいなか、わたしとヒューイ君は村をめざして駆けていく。


 ヒューイ君もここがどこら辺なのかはよくわかっていないそうだが、犬も狼も帰巣本能と言うのがあるので大体こっちに行けば村があるだろうという感覚で走っている。


 ちなみにヒューイ君が前でわたしが後ろ。

 並んで走ってもいいじゃないかと思ったが、たまにズボッと雪の中に埋もれては狼ヒューイ君に助けてもらっているため、彼が踏み固めた後を踏むようにしている。



 狼ヒューイ君が走るたびに黒い尻尾が揺れる。


 それを何となく眺めているうちに、なにかが記憶のかたすみに浮かんできた。


 何だろう、前にもこんなことがあったような気がする。

 狼ヒューイ君の尻尾を眺めながら、後ろを付いていったことがあったような気がする……。


 考え込んでいるうちに走る速度が落ちていたようで、狼ヒューイ君が振り返って立ち止まった。

 疲れていると思われたのか、狼ヒューイ君はわたしの首根っこを咥えると岩陰に連れて行ってくれた。

 ここで少し休憩を取ろうという事か。

 思い出しかけたことに集中したかったので、わたしもありがたく受け入れて座り込む。



 何だろう、なんか喉に小骨が刺さったようなもどかしい感じがする。

 もう少しで何か思い出せそうなんだけど……。


 心配そうにわたしの顔をのぞきこむヒューイ君の顔を見上げる。

 つかみかけていた何かが遠ざかる。

 違う、顔を見ても思い出せない。

 さっき思い出せそうだったシチュエーションは何だったか焦って考える。


 そうだ、狼ヒューイ君の後ろ姿を見てたときだ!


 ささっとヒューイ君の後ろに回りこむと、わたしの行動に戸惑って固まっているヒューイ君の尻尾、正しくは尻尾とお尻を凝視する。

 なにか、何か思い出せそう!

 つかみかけたと思った瞬間、情けない顔をした狼ヒューイ君が振り返ったため視界から尻尾とお尻が消える。


「がうっ!」


 動かないで!と吠えると、狼ヒューイ君は俊敏な動きでわたしにお尻を向けた。


 今見ているお尻とは別に、脳裏に浮かんでくるのは小さくて黒くて丸いお尻と短い尻尾。

 ぴこぴこと元気よく揺れる小さな尻尾の映像が浮かび、それと同時に何だか悔しい気持ちがわいてきて……。


「わんっ!!」


 思い出した!!

 断片的な記憶だけど、ヒューイ君に関する記憶を思い出した!

 早くヒューイ君に伝えたい!


 わたしは岩陰のさらに奥にある草むらに身を隠した。


「ヒューイ君! わたし少しだけど思い出したよ。小さい頃にヒューイ君と競争して、わたしヒューイ君に負けて悔しかったってことを思い出したよ!」


 人化してマッパなため、草むらの中から顔だけをだしてヒューイ君の反応をうかがった。

 狼ヒューイ君は、目をまんまるくして固まっていた。


 その表情からは記憶が少しでも戻ったことを喜んでくれているのか、それともその記憶に覚えが無くて戸惑っているのか、それとも単純に驚いているのか、それだけしか思い出せないことを嘆いているのか、さっぱりわからない。


 ヒューイ君の反応を楽しみにしていたのにすっごくがっかりした。

 そして雪の中でマッパ状態なので身体も興奮も冷め、すぐに獣化して犬の姿に戻った。

 まだ固まっているヒューイ君のそばに駆け寄り、「いつまで固まってんだよ!」と走った勢いのまま頭突きした。


 狼ヒューイ君はよろけながらはっと気が付くと、「もう行こうか?」と見上げているわたしの顔を見た。

 そして。


「ほ、他に何か思い出せた!?」

「っ!! きゃんっ、きゃんっ!!」

「! わりぃ!」


 わたしの目の前で人化しやがりました。

 ばっちりあそこに目が行ったわい!! って言うか、小型犬なわたしの目線にばっちりあったわい!

 別に女の子じゃないからキャー!!とか変態!とかもう顔も見れないぃ!とか言うつもりはないけどさ!

 ついでに記憶に残る男だった時の自分よりももしかしたら立派じゃね?とか思ってないからね!



 さっきまでわたしが隠れていた草むらに今度はヒューイ君が逃げ込む。

 そして顔だけを出してこちらを伺ってくる。

 くそっ、そんな間抜けな姿、可愛いなんて思ってないからな!


