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ティオとエレンの事件簿  作者: 神蔵(旧・和倉)眞吹
Case-book.4―Phantom―
53/72

Epilogue

「そうか。失敗した、か」

 クス、と小さく笑って、黒髪の男は手元の資料と報告書に視線を落とした。

 報告した部下は、それに対して何も言わずにただ俯いている。

 室内は薄暗かった。

 群青色の闇が横たわるその部屋で、執務机に設えられた明かりだけが室内を照らしている。そこに座る男の、漆黒の髪が光を弾いて、カラスの濡れ羽にも似た色合いを醸し出している。

 クスリ、とまた一つ笑う男の笑顔が、部下には心底恐ろしく思えた。彼が殊更笑っている時、彼の心情は真逆のことが多いのだ。

 面長の輪郭の中で、切れ上がった目元に縁取られた深い翡翠の瞳が、どこともない空間を見つめる。

「まあ、仕方ない。居場所は分かったんだ。後はどうとでもなる」

 口元だけで微笑すると、男は再び目を伏せた。

 今度こそ、逢えると思っていたのに。でも、まあいい。

 感動の時は、先に延びる程に喜びも増すものだ。

 頬杖を突いた男は、そっと視線の先の写真に空いた手の指を這わせる。その写真には、銀灰色の髪と、男そっくりの翡翠の瞳を持つ、美貌の少年が映し出されていた。


***


 ICUのガラス張りの壁の向こうに眠るティオゲネスの顔を、エレンは一心に見つめていた。

 相変わらずの美貌の筈だが、顔の下半分は、酸素マスクに隠れている。その目は閉じられ、銀灰色の頭部にも包帯が巻かれている。銃創の他に、頭部も手術した所為らしい。例によって、その辺りの詳しい話は、エレンはまだ聞かされていない。

「いつかと逆だな」

 不意に声を掛けられ振り返ると、視線の先にはラッセルの姿があった。

「ラスさん。いつか……って?」

「君がICUに入ってた時は、あいつの方がそうやってガラスに張り付いてたのさ」

 え、と目を瞬くが、ラッセルはそれについて聞き返す隙を与えなかった。ホレ、と言いながら、缶入り紅茶を差し出す。

「コーヒーの方が良かったかな」

「いえ。紅茶も好きです。ありがとうございます」

 エレンは微笑して紅茶を受け取った。

「座らないか?」

 言われて、彼が示す先を見ると、ICUの向かいにはベンチが設えられている。先に腰を下ろすラッセルに倣って、その隣に座ると、ICUの室内はほぼ見えない。

「あいつなら大丈夫さ。あの時の君みたいに肺スレスレまで傷が達してる訳じゃないし。ただ手術したのが頭だから、念の為に入ってるだけだそうだ」

「でも、あたしが来る時は、いつも眠ってます。意識はまだ戻ってないんでしょう?」

 受け取った紅茶の缶を握り締め、縋るように問うエレンに、ラッセルは自分用に買ってきたコーヒーを開けながら「さてねぇ」と言って肩を竦めた。

「ま、その内起きるだろ。今回はちょっと色々あり過ぎた。たまにはゆっくりするのもいいんじゃないか」

 言いながら、ラッセルは開けた缶コーヒーを傾ける。

 一方のエレンは、貰った紅茶を開けもせずに、俯いていた。が、やがて、意を決したように顔を上げる。

「ラスさん」

「ん?」

「教えて、貰えますか」

「何をだい」

「ティオが隠してたこと、全部です。それに、何で怪我もしてない頭まで手術することになったのかも」

 すると、琥珀の瞳が瞬時刺すようにエレンの瞳を見つめた。

 エレンは、負けじと彼の目を見つめ返す。

「何で、そんなに知りたい?」

「それは……」

 何故だろう。問われてエレンは考え込んだ。

 何故、なんて分からない。

 だが、もう本当にティオゲネスはエレンの前から姿を消すつもりなんだろうということは何となく感じている。いっそ、昏睡状態であってくれることに感謝しているくらいだ。もし、彼が意識のある状態なら、いつ不意に消えてもおかしくはない気がした。

