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ティオとエレンの事件簿  作者: 神蔵(旧・和倉)眞吹
Case-book.1―Chasing Evidence―
6/72

Chase.5 迫る包囲網

 心地いい列車の振動に揺られながら、ティオゲネスは隣に座る男を見上げた。

 顔はよく見えない。逆光でもないのに、その男の顔は判然としなかった。

『どこへ、行くの?』

 喉から出た自分の声は、幼い頃のそれだ。自分の意思で口を開いた感覚がないのに喋っている状態は、ひどい違和感があった。

『いい子だ。もう少しで着くよ。降りよう』

 手を引かれるままに立ち上がる自分。

 ダメだ。そいつと一緒に行っちゃ。

 そう思うのに、ティオゲネスの意思ではどうにもならない。意思とは関係なく黙って手を引かれ、足を動かして大人しく男について行く、幼い自分。

 けれど、ティオゲネスは知っている。この後、自分に待ち受けるモノを。

 一言では表せないことが、運命として用意されている。

 恐ろしい、おぞましい、鉄錆びた臭いのする道が。

 今引き返せば、間に合う。

 思わず伸ばした手が、不意に自分の思うようになった。伸ばした指の先に、幼い日の自分と、組織から自分を拾いに来た男の後ろ姿が映る。

 ここは現実でないと気付くより先に、銃声と共に画面が切り換わる。

 銃を握っているのに、引き金を引いているのは自分ではない、あの感覚に戻る。薬莢が跳ね飛んで、放たれた銃弾が、的から明後日に外れた場所へめり込む。

 それを見届けるか見届けないかの内に、頬を何かに凪ぎ払われた感覚の後、床へ叩き付けられた。身体は、今の自分の意思ではどうにもならないのと裏腹に、痛みだけは感知できるのだから始末が悪い。

『どこを狙っている!』

 殴打されたのだと理解するのと同時に、罵声が降ってくる。

『百発撃って百発が的の中心に当たるようになるまで、飯は食えないと思え! 勿論、休むことも許さん』

 お前は何様だ。

 反射で言い返したつもりだったが、この身体は声一つ、自分の思い通りにならなかった。

 今の自分なら、手にした銃の引き金を即座に引いて、目の前の男を片付けられるのに。

 当時の自分は、逆らいたい意思はあっても、技術が伴わなかった。ようやく、発射の反動に負けずに引き金を引けるようになったところだったのだ。狙った場所へ着弾させるなど、逆立ちしてもできそうにないと思っていた。

『そうだ。引き金を引け。あいつは組織に逆らって、逃げようとした。お前が断罪するんだ』

 ふと気付いた時、視線の先には、磔にされた罪人のように拘束された友がいた。

『イヤだっ……だってあいつは』

『そうか。お前も一緒に死にたいんだな』

 目をギュッと瞑って首を懸命に横に振る。

『ならば、引き金を引くんだ』

 その言葉と共に、側頭部に硬い感触が押し付けられる。

『五秒、くれてやる。その間に引き金を引けば、お前は助かる。もし、引かなければ』

 その言葉の先を引き取ったのは、撃鉄を起こす音だった。

 五秒。その間に引き金を引かなければ、自分が死ぬ。

 ありがたくもない選択肢に戸惑う間もなく、無情にもカウントダウンが開始される。

 イヤだ。

 それは、果たして自分の命が消えることへの恐怖だったのか、友の命をこの手で絶つことへの拒絶だったのか。

 ティオゲネスは――彼の本能は、重く感じられる腕を持ち上げて、トリガーを絞る方を選んだ。


***


「――――ッッ……!!」

 悲鳴を上げたのか、上げなかったのか。

 判断も付かぬまま、ティオゲネスは勢いよく上半身を起こした。

「っ……、ぁっ……」

 弾む呼吸音は、列車の揺れる音に微妙に掻き消されて、自分の耳にも微かにしか届かない。それなのに、いつもと違うリズムでバクバクと脈打つ心臓の鼓動は、痛いほど頭に響いた。

