16話
しばらく狼ヒューイ君にくるまわれて身体を暖めあった。
だんだん身体が暖まって余裕が出てくると、今後のことが気になってしょうがない。
まさか狼さんがヒューイ君と思わなかったからここで暮らしていこうと思っていた。
だけどヒューイ君と二人で獣として生きていくわけにもいかないし、服もないこの環境で人型で一緒にくらしていくのなんて尚更だ。
それにわたしが村を出て行ったあとの父さんや母さんのことも聞きたい。
「くぅ~ん」
狼ヒューイ君に顔を近づけて、話をしようと伝えてみる。
思いは伝わるわけもなく鼻先をぺろぺろと舐められた。
やっぱ伝わらないか、意志疎通を図るには獣姿は不便だ。
ここはいっちょ、また背中を向け合って人型になって話し合うしかないだろう。
狼ヒューイ君の懐から抜け出そうともがくが、何を勘違いしたのか身体にぐっと力をこめて抜け出すのを許してくれない。
説明しようにも獣型では言葉で話せないし……。
わたしは考えたけっか、実力行使とばかりに狼ヒューイ君の懐のなかで人化した。
「ギャウゥン!」
驚いたヒューイ君の戒めがゆるむ。
わたしは急いで身体を離すと、ヒューイ君に背中を向けて胸とお尻を隠した。
あれ? 尻尾がはえてる?
慌てて身体をひねってお尻を見ると、見慣れた犬の尻尾が肌色のお尻から生えていた。
え、なんで? 完全に自分の身体を操れるようになったんじゃないの?
疑問だらけの頭でお尻を見ながらふと顔をあげた。
背後で、目を見開いた狼ヒューイ君が、わたしの身体をこれでもかと凝視していた。
「あっちを向く! 話をしたいから壁の方向いて人化して!!」
尻尾をもってお尻をかくし、わたしは背中をむけたまま必死に叫んだ。
いきなり人化したわたしに驚いて反応が遅れたとか、人化したのに生えたままのわたしの尻尾に驚いて見ていたとか、いろいろな可能性も思い浮かべた。
だけど正直な狼ヒューイ君の尻尾は、そんな可能性を全て否定せんばかりに左右に激しく揺れていた。
これだから男って奴はぁぁあああっ!!
狼ヒューイ君がしょんぼりと頭を下げながら壁際に行ったのを確認し、わたしもささっと壁際に移動する。
さっきお互いに背を向けていたけど、実はこっそり見てたりしてないよね?
自分もさっきはヒューイ君の身体の妄想をしてたくせに何となく過敏になってしまう。
「どこ見てんのよっ!」って言う女の人は自意識過剰だと思っていたけど、今ならその気持ちわかります、ごめんなさい。
「……話って、なに?」
「とりあえず、こっち見たらもう獣化して口きかないから」
「! わかってるよ! さっきは目の前で人化されたから、ふ、不可抗力だから! ごめんって!」
焦るヒューイ君の謝罪にひとまず信用することにした。
ま、目の前に女の子の裸があれば自然と目が行くのはよくわかるさ。
「うん、わたしもうかつだった。これからは気を付ける」
背後から大きな安堵のため息が聞こえた。
安心したようだがな、これが本当の女の子だったらこうはいかないぞヒューイ君。
「お父さんとお母さん、わたしがとつぜんいなくなったから心配してるよね……」
話していると鼻がつんとして、だんだん声が小さくなってしまう。
「一応、説明しといた」
「え?」
おもわず振り返りそうになって慌てて顔をもどした。
人に見るなっていっておいて自分がこれだもんな、いやそうじゃなくって!
