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11話




 お尻を押されながら横穴を抜けて広い空間にもどると、わたしは脱力してこてっと横になった。

 

 ぐぅ~っ。

 

 いろいろあって忘れてたけど、もうお腹がへってげんかいです……。

 狼がまじまじとわたしのおなかを見つめていると思ったら、また外に出ていった。

 忙しいな、おい。


 狼の行方なんてどうでもいいくらいに腹がへっていたわたしは、意識をうしなうように眠りについた。




 …………ガウッ、ガウッ!



 どこか遠くで犬が吠えている。

 何だよ煩いな。こっちは眠ってるんだ、少し静かにしてくれ。


「ガウッ!!」

「ひぎゃんっ!」


 牙はたてられなかったものの、結構な力で前脚をかまれて飛び起きた。

 慌てて辺りを見回せば、暗闇の中に青い二つの光が浮かび上がっている。


「ひゃいんっ」


 恐怖でパニックになり走って逃げようとしたら、ものすごく重いものに上から押さえつけられた。

 更に悲鳴をあげようとしたわたしの耳元で、規則的な獣の息遣いが聞こる。

 その穏やかな音を聞いているうちに、眠る前の状況を思い出して暴れるのをやめた。


 わたしがおとなしくなると、すぐに重しはどけられた。

 振り返って見上げれば、闇の中に溶け込むように座っている黒い狼の姿があった。

 帰ってたんだ、と少しほっとした。

 鼻が何かを察知してぴくぴくと動く。


「わっふぅうううん!!」

 

 座っている狼の前に、木の実やら魚やらがたくさん置いてあった。

 嬉しさのあまりへっへっへっと息が荒くなり、前かがみになって尻尾を全開でふりまくる。

 上目づかいで狼さんにお伺いをたてると、自分は興味ないとでもいうように狼さんはその場で前脚に頭を乗せて寝そべった。


 うっひょぉおおお、何日間かぶりのごはん、いっただきまああああす!!

 やっぱりあなたは『狼さん』ですっ!

 挙動不審だとか馬鹿にしてごめんなさいっ!


 食べ物に飛びつき、頭を突っ込んでガツガツむさぼる。

 すぐそばに狼さんがいるのも忘れ、夢中で久しぶりの食事に没頭した。





「けぷっ」

 

 あ~、食べた食べた!

 満足すぎてげっぷが出ちゃったよ、あは、しつれい。


 ふと狼さんの存在思い出せば、すぐそばで前脚に顎をのせたままじいっとこちらを見ている狼さんがいました。

 え、ずっと見てたの?

 狼さんはおもむろに起き上がると、のっそりとわたしに近づいた。


 ま、まさか狼さんのぶんを残しとかないといけなかったとか!?

 そんなの先に言っといてくれないとわからないよ、もう全部食べちゃったよ!!

 

 そこでわたしはハッと気がついた。

 

 まさか、太らせてから食べる気か―――


 「ひうんっ」


 いきなり口元をべろんと舐められた。

 あ、味見されてるっ!? と慌てて見上げると、狼さんは口元をもごもごさせていた。

 

 わたし、口元に食べかすつけてましたか……。


 狼さんはそのまま、わたしから舐めとった食べかすをごくんと飲み込んだ。

 ……なんだろう。みょうに気恥ずかしい……。

 なんとなく狼さんの喉を眺めていたら、すっと顔が近付いてきた。


 え、まだ食べかすがついてた!? どんだけがっついてたんだ、わたし!!


 あせって前足で口元をわしわししていると、ぐいっと鼻先をあてられてそのまままた舐められた。

 

「ひうんっ、ひうんっ!」


 何度も何度も口の周りや鼻先をなめられて、顔じゅう食べかすだらけだったのか!!と内心おとめな自分がショックを受ける。

 いや、今更おとめもないけどさ。

 だいぶ長いこと顔中を舐めてようやく全部の食べかすがとれたのか、狼さんは満足そうに口を離した。

 いやぁ、お手数をおかけしてすいませんね!



 お腹がいっぱいになると、次にくるのは……。


 わたしは巣穴のなかをうろうろと歩き回る。

 狼さんはそんなわたしを「なにやってんだ」とでもいうように座って見ている。


 外は寒いよね、しかも真っ暗で怖いよね……。


 何度かぐるぐると壁伝いにまわってみたが、ようやく決心をして外にでる狭い穴に身体をすべりこませた。

 狼さんもすかさず後をついてくる。

 わたしは必死になって狭い抜け穴をもがいて前にすすむ。


 だって、今のこの限界状態でお尻をおされでもしたら、狼さんの顔におしっこをもらす危険がとてもたかいのだ!!


