帰還への道標
ラ=ヴィアと名乗った女性が去った後、弘は少し放心していたが、すぐに我に返った。
とりあえず地上での用事を早く済ませなければ。それから地下に戻り、先程の情報を元に今後の行動を決めよう。
弘はそう考え、辺りの探索を始めた。
弘は15分ほどの探索を行ったが、幸い攻撃的な怪物に遭遇することはなかった。
求めていたもののうち、手に入ったのは数本の湿った異形の木材と、土と小石。残念ながら形のよい木の棒や、縄の代わりになるものは見つけられなかった。
ツタのようなものを見つけることはできたのだが、それらは太く硬く、樹木にきつく巻きついていたので、素手で引き剥がすことはできなかった。
「武器については、また考えなきゃいけないな」弘はつぶやく。
パンパンに膨らんだ鞄を抱えて、弘は穴の中にもぐりこんだ。
地下に戻ると、腹が減ったのでまた怪物の肉を焼いて食べた。横たわる獣にも、同じぐらいの大きさの肉の塊をよこしてやる。
この肉もそう長くは持つまい。しばらくしたら、また「狩り」を行わなければならないだろう。
弘は肉をかみながら、先程のやり取りから得た情報を整理することにした。
ラ=ヴィアから受け取った水晶を眺めながらつぶやく。
「この中の針が全て重なるとき…時間で言えば約200時間後、俺が入ってきた場所に、帰るための『ゲート』が開く」
彼女は、確かにそう言ったのだ。
だが、そこで大きな問題が浮上した。
「…俺が入ってきた場所ってどこだ?」
迷い込んだ瞬間に自分がどこにいたかなど把握していない。その上、怪物に追われて結構な距離を逃げたのだ。
この場所からどこまで進めば「ゲート」の発生する位置まで戻れるかなど、全くわからなかった。
弘はしばらく考え込み、そして一つの考えに思い当たった。
弘の頭に浮かんだのは、この森で最初に出会った生物であり、怯える自分を追い掛け回した、あの巨大な怪物。
奴は、ここから少し離れた場所で無残な死骸をさらしている。それは弘がその目で見たことであり、疑いようのないことだ。
とすればあの怪物は、弘のスタート地点から、あの場所まで移動したということになる。
あれ程の体躯であれば、通った道に何らかの跡が残るだろう。それをたどれば元の場所まで戻れるのではないか?
奴の死骸の場所はわかる。見に行ってみる価値はあった。
だが、重大な問題が残っていた。
弘があの場所で出会った、二匹の怪物である。
彼らが仕留めた巨大な獲物が転がっているのだ。あの場所を拠点にしていてもおかしくはない。
彼らの容貌を思い出し、弘は身震いした。
あれは明らかに格上の捕食者である。もし「ゲート」探索の途中で見つかったなら逃げ切ることはできまい。
どうするべきか?
「期限が来るまでに、奴らを仕留める」
それが、弘の結論であった。
とはいえ、まず自分の生きられる状況を作らなければ話にならない。
食事を終えた弘は、ひとまず「ろ過装置」の製作に取り掛かることにした。
弘の知識にある「きれいな水を得る方法」。その最後の一つがこれだった。
鞄の中に詰めていた土と小石と小枝を地面にぶちまけた。これらを何層にもわけて容器に詰め、その上から水を通して不純物を取り除くのだ。
その上で煮沸を行えば、普通の水ならまず問題はなくなるだろう。
…が。
「容器が全然足りない…」
そうなのだ。このやり方でも、同様に容器の少なさが問題となってくる。
弘が持つまともな容器は弁当箱のみ。これをろ過装置にしてしまうと煮沸ができなくなるし、逆もまた然りであった。
弘はどうしようもない歯がゆさを感じた。
何をするにしても、アイテムの不足という壁にぶち当たる。
頭を抱える弘の目に、既に頭骨の大半をさらした怪物の死体が映った。
その瞬間、閃く。
今欲しいもの。縄、棒、容器。
もしかしたら、全て手に入るかもしれない。
そう考えた弘は、怪物の「解体作業」に取り掛かった。