 先ほどのヒューイ君の質問に答えるため、他の事は思い出せていないと首を横に振ってみせた。

 ヒューイ君は一瞬残念そうな顔を見せたが、すぐに笑顔になった。


「凄いなミモザ! そうだよ、俺とミモザが駆けっこして、一回だけ俺が勝ったんだよ。たぶんそのときの記憶だろうな」



 たぶん、たぶんだけど。

 ヒューイ君の反応を考えるに、その駆けっこの前後の記憶を思い出してほしかったのではないだろうか。

 だけどようやく思い出したのはそれだけだった。

 やっぱりヒューイ君は全部思い出してほしいんだろうな……。


「くぅ~ん……」


 期待に応えられずつい耳と尻尾がへしょげる。

 少しでも思い出せて嬉しくて興奮していた気持ちが、嘘みたいにみるみるしぼんでいった。


「どうした!? 急に思い出したら頭とか痛くなった!?」


 ヒューイ君の慌てた声と同時に、隠れている草むらがガサッと大きく揺れた。


「がうがうがっ!!」


 とりあえずマッパでこっち来るなよ!!と吠えると、ヒューイ君は狼の姿で駆けよって来てわたしの顔を覗きこんできた。

 なんで狼の顔なのに、こんなに心配そうな表情ができるんだろう。

 ぽけ~っとその顔を眺めていると、我が子を心配する母狼のように顔をペロペロと舐められた。


 いかんいかん、ヒューイ君に母性が目覚めたら大変だ。

 ……いや、もう手遅れ?


 わたしは心配ないと伝えたくて、その場でくるりとまわって「わんっ!」と元気よく吠えてみせた。

 それでもまだこちらを心配そうに見てくる狼に、ぼーっとしてるんなら置いてくぞ!とばかりに一匹で駆けだす。


 ヒューイ君は慌てて追いかけてくると、ときどき振り返りながらもまたわたしの前に出て走り出した。


 絶対に、絶対に 思い出して見せるからね!!


 わたしは決意を新たにすると、何かしらの糸口にならないかと、前を行くヒューイ君のお尻を睨み付けんばかりにガン見しながら村を目指した。



 やだヒューイ君。

 そんなに何度も振り返らなくたって、わたしはちゃんとついて行ってるよ!

 心配性だなぁ、もう。





 村まで一日ではたどり着けず、途中食事をとったり休憩をとったりしながら走った。

 洞穴にいたときと同じく、移動の途中もやはりヒューイ君が食事を調達してくれる。


 ヒューイ君を先頭に林の中に入る。

 ここまでくると村の気候と大体同じで暖かく、どこを探しても雪は見当たらなくなっていた。


 木の根元にちょうど良い大きさののウロ穴を見つけて休憩するために座り込む。

 狼ヒューイ君がささっと木の後ろに回り込んだので、何してるんだろうと覗きこもうとした。


「俺食料をとってくるから、ここで大人しく待ってるんだぞ!」


 人化したヒューイ君のマッパを覗こうとしていたことに気づいて慌ててウロに戻る。


 そういえばヒューイ君、わたしに見せないように隠れて生きた兎をむさぼり食べてたっけ。

 素朴で優しい少年だけどなかなかワイルドなのね、と感心する。

 更に思い出せばわたし用に木の実とかとってくれてたけど、あれって狼の姿じゃとれないよね。

 もしかして吹雪く林のなかを、マッパで木に登って木の実を取ったりしてたのかな……。

 いやもう木の実は落ちてるだろうから、狼の嗅覚で雪の下をほじくりかえして探してくれたのかな……。



 物音がして振り返ると、なんか引き気味の狼さんがいた。

 いかんいかん。

 マッパで林の中をうろつくヒューイ君を想像していたら、いつの間にか帰って来ていたようだ。変な声を出して笑っていたかもしれない。


 わたしの妄想がばれてないか狼ヒューイ君の様子をうかがっていたら、はよ食えとばかりに木の実や果物をぐいっと出された。


 わたしはそれをありがたく頂く前に、ささっと木の後ろに隠れて人化した。

 脳裏によみがえるのは、冷たい水の中で一生懸命血の臭いを落とそうとしていた狼ヒューイ君の姿。

 あんなつらいことはもうしてほしくない。

 思い出すだけで胸が締め付けられ涙が出てきそうになって、何だか湿った声でつっかえながら伝えた。


「ヒューイ君は食べないの? 血を見ても、わたし怖くないよ? わたしに遠慮なんてしなくていいから……」


 そこまで言って鼻を小さくすすり、言葉をつづけた。


「……ヒューイ君の好きにしていいよ?」


 狼ヒューイ君はきょとんとした後、慌てるように他の木の後ろにまわりこんだ。


「あ、うん! ちゃんと食べるから。ミモザは気にしないで食べてて!」



 ヒューイ君、何で声がうわずってるんだよ。




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