「分からないけど、でも……彼が傍にいなくなるのが嫌だってだけじゃ、駄目ですか?」

 勿論、全てを知ったからと言って、彼を引き留められるかは分からないし、そんな保証はどこにもない。だが、知らなければ説得のしようもないではないか。

「じゃあ、逆に訊くけど、エレンちゃんはどこまで知ってる?」

 いつもの飄々とした様子が嘘のように、ラッセルが真顔で首を傾げた。

「えっと……」

 考え込んで、エレンはハタと唇を引き結んだ。

 よく考えれば――ラッセルは、知っているのだろうか。

『俺は、人殺しだから』

 そう言っていた、ティオゲネスの過去を。

 知らなかったとしたら、それをエレンの口から言ってしまってもいいものだろうか。だが、アレクシスは知っている様子だったから、ラッセルも知っている可能性が高いとは思う。けれど。

「あの、えっと……ラスさんは……どこまで知って……るんですか」

 尻窄みになりながら、それでも一応の確認を取ると、一拍の間の後、ラッセルは盛大に吹き出した。

 彼が大爆笑する様子を、エレンは唖然と見つめた。反応できずにただ眺めていると、たまたまそこを歩いていた医師が咳払いして通り過ぎる。

 ラッセルは、医師に向かって謝意を示す会釈をしながらも暫く肩を震わせていた。

「あのー……」

「あー……あー、悪い悪い。何だ、知ってる相手に訊いてるつもりじゃなかったワケ」

 クックッ、と笑いの残滓を引き摺りながら言うラッセルに、「そのつもりだったんですけど」と答える声がやはり恥ずかしさで小さくなる。

「ティオって、自分についてあんまり昔話する方じゃなかったなってふと思い出したんです。っていうか、全然聞いたことなくって」

 あの日までは、と脳裏で挟んで言葉を継ぐ。

「だったら、ラスさんに話してるとは限らないなって思ったら、一応確認した方がいいかなって……」

 紅茶の缶を意味もなくいじり回しながら俯くエレンに、そっか、と短く言って、ラッセルはまた一口コーヒーを傾けた。

「エレンちゃんは、聞いたのかい」

「……少し、だけ。人を……殺す、ことを……教えられながら、育ったって」

 本人の口から聞いたというのに、まだ信じられなかった。

 そんな組織があるということも、そこで彼が育ったということも。

「全然信じてねぇだろ」

 すると図星を指されて、ぐうの音も出せずに更に俯くしかない。

「第一、そんな信じられねぇコト知って、エレンちゃんどうするつもりだ?」

「どうって」

 そんなことは、聞いてみないと分からない。

 そう、分からないことだらけなのだ、今回は。IOCAのビクトリアのことにしても――

「あ」

 そこまで考えて、エレンはブラザー・トリスタンのことを思い出した。

「あの、すいません。話逸れるんですけど」

「ん?」

「ブラザーはどうなったんですか? IOCAの本部長さんに監禁されてるって聞いてたんですけど」

 薄情なようだが、アレクシスに保護された後すぐに、ティオゲネスが重傷を負ったと聞いて、ブラザーのことはすっかり忘却の彼方だった。

 ちなみに、あれから十日は経っている。本当に何て薄情なんだろう。

 すると、ラッセルは「ああ」と頷いて口を開いた。

「彼なら無事だよ。まあ、ちょっと衰弱してたけど、それこそティオ程じゃない。もうマルタン教会に戻って、仕事に復帰したって聞いてるぜ」

「そうですか……」

 良かった、とホッと胸を撫で下ろす。

 エレンはあれから真っ直ぐに、ティオゲネスが担ぎ込まれたこの病院へ来た。ちなみに、今彼が入院しているのは、西の大陸<ギゼレ=エレ=マグリブ>のメストル・シティにある、CUIO傘下の総合病院だ。