 眺めるともなしに見つめた視線の先は、殆ど真っ暗だと言っても過言ではない。辛うじて扉の隙間から射す月明かりが光源となり、薄ぼんやりと室内を照らしている。本来、人を乗せるようにできていない貨物車の中には、人が出入りする時でなければ明かりは点けないのだろう。

 だが、夜目の利くティオゲネスには、それで充分だった。

 床へ目を落とすと、自分の腰の当たりに頭を寄せるような格好で、エレンが安らかな寝息を立てている。

(……最悪……)

 はぁっと重い溜息を吐くと、ティオゲネスは立てた膝の間に顔を埋めた。

 まだ時折夢に見る、遠くはない日の出来事。

 追体験に(うな)された挙げ句、悲鳴で目覚めることはこのところ減っていたが、まるで忘れる頃を狙い撃つように悪夢が襲うことは珍しくなかった。

 その上、今回はその間隔がやけに短い。先日、リタと思わぬ再会を果たす直前にも、追体験ではないが、やはり過去をなぞるような悪夢を見ている。

 再度溜息を吐いて、隣で眠るエレンを起こさないように荷物を探ると、小型パソコンを開けて電源を入れる。一瞬、画面から出た眩しい光が、暗い貨物車の中を照らした。午前三時だった。時間を確認すると、ティオゲネスは電源を落とした。

 貨物車に無断で転がり込んだのは、日付が変わるか変わらないかの頃だったと記憶している。


 ナバスクエス駅で不意の手入れがあってから三十分後、順調に走った列車は、約三十分遅れで次のソテタ駅へ到着した。列車が停車前にスローダウンするタイミングを見計らって、あらかじめ窓を開けた。春とは言え、夜の風はまだ肌寒い。向かいの席の男性に思いっ切り不審な(というより非難がましい)目で見られたが、敢えて無視した。

 停車した瞬間、エレンを窓から外へ押し出した。流石にそれを見て止めに入った男性を、他の乗客からは見事に死角になる位置で当て落として黙らせた。鳩尾に一撃入れただけなので、最悪、終点で誰かが起こしてくれるだろう。途中で降りる予定だったとしたら、気の毒なことだが。ついでに、彼の懐を漁って財布を失敬した。

 ティオゲネス自身は、一気に窓の外へ飛び降りた。着地した後、窓枠につかまる形でぶら下がっていたエレンの足を強めに引っ張った。

 小さく悲鳴を上げて落ちてきた彼女は、予想通りバランスを崩していた。元々彼女にこういった類の運動神経は期待していないティオゲネスは、自分がうまく動くことで、彼女を横抱きに受け止めると、そのままエレンを肩に担いで闇の中へ逃げ込んだ。

 ソテタ駅・メストル方面行きのホームは、通常降りる方の反対側が、短い土手を挟んで金網で敷地が囲われていた。車内に残った乗客から見えない場所へ潜んで列車を見送ると、金網を越えて一旦敷地の外へ出た(例によって、エレンは何故か金網を越えるだけで苦労していた)。

 駅の正面へ回ると、時間の関係上もあるだろうが(確か午後八時半頃だった)、ソテタ駅はプロプストと違って商店が少なく、寂れた印象だった。申し訳程度にあったのは、バスターミナルとタクシー乗り場だけだ。

 所持金は、今し方向かいに座っていた男性から黙って拝借した財布の中身があるが、足が付くような行動は極力慎みたい(などと言えば、どこかから「どの口がそんなコト言うんだ!」というツッコミが入りそうだが)。

 駅前にあった案内板で、まずテイクアウトのできる軽食店を探して、買い物を済ませた。それから、貨物ターミナルを特定し、メストル方面行きの貨物車を探して乗り込んだ。そして、今に至る。

