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10話

 



「ひぃいい、きゃいん、きゃいんっっ!」


 必死に逃れようと渾身の力で暴れるが、上からがっしりと抑え込まれていてびくともしない。

 それでも夢中で暴れていると―――。


「ひぎゃんっ……!!」


 首に激痛がはしり思わず悲鳴をあげる。

 苛立ったボス犬が、思い切りわたしの首根っこに牙をたてたのだ。


「ひぃいいん、ひぃいいいいん……」


 突然の暴力と、熱を持ちズクンズクンと痛む傷に、もはや抵抗する気力も奪われて惨めに鳴くしかできない。

 恐怖で股の間に挟もうとした尻尾も、邪魔とばかりに払われた。

 うぅ、最後の砦すらあっけなく破られた……。


 後悔がじわじわと身体を蝕む。

 こんなことなら、あのとき逃げずにヒューイ君を襲っとけばよかった。

 ヒューイ君の傍にずっといれば良かった。

 ヒューイ君……。

 ヒューイ君に会いたいよう。

 ヒューイ君の照れ笑いが見たいよう。


「……ひっ!」


 のしかかっているボス犬の身体に力がこもる。

 もう駄目だ、と涙がぽたぽたこぼれだす。



 いやだ、いやだぁっ

 助けてっ


 助けてヒューイ君っ―――!!



「ギャイィイイイイン!!」


 凄い衝撃をくらってふっとばされた。

 ころころと横に体がまわって目が回る。

 4回転ほどしたところでやっととまって、よたよたと身体を起こした。

 まだぐるぐると世界が回る中、必死で自分の身体をたしかめる。

 よ、良かった……。わたしの貞操は無事だ!


 ほっと安心するわたしの真横に、悲鳴とともに野犬がふっとんできた。

 心臓がとまりそうなほど驚いて思わず飛び上がるが、野犬は倒れたまま動かない。


 隣で倒れている野犬に気を取られていた私の耳に、命のやり取りをする獣たちの激しい咆哮や唸り声が突き刺さる。


 そうだ、上にのっかかってた野犬のボスはどしたんだろう……。


 耳と頭を伏せて尻尾を股の間に挟んだ情けない恰好で、声のほうをちらりとうかがう。


 身がすくむような恐ろしい声を上げながら、ボス犬を含んだ数頭の野犬とさっきまではいなかった黒い毛の獣が目まぐるしく絡み合いながら争っていた。

 よく見れば黒い獣はあのボス犬よりも一回り大きく、数匹の野犬を相手にたった一頭で戦っている。


 むっとする血の臭いに目をやれば、数匹の野犬が血を流して倒れている。お腹が上下に動いているので、さっきの吹っ飛んできた野犬と同じように生きてはいるようだ。

 黒い獣と争っている野犬たちもよく見れば、身体のところどころを赤く血に染めている。

 あの圧倒的に強くて大きくて黒い獣は一体何!?


 怖気ついてあとずさりした瞬間、激しい乱闘をしていたはずの黒い獣がこちらを振り返った。


「ひっ!」


 澄んだ青い瞳と目があう。

 それはシベリアンハスキーを連想させる風貌をしていたが、もっと細身で鋭い顔つきをしていて、これは……。

 まさか、狼!?


 思い当った瞬間、狼がわたしのほうに飛び掛かってきた。


「ひゃぃいいいいん!!」


 腰が抜けて動けないわたしのすぐ頭上で、狼が大きく口を開けたのが気配で伝わる。

 噛み殺される!!

 固く目を閉じてすくめた首に、狼の歯が優しく当てられるのを感じた。


「????」


 状況がよくわからないうちに視界が高くなる。

 子犬のように首根っこを咥えあげられていた。

 野犬たちが唸り声をあげて追いかけてくると、狼は風のような速さでわたしをくわえたまま外へと飛び出した。





 わたしが全力で走ったのと比べ物にならないくらいの速さで景色がびゃんびゃん後ろに流れていく。

 ものすごい速さに身がすくむが、首根っこはがっしりと咥えられており訳もわからないままぶらんぶらんと振り子のように激しく揺さぶられる。



 どのくらいそうやって運ばれたのか。

 狼の足がじょじょにゆっくりになり止まったと思ったら、とつぜん雪の上にぽとっと落とされた。


 なにごと!? と驚いて狼の方を見ると、一面雪が積もった何もない場所を前足でせっせと掘り返しているところだった。

 やっぱり強くても獣は獣。

 意味もなく突然雪を掘り返したくなったのかな、とぼ~と眺めていると。


「わふっ!?」


 狼が掘り返したところから、小動物の巣のような横穴が出てきた。


 野生の勘ってはんぱない! しょせんは獣とか思って狼さん、まじごめんなさい!


 唖然として見守っていると、狼は優雅に身をかがめて狭い穴にどんどんと入っていく。

 穴の中に狼の姿が完全に消えたのをぼけっと見ていた。


 少したってから、再び狼が穴から出てきた。

 澄んだ青い瞳がわたしのほうを見たと思ったら、後ろにまわりこんだ狼に鼻でお尻を押された。


 中に入れってこと?