 面会時間が終われば近くのホテルに帰る為(例によって、宿泊費はCUIO持ちだ)、一度も教会の方へは戻っていない。ラッセルかアレクシスが連絡しておいてくれているのか、ラティマー神父からも特に何も言って来ていなかった。

(そう言えば、神父様にも連絡してない……)

 ああ、後で電話でもしておかなくちゃ。

 そう思いながら、ラッセルに向き直る。

「で、さっきの続きなんですけど」

「んー……どーしても訊きたいかい?」

 答えた彼の口調はおどけているが、顔は真剣そのものだ。

「彼は……それをあたしに話すくらいなら、死んだ方がマシって思ってるんですか?」

 いつか、アレクシスに言われたことを思い出す。

『あなたが知りたいと思ってるそのコトは、ティオの不可侵領域に触れるコトなの。あなたが、彼に知られたくないと思ってるコトを、勝手に話すようなものよ。あなたは、彼に知られたくないと思ってるコトはない?』

 今なら、分かる。

 ティオゲネスが、死んでもエレンに知られたくないと願っていたことは、生い立ちそのものだったのだ。そして、最も知られたくないそのことを、自分から話したということは、彼はもうエレンの傍にいるつもりがないということを示している。

 二度と逢うことがないのなら、エレンとて“あのこと”を彼に知られてもいいと思っているのだから。

 二度と逢わないのなら、相手に軽蔑されようが失望されようが、痛くも痒くもない。

 けれど。

(……嫌だ)

 逢えないなんて、嫌だ。もう二度と彼の声を聞くことも、話をすることもできないなんて、絶対に嫌だ。

 意識があったらいつ姿を消すか分からないからこそ、眠っていて欲しいとも思うが、このまま彼が死ぬようなことになったら、それこそ耐えられないだろう。

 二度と逢わない、ということは、死別と同義だ。

(ティオと……逢えなくなる?)

 このまま? もう、二度と――?