 実質、盗ってきた財布から食糧費を出すことについても、無賃乗車することについても、エレンはもう何も言わなかった。諦めたのか、神経が麻痺したかのどちらかだろう。

 本当に何事もなければ、明日にはメストルに着ける。それでも、州境で多分検問があるだろうから、それをやり過ごす方法を考えなければならない。ことによっては、州境に着く前に降りて、そこは見つからないように徒歩で越える必要がある(動く車両からエレンが飛び降りられるかはまた別としてだが)。

 この季節、夜明けは遅い。西の大陸だから余計にそうなるのか、日の出は朝の八時を過ぎてからだ。

(ソテタを出たのが十二時半くらい……だったか?)

 実は、ティオゲネスも疲れていたのか、転がり込んで程なくウトウトしてしまったので、正確な時間は覚えていない。

 だが、ナバスクエスは、プロプストと州境の丁度中間に位置している。そこから約三十分ほどの距離にソテタがあるので、州境までは差し引き三十分。とすると、今から州境に着くのは四時間ほど後ということになる。

 貨物車は各駅で停車などしてくれないから、最悪、検問所で見つかったら一騒動やらかす必要がありそうだ。その時、眠っていたら拘束されてジ・エンドである。

 寝直したら恐らく起きられない、という予想も頭を掠めなかったと言えば嘘になるが、それ以前に目が冴えてもう眠れそうになかった。

(……なあ。あんたならこの先どうする?)

 あの時から年を取ることのない幻影に、珍しく自分から問い掛ける。

 答えが返ることは、勿論ない。

 セミロングの明るいブラウンの髪を翻して振り向いた幻影は、柔らかく微笑んだだけだった。


***


「いなかっただと!?」

 不意に上がった怒鳴り声に、ラッセルは反射的にそちらへ顔を振り向けた。

 視線の先には、昨夜一緒にヘリコプターに乗ってこの州境・ヴァレンクヴィストまで来た、ベルリヒンゲン警部の姿がある。

 がっしりとした体躯に、殆ど四角いと言ってもいい厳つい輪郭の持ち主に怒鳴り付けられた若い刑事は、文字通り小さくなってしまったように見えた。

「も、申し訳ありません。何度も車内を確認したのですが……」

「警部!」

 その小さくなった若い刑事には救いの声の主が、謝罪を遮って近付いてくる。

「彼が証人です。昨夜、ナバスクエス駅での車内検分の時、二人の向かいに座っていました」

 ラッセルは、無意識にそちらへ足を向けた。

 今ここにいる刑事は、一応全員が『リタ=アン=クラーク警部補殺害事件』捜査班という肩書きなので、取り調べに興味を示したとしても、誰も咎める者はない。

 証人だと言って連れられて来たのは、これといった身体的特徴もない、中肉中背の中年男性だった。

「向かいに座っていた二人が、どこへ行ったかご存じですか」

「どこへ行ったかまでは分かりません……ただ、ソテタ駅に停まる直前に窓を開けたのでおかしいなとは思ったんです。何せ、春と言っても夜は寒いですから、窓を開ける必要なんてないでしょう?」

 その男性も、やはりベルリヒンゲン警部の厳つい顔に脅えたのか、やはり先刻の若い刑事と同様、縮こまってしまっている。まるで被疑者として連れて来られて、必死で無実の弁明をしているような風情だ。

「そうですな。それで?」

 関係ないことはいいから、早く本題に入れと言わんばかりに苛立った口調で返されて、男性はあからさまにビクリと身体を震わせた。

「そ、それで……寒いという意味も込めて彼らを見たんですが、彼らは窓を閉めようとはしませんでした。その内にソテタ駅に到着して……男の子の方が女の子を窓の外へ押し出したんです。びっくりしてそりゃ止めようとしましたよ。降りるにしても何故普通にホームから降りないんだとね」