 後ろにいる狼を振り返ると、「早くしろ」といわんばかりにもう一度お尻を押される。

 よくわからないままわたしも伏せて穴の中に頭を突っ込む。


 ……この『伏せ』の体勢で前に進むのって、かなり難しくないですか?


 前脚をひっしによじよじと動かすが、一向に前に進めない。

 しばらくかりかりと地面をひっかいてもがいていたが、焦れた狼に尻を押されてずりずりと穴の奥に押し込まれた。


 ちょっと! 女の子のお尻を何度も押すなよっ!!



 狭い穴を抜けた先は、わたしと狼が寝そべってもまだ余裕があるくらい広かった。

 ふんふんと臭いをかぐと、だいぶ前に狐の家族が住んでいたらしい臭いが残っていた。

 その臭いの中に比較的新しいものを感じてそこに駆け寄る。

 ある一点に鼻を近づけて何度も確認すると、その場にしゃがみこんで――。


 マーキングした。


 ふぅ、すっきり。

 新たにつけた自分の匂いを確認してほっと落ち着いたところで、ずっとこちらを見ていたらしい狼と目があった。


 そこではっと気が付く。

 やべっ、この新しいマーキングは目の前の狼さんのものだ!

 怒られる、これはかなり怒られる……。

 っていうか、餌としてここに連れてこられたんじゃ……。


 びびって自然と頭を伏せた姿勢になる。ヘタレ耳はもう頭にぺったりくっついているし、尻尾はすでに股の間にスタンバイだ。


 狼はゆっくりと、一歩一歩を踏みしめるようにわたしのほうに近づいてきた。

 雪の中を駆けてきたのでだいぶ薄れてはいるが、さっき野犬たちと激しく争っていたので身にまとう血の臭いがわたしを追い詰める。

 あう、身体がぷるぷる震えて鼻が緊張で乾いてきた。

 食べないで! お、同じイヌ科なんだし。

 なにか、なにか方法は!?



 そのとき、わたしの本能が頭の中で叫んだ。



 これだ、これしかない!!


 わたしは狼を前に。


 おなかを晒して仰向けに寝転び、服従のポーズをとった。 


 尻尾の力を抜いてたらんと下げるので、女の子の大事なところも丸見えだ。

 さっきヒューイ君に操を捧げると(勝手に)決意したばかりだが、死んでしまっては元も子もない。

 さぁどうだ! わたしの覚悟をみたか!!


 ………………。


 横穴に、外でごうごうと吹雪く風の音が鳴り響く。

 お腹をさらしてひっくり返っているため、天井しか見えず何が起きているのかわからない。

 が、この静寂はいったいなんなのだろうか。


 服従のポーズはくずさぬまま、首をひねってちらりと狼の様子をうかがった。


 何ということでしょう!


 狼さんは目を丸くして固まっていました。


「…………」


 狼もそんな間抜けな顔できるんだね!

 っていうか、何か反応してくれよ。わたし、この恥ずかしい恰好のまま放置ですか?

 それってなんの辱め?


 かといって服従のポーズをといた途端に「いただきます」されそうで、なんとか考えた結果。

 服従のポーズのまま尻尾を振ってみた。


 はっと我にかえる狼さん。どうでる? 

 わたしはあなたの子分ですよ、けっしてエサじゃないですよ!?


 息を飲んでみまもるわたしの前で。

 狼さんは。


「ゴフッ……!」


 思い切りむせました。


「……ッ、カフッ、カフッ、カフンッ……!」


 しかも背中を丸めて変な咳まではじめたよ!?

 ちょっと、大丈夫!?


 思わず心配で服従のポーズをといて狼さんに駆け寄る。

 いまだ咳き込んでいる狼さんの顔を覗きこむと、涙目の青い瞳と目があった。


「…………!?」


 狼さんは突然回れ右をして、あっという間に穴の外に出て行ってしまった。

 ちょっと、ちょっと! よくドラマで突然咳き込んで血を吐く人っていたよね。

 あんな感じなの!?

 わたしは仰天して狼さんの後を追う。


 狭い抜け穴を必死にもがいて、どうにか抜け出す。


「…………」


 横穴のすぐそばで。

 狼さんは雪の中に頭を突っ込んでは激しくのたうちまわっていた。

 やだ、なんて挙動不審な狼なの?

 なんかドン引き……。


 こっそり『狼さん』から『狼』に格下げだ。


 じと目でしばらく眺めていると、ようやく狼は気が済んだのか起き上がり、身体を震わせて雪を振り払った。

 顔を上げた狼と目があう。


「…………」

「グルルルルゥゥ……!」

「ひゃんっ!」


 なんでか鼻にしわを寄せて凄まれた。

 思わずびっくりして悲鳴をあげたが、狼の唸り方は怖いっていうより、いたずらを大人に怒られたときのような気まずさを感じるものだった。


 だから尻尾はお股の間に逃げていたものの、いまだ凄んでいる狼を見つめ返す。

 しばらく狼は歯をむき出して低く唸なっていたが、やがてふっと息をはいて頭を振ると、またわたしに横穴に入るようにうながしてきた。


 またお尻をずりずりと押されながら狭い穴を通って戻る。



 いや、もう女の子のお尻を何だと思ってるんだよ、本当に!





しばらくポンコツ犬のターン

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