 思った瞬間、じわじわと鼻の奥が締め付けられる。涙が出る寸前だと意識する間もない。

「あ」

 涙の幕が出来て、止める隙もなく、それは頬を伝った。

「あ、やだ……ごめんなさい、あたし」

 慌てて拭うが止まらない。

「すみませ……すぐ、止めま、」

 と言って止まるものでもない。

 だが、泣いていたらラッセルを困らせるだけだ。溢れる涙と、早く止めなければと拭う手のイタチゴッコが始まった、その時。

「あーあー、なーに泣かせてんのよ」

 と、横合いから飛んできた声に、エレンは反射で顔を上げた。涙のヴェールの向こうに見えたのは、アレクシスだった。

「……別に、おれが泣かした……訳じゃ」

「何言ってんの。この図じゃ立派にあんたが泣かしたようにしか見えないわよ。……あー、よしよしエレンちゃん可哀想に。いじめられたのね」

 歯切れ悪く反論を試みるラッセルとは反対隣に座るなり、アレクシスはエレンを抱き寄せた。

「はい、ハンカチ。……じゃ、きっと足りないわねぇ。ちょっとラス。あんた、ティッシュかタオル持って来て!」

「……何つー無茶振り……」

「口答えしない! ほら、さっさと行く!」

 体よくアレクシスがその場からラッセルを追い払うのを、エレンは嗚咽を漏らしながら聞いていた。


 アレクシスから受け取ったハンカチに顔を埋めて、泣き続けることおよそ三十分。

 その間、彼女は何も言わずにただ肩を抱いてくれていた。

 ティッシュかタオルを取りに行っただけの筈のラッセルは、遂に戻ることはなかった。アレクシスに追い立てられる体を装ってはいたが、本当は席を外したのだろう。

「……すみません……」

 泣き過ぎてぼんやりする頭と、腫れぼったくなった目元を持て余しながら出た謝罪は、見事な鼻声だ。

「ハンカチも……今度、新しいの買って返します」

 結局鼻までかんでしまったハンカチだ。エレンが逆の立場なら、そんなもの、たとえ洗ったとしても返されたくないだろう。

「いつでもいいわよ。期待しないで待ってるわ」

 苦笑と共に言ったアレクシスは、「何があったか訊いてもいい?」と続けた。

 エレンは、手短にラッセルとのやり取りを説明した。すると、話を続ける内に、また涙が滲み出す。

「すみま、せん……あたし……」

 その涙に、心底戸惑いながら、スンッと鼻を啜って、既にグショグショになってしまったハンカチで口元を押さえた。

「年取ると、涙脆くなるってホントなんですね……」

「エレンちゃんくらいの年の子にそれ言われたくないけど……」

 先刻とは別の意味で苦笑しながら、アレクシスは側頭部を掻いた。

「……覚悟はできたの?」

 訊くのが大分遅くなっちゃったけど、と付け加えて、彼女がエレンを覗き見る。ラッセルの刺すような視線と違って、真剣ではあるけれど、どこか慈しむようなそれだ。

「覚悟……」

 彼女の言葉を繰り返し、まだリハビリも始めていなかった頃に言われたことをふと思い出す。

『あの子が教会を離れると決めた理由を知りたければ、相手の心に土足で踏み込む覚悟はした方がいいわ』

(……土足で、だなんて)

 そんな無神経なことはできない、と今でも思う。けれど。

「……何も、聞かないままいて、後悔するよりはずっとマシです」

 たとえ、それで本当に彼に憎まれたとしても、永遠に傍を離れて行かれたとしても、きっと、納得はできる筈だ。

 訳の分からないまま、姿を消されるよりはずっといい。

「その代わり、あたしも……彼に、話します」

「何を?」

「あのことを。……ティオの心にだけ土足で踏み込んでおいて、自分の言いたくないことは隠しておきたいなんて……都合良過ぎるって、分かってるから」

 本当は、怖い。

 “あのこと”を彼に言えば、それこそ軽蔑されるかも知れない。彼の過去を知ることで彼に憎まれることより、それが心底怖い。彼に、ふしだらな女だと思われるくらいなら、本当に死んだ方がマシだ。

 エレンは、自らを抱き締めるように、腕を交差させて目をきつく閉じる。

(だけど)

「……あのことは、他の誰よりも、彼にだけは知られたくない」

 言われて、弾かれたようにエレンはアレクシスに顔を向ける。

「違う?」

 涙腺が壊れてしまったかのように、いつしか流れ出していた涙を、アレクシスの手が優しく拭う。

「エレンちゃん」

「……はい」

「あたしの口から、言ってもいいのかしら」

「何を……ですか」

 ぼんやり問うと、彼女は困ったような笑みを浮かべた。が、もう決着を引き延ばすつもりもなかったらしい。

「好きなんじゃないの? 彼のこと」

 あっさりと特大の爆弾を落とした。

「え」

 が、残念なことに、エレンには理解できなかった。

「あの……好きは好きですけど……その、恋人とは違う意味で、ですよね」

 瞬時、キョトンと目を瞠った彼女は、「はあ」と脱力したように溜息を吐いた。

「あのねぇ。普通は恋人でもない……そうね、例えば兄弟くらいにしか思ってない相手に、不本意なファーストキス知られて軽蔑されるくらいなら死んだ方がマシ、とまでは思わないんじゃないの?」

 そりゃ、人によるとは思うけど、と挟んでアレクシスは続ける。

「血の繋がった兄弟じゃなくて、あくまでそれと同列に思ってるだけの友達でしょ? 一方的に奪われたキスに拘って軽蔑するような人間ならこっちから願い下げよ。向こうだって縁切りたがってるんだし、願ったり叶ったりじゃないの?」