 なんとか自力で横穴の外に出ると、狼さんのマーキングの邪魔にならないようにすこし離れた場所にかがみこんだ。


 シ~~~ッ。


 はぁ、すっきり。

 マーキングしたいわけじゃないので、後ろ足で雪をかけて後始末をする。

 ほっと一息つくと、音のわりには風や雪が吹き付けてこないことに気が付いた。

 ふと振り返れば。

 狼さんが向こうをむいた状態で、おしっこをしていたわたしのそばに座っていました。


 女の子がおしっこをしているときに用心棒をしながら風よけにもなってくれるなんて、なんてイケメン狼なんでしょう!


「わふん」


 終わったよと声をかけると、狼さんはのっそりと立ち上がりました。

 よかった。わたしのおしっこの跡を嗅いだり、マーキングをしなおすようなKYな行動はとらないところも好感度アップだ!

 

 横穴に戻ろうとし、思い直してその場に座り込んで毛づくろいをした。

 体のどこをきれいにしたかは聞かないでおくれ。

 その間も狼さんは向こうを向いた状態で座り直し、わたしを風と雪から守ってくれました。

 もうまじイケメン!


 狼さんより先に横穴に入る。

 もう狼さんは待つこともなく、すぐにわたしのおしりをぐいぐいと押して奥へとおしやった。

 んん……、わたし、もうあきらめたわ……。



 巣穴にもどって暖かさに一息つくと、身体についていた雪が溶けてたらりたらりと雫が身体を伝いはじめる。

 頭からぶるぶる振るって雫を払落し、そのまま座り込んで毛を舐めようとした。


「ひゃひぃん!」


 いきなり頭を舐められた。


 いやいや、いくらなんでも頭にまでは食べかすつけてないよ!


 頭をふっていやいやするが大きな肉球でぶみりと抑え込まれ、ついた雫を舐めとられていく。


「グルルウウゥゥウウ」


 首根っこに顔をうつしたところで、狼さんがいきなり低い唸り声をだしはじめた。

 なにごと?と思っていると、狼さんが一か所を何度も舐めだす。

 じわじわと痛いようなかゆいような感覚に、そういえばあの野犬に首根っこを噛みつかれたことを思いだした。

 その間にも狼さんは何度も何度も傷を舐める。


 じんわりと暖かさが染み込んできて、ほぁああと身体の力が抜けていく。

 そうなんだよね、他の所にできた傷なら自分で舐められるんだけど、さすがに首根っこは無理だもん。

 あざぁーっつす、狼さん。お世話になります……。


 いつの間にかその場にゆったりと伏せ、狼さんに身を任せていたときだった。

 舐めるのをやめた狼さんが、わたしの腰のあたりに顔を近づけてはふんふんと臭いだした。

 

 あぁ、そっか。

 雪にぬれて臭いはうすれたけど、野犬のボスにのしかかられた臭いがまだ残ってるかも。

 わたしは無意識に臭わないようにしていたせいかそこまで気にならなかったんだけど、狼さんはすごく気になるようで何度もふんふんと臭っている。


「グルルウゥウウウウウ!」


 やだ、また怒っていらっしゃる!

 挙動不審なうえに情緒不安定とか、どんなにイケメンでもヤンデレはちょっとご遠慮したい……。


「うひゃん!」


 狼さんはムキになったように腰のあたりをべろんべろん舐めはじめる。

 ちょっと! さすがにそこの毛づくろいは自分でするから!

 抗議しようと身をひねり狼さんを見上げた。


「…………きゅぅ……」


 眉間と鼻にしわを寄せ、歯をむき出しにしためっちゃ激おこな狼さんのお顔がそこにありました。

 よく見れば尻尾も全身の毛も逆立っており、青いおめめはぎらぎらと燃えているみたいに迫力がありました。


「…………」


 そっと狼さんに背中をむけ、おとなしくその場にうずくまりました。


 どうぞ、煮るなり焼くなりお好きにしてください……。





 結局、大事なところは死守したものの、あとは際どい所もふくめて全身くまなく舐められました……。

 何だろう、何か大事なものを失った気がする……。

 いつの間にか力んでいた身体の力を抜いて遠い目をしていると、首根っこを咥えられた。


 今度はどこに運ぶ気だよう、とぷらぷらぶら下がりながらやさぐれていると、壁のすみにそっと下された。

 このくらい自分で歩けるし! とおもっていたら、狼さんがくるくるとわたしの周りをまわりだす。

 なにやってんのと見守っていたら、すとんとわたしの真横に座り、そのままわたしを懐に入れて包むようにくるりと丸くなり横になった。


 うわぁ、あったかい。


 目の前には狼さんのふさふさした立派な尻尾。背中には狼さんの身体が密着していて、暖かさとトクトクいう規則正しい鼓動がつたわってくる。

 ひたすら休むことなく走り続けていたわたしは、あくびする暇もなく狼さんのぬくもりに包まれながらねむりについた。




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