「それ、声に出して言いましたか?」

 他の乗客が気付かなかったことに言及されて、男性は首を横に振った。

「予想を超えた事態が起きると、声なんて出ませんよ。で、慌てて止めようとしたら、鳩尾に衝撃が来て……さっき刑事さんに起こされるまで寝てました」

 もし周りに誰もいなかったら、ラッセルは額に掌を当てて天を仰いでいただろう。

 少女然と整った顔とは裏腹に、そういう荒っぽいことをする少年に、残念なことにラッセルは心当たりがある。他の時ならいざ知らず、今この時において、それはたった一人しかいない。

 ヘリコプターで移動する間に、ベルリヒンゲン警部からことのあらましを聞かされていたラッセルも、リューベックという刑事の見解に、不本意ながら賛成だった。その少年少女が、恐らくティオゲネスとその連れの少女にほぼ間違いない。

 ここで顔を合わせても、自分も捜査班に組み込まれた手前、彼らを庇うことはできない。それでも、どうにかして彼らと自分だけで話をする機会を作ればまだ望みはあると思っていた。さて、どうやってその機会を捻り出そうかと思案していたら、この始末である。

「何か、他に気付いたことはありませんか」

「それが……」

 ラッセルの思案を余所に、ベルリヒンゲンと男性のやり取りは続いた。ベルリヒンゲンに促された男性は、何やらモゾモゾと言い淀んでいる。

「どうぞ、ご遠慮なく。どんな小さなことでも構いませんよ。それが、手掛かりとなることもありますから」

 言うべきか言わざるべきか、悩んでいると見たベルリヒンゲン警部が、なるべく優しげな口調で先を促す。

「いえ、実はその……」

 それに背中を押されたのか、男性が口にしたのは、事件そのものとはあまり関係ない、しかし、ラッセルが思わず頭を抱えたくなるような一言だった。

「その……財布が、見当たらなくて」

 少年たちが消える前には間違いなくあったんですが。

 そう付け足される男性の台詞に、ラッセルが口には出さずに「あのガキゃあ……」と呟いたのを、無論誰も知る由もなかった。


***


『その後進展はあったかい?』

 受話器の向こうから聞こえてくる、どこか楽しげな声音に、爬虫類のような目をした男は、舌打ちしたい気持ちで「いや、まだ何も」と答えた。

 自然、不機嫌な声になっただろうに、電話の相手は気分を害した様子はない。

『そうだろうな。全部ケリが着いたら連絡しろって言ってたもんな。途中経過が判らないのも中々キツいだろ?』

 今度は本当に舌打ちしそうになったが、辛うじて呑み込む。ただ、言葉は返せなかった。相手の言う通りだったからだ。

 あれから、既に一日が経過しようとしていた。

 すぐにカタが着くと思ったからこそ、定時連絡も入れるなと命じたら、一向に部下からの連絡はない。

 時間が掛かりそうなら掛かりそうだと途中報告ぐらいしてきてもよさそうなものだ、と手前勝手な理屈を頭で呟きながら、夕べは結局一睡もしていない。眠気も感じないということは、それだけ気持ちが急いているのだろう。