「う……」

 言われてみれば、確かにそうだ。

「それを、離れて行って欲しくなくてそんなに泣いたり、軽蔑されるのが怖いと思ったりするのは、少なくとも相手を友達以上に思ってる証拠でしょ?」

「……親友ってカテゴリーもあります、ケド……」

「あら、意外に頑張るわね」

「友達以上恋人未満、とか……」

「じゃあ、ティオがあなた以外の女の子が好きだって言ったら、どう思う? 勿論、恋愛対象として、よ」

「それは、……」

 彼の気持ちを尊重して、と口に乗せようとするが、もしそうだとしたら面白くない、と思う気持ちもある。

「けど、自分の気持ちの押し付けなんて、下手するとストーカーだし……」

「ティオじゃなくて、今はあなたの気持ちを訊いてるのよ。喩え話だけどね」

「うう」

 呻くように口元をクシャクシャになったハンカチに埋めて、足下を睨む。

 そして、ティオゲネスが、エレンの知らない女性と歩いている所を想像してみた。

(別に……それこそティオの人生だし。隣にいるのがあたしじゃなくても、祝福してあげないと)

 しかし、素直に祝福できるかどうかとなると、話が別な気がする。

 幸せにね、と笑って言えるようになるまで、きっと――いや、絶対にだ。長い時間が掛かるだろう。

 反射のように思ったそれに、内心焦る。

(……嘘、違うわよ。だってあたし、別にティオのことそんな対象として見てない筈なのに)

 彼とて、そうだろう。彼から見れば、エレンは二つも年上だ。その上、お世辞にも手が掛からないとは言えない。そのくらいの自覚はある。絶対に恋愛の対象外だ。

「……ねぇ、エレンちゃん。ちょっといい?」

「は、はいっ?」

「言い辛いんだけど、今の全っ部口に出てたわよ」

「へ?」

 全部って何が?

 と、それは口に出せずに、ただ顔全体で問うと、アレクシスは何度目かで呆れたような溜息を吐いた。

「今あなたが言ったコト、全部言いましょうか? 『別に……それこそティオの人生だし、隣にいるのがあたしじゃなくても』――」

「きゃあぁああ、いい、いい、もういいですっっ!!」

 思わず甲高い悲鳴を上げてしまって、今度はエレンが医師の咳払いを食らうことになった。首を縮めて、医師に「すみません」と小さく言うと、浮かし掛けていた腰を元通り下ろす。

「……認めないと、この後辛いわよ」

 暫しの沈黙の後、アレクシスが静かな口調で諭す。先刻までの、揶揄って楽しんでいた声音とは、全く違う。

「……流石、刑事さんですね。全部吐かされちゃった」

 エレンにしては珍しく皮肉を言うと、アレクシスは「あはは」とどこか乾いた声で笑った。

「あなたみたいに素直な被疑者ばっかりだったら、ホントーに楽でしょうね、この仕事も」

 溜息混じりの冗談に、エレンも釣られて小さく笑う。

「ま、冗談抜きで、ダテにこの年まで女やってないから」

「あれ、アレクさんておいくつでしたっけ」

 思わず訊くと、アレクシスは半眼になってエレンを睨め付けた。

「無神経は若いコの特権だけどね。たとえ同性にでも年齢の話はされたくないのが女なの」

 いい機会だから覚えとくのね、と言いながら、アレクシスは指先でエレンの額をチョンと小突いた。

「自分が先に言ったクセに……」

 恨みがましく小突かれた額をさすりながら、彼女を横目で見ると、「スルーするのも時には嗜みよ」と厳しく返ってくる。

「特に、エレンちゃんみたいなコは、正論で生きてる分、苦労するでしょうね」

「どういう意味ですか?」

「さあね。その辺は年取れば嫌でも分かるから」

 肩を竦めて言ったアレクシスは、「で」と挟んで改めてエレンを見る。

「覚悟はできたの?」

 その質問は、二回目だ。

 エレンは、すう、と深呼吸して居住まいを正す。

「……はい」

 静かに返事をしたエレンの若草色の瞳は、決然とした色を宿している。これまでの彼女の特徴でもあった、どこかフワフワとした天然のような雰囲気は、ほんの少し褪せて見えた。

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