12話
「けひゃんっ!」
ころころと転がりながら目が覚めた。
回転はすぐにとまったが、ぐるぐると目がまわり突然のことに何が起きたのかわからない。
巣穴の中はだいぶ明るく、もう朝になっているのがわかった。
まだ働いていないあたまを上げて周りを見回すと、すぐそばで狼さんが立ち上がってフー、フ―、と荒い息を吐きながらわたしを見ていた。
あぁ、狼さんが急に立ち上がったから、密着してねていたわたしはころがってしまったのか、といまだ息の荒い狼さんをぼーっと眺めながら思う。
狼さん、寝ぼけたのかな? 変なゆめでも見たのかな?
よく見ると、狼さんはわたしをにらんでいた。
え、なに? もしかしてまだ寝ぼけてるの?
やだ、寝起きのあたまで目の前にエサがいるとか思ってないよね!?
とたんに尻尾がおまたの間ににげてしまう。
全神経を集中させて狼さんの様子をうかがうと、狼さんのお腹から胸元にかけて毛がでろんでろんに濡れていることに気がついた。
「…………きゅん……」
どうやらわたしは狼さんのおなかに、あろうことかおっぱいを探してべろべろとなめまわしたり吸い付いたりしていたようだ……。
うん、寝ぼけていたのはわたしのほうでした。
狼さん、ごめんなさい……。
いまだ息の落ち着いていない狼さんの前で耳をぺたんと倒しながら、なんでこんな赤ちゃんみたいなまねを……とうつむいてしまう。
そして、母さんや父さんをのことを思い、つんと鼻が痛くなった。
なにも言わずに出てきてしまったから、心配してるだろうな……。
あのときは頭がおかしくなっててパニックにもなってて、つい村を飛び出してしまった。この雪の大地にきてからは、あのじっとしていられないようなウズウズ感もないし、感情的になることもない。
なんであんなに浮ついていたんだろう、と思えるくらいにおちついていられる。
この冬まっさかりの土地では、発情期のえいきょうはうけないみたい。
だからおちついた状態で考えてみれば、母さんたちに申し訳ないという思いが胸をしめつけて苦しい。
だけどあんなことをしてしまった手前、母さんたちに迷惑をかけてしまうのでもうあの村にもどることはできない。
ならせめて、わたしは遠い地でぶじにくらしているということでも手紙にかいて知らせておこうか……。
こっそりと顔を見にいったりしてみようかな……。
どんどん気弱になるにつれて顔もふせってしまう。
そして……。
心の中で名前をだすのもつらい、彼。
あんなことされて、傷ついてるだろうな……。
女の子にとつぜん部屋におしかけられて、さらにベッドでくつろいでいたところを馬乗りされて、さらに…………。
わたしの顔はかんぜんにさがりきってとうとう地面についてしまった。
そのまま額をぐりぐりと地面にこすりつけながら更に考える。
あぁいうのは、前世で逆レイプとよばれる行為だ。
女の子でも男の子でもショックは大きいだろう、今後のかれに影響がでないといいんだけど……。
自分が年下の男の子に手をだすような犯罪者であったことを知った衝撃で、しぜんと深いため息が出た。
だけどここならそんな衝動におそわれることもない。
おそわれたとしても誰もいないし、誰にも迷惑もかけない!
そこでふと狼さんを見上げた。
さっきよりも落ち着いた狼さんと目があう。
さすがに狼さんをおそうことはないし、狼さんもわたしにそういった行為はしてこない。
ここでのわたしは男とか女とかかんけいなく、穏やかに生きていける。
なぜかはわからないが、狼さんはわたしを受け入れてくれている。
ここで父さんや母さん、そして彼のしあわせを祈りながら生きていこう。
そうしんみり考えながら狼さんを眺めていると、狼さんの耳がぱたっと倒れた。
びっくりしていると、そのまま頭を下げてうなりながらウロウロしはじめる。
やだ、また挙動不審がはじまったよ!