 早く電話が来ないか、と、自分の携帯端末を睨み、執務室の固定電話を睨みしていたが、どちらも『リン』とも鳴りそうにない。

 ようやく連絡がきた、と思ったら、相手は例の黒い男だったという訳だ。

『相手がおれで、ガッカリしたか?』

「ふざけるな。暇潰しに掛けてきたなら、切るぞ」

 またも胸中を言い当てるような言葉が耳を突いて、爬虫類の目の男は、吐き捨てるように返す。口調を取り繕う余裕もなかった。

『まあ、そう言うなって。耳寄りな情報があるんだが、聞きたくないか?』

 それでも、黒い男はいっかな気にする風もなく、歌うような口調で続けた。

「耳寄りな情報だと?」

『そうだ。おれが今、どこにいると思う?』

「それが耳寄りな情報か?」

『ツレないな。そうだと言ってしまえばそうだが』

「残念ながら会話を楽しむ余裕はない。手短に用件だけ言え」

『直球だな。まあいい。今、ギールグットとリエタグの州境にいる』

「州境?」

『ああ。メストル行きの夜行列車の検問は収穫なしのようだ。その代わり、貨物列車に面白いモノが乗り込んでる。検問で何か引っ掛かるんじゃないかな』

「貨物列車だと?」

『そう。今日午前零時、ソテタ発のメストルまでノンストップ直行の貨物列車。どうもそいつにあの証拠が乗り込んでるらしい』

 証拠、というのは、手配中の例の少年少女のことだろう。

「貴様、何故それを知っている」

『それ、とは?』

「その貨物車に、子供たちが乗り込んでいるということをだ。分かっているなら、何故その場で捕らえなかった」

 その場で始末してくれれば、もう枕を高くして眠れるのに、と言外に匂わせると、黒い男は受話器の向こう側で楽しげに小さく笑った。

『その場で捕まえたところで、面白味がないだろう?』

「ワイアット!」

 思わず、相手の名を叫んだ。

 遊びのつもりでいるのなら、お前も逮捕してやってもいいんだぞ! と口から出掛かったが、すんでで呑み込む。

 彼を逮捕するだけなら、そう難しくない。叩いて出る埃が、それこそ山になるほどあるのを、男はよく知っている。ついでにワイアットと呼んだ黒い男の組織も、一網打尽にできるくらいは証拠を握っていた。うまくすれば昇進ものだ。

 けれど、そうするにはリスクが高すぎる。自分も諸共に堕ちるくらいには手を貸しているのだから、下手をすればこちらが逆に恐喝されることになり兼ねない。

『冗談だ。そう怒るな』

 一方、それを察しているのかいないのか、ワイアットがクックッと笑いの残滓を引きずりながら続ける。

『実際におれは、その場にいなかったんでな。報告してきたのは、同じ車両に乗ってたおれの部下だ。ケーサツと違って、その場のギャラリー穏便に黙らせる方法なんか持ってなかったからな。ガキどもが急に降りたソテタ駅で自分も降りて、後を尾行(つけ)たらしい。勿論乗降口から礼儀正しくな』

 話す内に、ワイアットの声音が楽しげな中にも真剣な色を帯びていった。

『ガキどもは窓から降りた後、金網を越えて敷地の外へ出たそうだ。その後、駅の裏手にある軽食屋に寄って買い物をして、それから貨車ターミナルに入った。そこに停まってた列車を物色して、その内の一つに乗り込んだって話だぜ』

「その貨車の行き先はどうやって特定した」

『鉄道会社にうまく聞き出した。メストル行きの貨物車がないかってね。連中、元々メストル行きの列車に乗っていたんだ。引き続きそっち方面に向かうと考えるのが普通だと思うが?』

「皮肉はいい。貴様もガキどもを追ってたのか」

『最初っからあんたらだけに任すなんて言った覚えはないんだがな。あんたは表向きはCUIO支部の支部長さんだ。それでなくとも正義のミカタの警察官が、悪事に手ぇ染めるには、色々と制約が多いだろ。首が掛かってんのはあんた達だけじゃないし、自分でドジ踏んだならイザ知らず、二人三脚で足結んでる相棒が(つまづ)いて一緒に転ぶのは御免被りたいね』

 ぐうの音も出ない。

 逆の立場なら、男も同じことを思っただろう。

『こっちで打てる手は打つ。断っとくが、あんたの為じゃない。ウチのファミリーの為だ』

「分かっている」

『じゃあな。ケリが着くか動きがあったら、報告くらいはしてやるよ』

 心強いのか脅されているのか、よく分からない言葉を最後に、ワイアットからの通信は途切れた。

(くそっ……!)

 もどかしい。自分で動けないのが、心底もどかしい。

 脳裏で呟いた男は、とうに相手が向こうにいない端末を床に叩き付けたい衝動を堪えるように、暫くの間その小さな機械を握り締めていた。


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