「せ、説明した?」
「うん、ミモザが俺の部屋に来て、それでどこかに飛び出していったから俺が追いかけるって。家をでる前に俺の母さんに」
「えぇ!?」
「母さんもミモザのおばさんに説明しといてやるって言ってたから、今頃ミモザのおじさんおばさんもお前が帰ってくるのを待ってるぞ」
「ひぃぇええええええ!!」
も、もう帰れない。
ヒューイ君にあんなことした淫乱娘だから村にいられないって飛び出したけど、そんなにがっつり知られていたらもっと帰れない……。
あぁ、それよりも言わなければいけないことがあった。
「ヒューイ君」
「ん?」
「……とつぜん押しかけて、……あんなことしてごめんなさい。……こんな格好で言っても謝ってるように聞こえないと思うけど。それから、ひどいこと言ってごめんなさい」
突然背後でごつっとかべに頭をぶつける凄い音がして、慌てて振り返りそうになって思いとどまる。
「ヒューイ君、どうしたの!?」
「いやっ、大丈夫! 気にしないで!!」
お互いの顔を見ながら話せないのがこんなにもどかしいなんて。
なんかまだ後ろではあわあわ言ってるのが聞こえる。
「あの、あのな。それについては気にするな! というか、頼むから今ここでそのことについて話をしないでくれ! 本当に頼む!」
「あぁ、うん。わかったよ……?」
切羽詰まったヒューイ君の言葉を疑問に思いながら返事をして、わたしのなかの男の部分が答えを導き出した。
……そりゃぁ、マッパで本人がすぐそばにいるのに、あんなこと思い出しちゃのっぴきならない状態になりますよねぇ……。
「……ごふっ」
何となくヒューイ君がどういう状況か想像できて思わずむせた。
どちらも黙りこくったせいで沈黙がいたい。
ヒューイ君は何度も深呼吸していた。
「もうわたし、恥ずかしくて村に帰れないよ。本当はヒューイ君にも合わせる顔ないって思ってた」
沈黙にたえきれず、つい言葉をこぼす。
「いや、さすがに……部屋でのことは言ってないから、気にスンナ」
ヒューイ君、早口で言いながら前かがみになるんじゃない。
「思い余って相手のところに押し掛けたりするのはさ、発情期がはじまったばかりのやつならよくあることなんだ。だから皆どうも思ってないよ」
「えぇ!? 押しかけてそのまま事に及ぶの!?」
「ええっ!?」
そこでお互いに振り返り、あわてて前を向き直した。
「ミ、ミモザはもしかして発情期のこと勘違いしてないか?」
「え、発情期って、子作りのことしか考えられなくなって、しかもつがいと一月ほど愛し合うんでしょ!?」
「えぇええええっ!? それは成獣になって正式につがいになった後のことだよ!」
「えぇええええっ!?」
ただでさえ狭い巣穴に、二人の絶叫がわんわんと響く。
「じゃ、じゃあわたしたちの発情期って!?」
わたしの質問にヒューイ君はうっと詰まった後、つっかえつっかえ説明してくれた。
「最初は、別に特定の相手はいなくても俺なら女の子、ミモザなら男の子のことが気になるって感じかな……。うぅ、俺は男の発情期しかしらないぞ?」
「うん、それでもいいから教えて。今後のわたしに絶対必要な知識だから!」
また村を飛び出されてはたまらないと思ったのか、ヒューイ君は仕方なさそうに話す。
「……。それで、徐々に特定の相手が気になりだすかな……。特に発情期が近付くと相手が誰に発情しているのかすごく気になって、その相手のことばっかり考えるようになるかな……」
「…………。」
わたしは言葉をなくして聞いていた。
それってどんな小学生だよ。
誰だよ、発情期って盛ってヤルことしか頭になくなるなんて考えてたのは。
わたしか。
「……あの、もういいならこの話やめるんだが」
「いや、もっと教えて!」
黙っていたわたしを不審におもったのか、ヒューイ君がおずおずと声をかけてきた。
わたしの返事にヒューイ君はうっ、と呻いて続きを話し出す。
「それで発情期が本格的にきたら、気になっている相手に告白するんだ。OKならその二人は『仮のつがい』になるし、ダメだったらその年は泣き寝入りだな」
「つがいって、夫婦のことじゃないんだ……」
「あぁ、夫婦は『真のつがい』って言うな。でも普段はどちらも『つがい』って言う」
つまり、母さんが言ってた『つがい』ってのは、夫婦じゃなくっていわゆるカップルのことか!
親父は過剰反応しすぎなんだよ! ややこしいな!
「それで、『仮のつがい』になった後は?」
「う、まだ聞く?」
「だって間違えた知識のままつっぱしりたくないもん」
「うぅ……、わかった。……仮のつがいになった後は手をつないだり、二人で野原にピクニックに行ったり、お互いに獣化して毛づくろいしあったりとかかな……」
なに! なにその歯がゆいほどの清らかな交際は!?
発情期っていかがわしい名前だったから騙されたよ!!
それってただの思春期じゃん!
わたしは思わず頭をかかえこんで呻いた。
しっかりと犬耳の感触が手に伝わる。
こっちも引っこんでなかったか!!
もう何に頭を悩ませているのかもわからなくなってきた。
「……あの、……もう満足したか?」
「あぁ、うん。ありがとう……」
これ以上は恥ずかしくて聞けない!
なんだか自分が薄汚れた大人だって責められてるようでいたたまれない!!
「だからさ、村に帰ろう」
「……うん」
そしてわたしたちは、二人ですごした巣穴をあとにするために獣化した。
お互いに犬と狼の姿で見つめ合う。
なんとなくここで過ごした2日間が愛おしくなって、どちらともなく近づいてスリスリしあった。
どのくらい身体をこすりつけあったのか。
まだ名残惜しい思いを残しつつさっと身体を離すと、未練を断ち切るように横穴に身体を滑り込ませた。
いやぁあっ、外に出るのはひとりでできるから! 格好良く退場しようとしたわたしの努力を踏みにじらないでぇえええ!! 問答無用でお尻を押すのはやめてぇえええ!!