狼さんと一緒に暮らしていくと決めたのは間違いだったか、と早くも後悔し始めているわたしの目の前で。
狼さんはグルルルルと一声うなると、勢いよくそのばに倒れこんだ。
「わうん、わぅんっ!」
仰天して狼さんにかけよる。
狼さんは固くめをつぶり、お腹を横向きにさしだしていた。
「…………」
これ、お母さんが赤ちゃんにおっぱいをあげるときの姿勢ですよね……。
もしかして、わたしがおっぱいを吸えなくて落ち込んでると思って慰めてくれる気なのかな……。
固く目を閉じてかたまっている狼さんを見つめる。
いやぁ、寝ぼけていたときならまだしも、目がさめているときにそれは無理だわ……。
さらに極寒の地で賢者モードなあたまは、狼さんの気遣いをありがたく思いつつも「なんで野郎に乳攻めせにゃならんの……?」ということも考えてみたり……。
そんなことを考えながら狼さんに一歩も近づかずに見下ろしていると、放置状態の狼さんの目が開いてばっちり目があった。
外はあいかわらず吹雪いてるようで、びゅうびゅうごうごうと風の音がふたりを包み込む……。
狼さんはバネのように飛び起きて、涙目で歯をむき出しながらすごんできた。
だがそれもつかの間、そのまま聞いたこともないような変な鳴き声をあげてお外に出ていった。
しばらくそっとしておいてあげよう……。
それからだいぶ時間がたったころ、狼さんは魚や木の実を咥えて帰ってきました。
だけど、食べ物を地面に置いたきり身体ごとそっぽを向いてわたしと目をあわせてくれません。
さらに、何ということでしょう!
あんなにふさふさで立派な狼さんの尻尾が、しゅんと垂れていました。
ああぁ、心優しい狼さんを傷つけてしまった。
わたしはここでも同じ過ちをくりかえしてしまうのか!
いてもたってもいられなくなり、壁際で背中を向けて座っている狼さんに駆け寄った。
狼さんの横にいきその顔をのぞきこむ。
あの凛々しくて鋭いお顔の狼さんの耳はまだへにょっと倒れている。
わたしはどうしたらいいのかわからず、うなだれている狼さんの鼻をぺろぺろと舐めた。
狼さんの視線がゆっくりとわたしにもどってくる。
どうしたらゆるしてくれる?
首をかしげて見上げる。
狼さんはふぅっとため息をつくと、わたしのほうに身体を向けて座り直してくれた。
うれしくなって尻尾をぱたぱたとふりながら、狼さんにじゃれつく。
なんなら、今からでもおっぱいをいただきましょうか!?
そう思いふんふんと狼さんのおなかに顔をよせると、頭上でグルゥウウウ……と低くて小さいうめき声がした。
……うん、古傷をえぐってごめんよ……。
その後、なにごともなかったふりをして狼さんがとって来てくれた朝ごはんをいただきました。
狼さんはやっぱり寝そべるだけで、わたしがガツガツ食べているのを目を細めて眺めている。
いっしゅん母狼に見守られていると錯覚しそうになるが、彼は若いオスだ。
ふと前世の記憶がよみがえる。
ニューハーフやら、男の娘やら、女装研究家とかいた。
彼もそうなのではないだろうか。
メスになりたかったオス。
こそっと狼さんに目をやる。
狼の子育てはメスだけがおこなう。オスは自分のハーレムを外敵から守るのが仕事だ。
彼は母親になりたいのかもしれない。
だから、身体がちいさく狼のこどもぐらいの大きさしかないわたしを子供代わりに可愛がってくれているのでは。
その考えは、すとんとわたしのなかで落ち着いた。
今までは狼さんのやさしさにありがたく感じつつ、どうしてこんなにしてくれるのか、そこまで甘えていいのか悩んでいた。
だけど彼がわたしの母親になりたいというのなら、わたしは適度にえんりょしつつも甘えさせてもらおう。
ふと狼さんのお腹に目がいく。
うん、おっぱい以外で甘えよう。
その後はよけいなことを考えず、目の前のごはんだけに集中した。
昨日のこともあり、食事のとちゅうから我に返って食べかすがつかないように気を付けてたべてみた。
だけど狼さんはわたしが自分でくちまわりを舐めるよりも先に、べろんべろんと顔中をなめて綺麗にしてくれた。
野生の世界でのおかーさん、ありがとう……。