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ティオとエレンの事件簿  作者: 神蔵(旧・和倉)眞吹
Intermezzo―Four years before―
30/72

Intermezzo.1 フェルトン家

「ね、ルイス。あなた、弟か妹が欲しくない?」

 ある日、夕食の席でそんな風に母親から切り出されて、ルイスは一瞬キョトンと目を瞠った。

「きょうだい……ってコト?」

「そう。いつか、小さい頃には言ってたろう。お母さんに、『弟か妹か、お兄ちゃん生んでー!』って」

 ルイスの問いを引き取ったのは、父のリンジーだ。

 両親と言っても、ルイスにとって父も母・エリザベスも血の繋がりはない。ルイスは、養子だった。赤子の頃にこのフェルトン家へ、とある乳児院から引き取られて来たのだ。

 物心付く頃には既に知っていたことだが、特に悲壮感はなかった。

『あなたはね。お母さんのお腹から生まれたのではないけど、お父さんとお母さんが心からあなたを欲しいと思って、ここへ来て貰ったの』

 ことある毎に母がそう言えば、父も言葉を添えた。

『そうだよ。お前は、神様が私達に授けて下さった、大切な息子なんだ』

 そんな風に、養父母はまるで血を分けた本当の両親のようにルイスを慈しんでくれた。また、血の繋がりがないからと言って遠慮することなく、言うべきことは言い、叱るべき所はきちんと叱る両親だった。

 だから、ルイスも十三年間、この二人が本当の両親でないなどと意識したことはない。

 だが、母に対して、残酷にも「きょうだいを生んで欲しい」と言ってしまったことだけは、後ろめたさと言う名の傷になっていた。それよりもずっと後になって、母が子を望めない身体であったことを知った。それを知らなかったとは言え、自分は母に対して何と残酷なことを言ったのだろうかと、ルイスはいつも心のどこかで自分を責め続けている。

 以来、ルイスがきょうだいを欲しいと口にすることはなかった。弟や妹、上の兄姉を持つ友人を羨ましくは思ったが、なるべく考えないようにしていた。

「でも……あの」

 戸惑うように父を見、母を見ると、二人ともただ穏やかに微笑んで頷いている。

「もし、ルイスの気持ちがあの頃と変わっていないのなら……お兄ちゃんかお姉ちゃんは無理かも知れないけど、弟か妹を引き取ろうと思ってるの」

「……ホントに?」

「ああ。本当はもっと早くそうしたかったんだけど、IOCAに申請しても色々手続きがあってね。今日やっとトライアルの許可が下りたんだ」

「トライアルって?」

 子供らしい問いに、父が丁寧に説明を続ける。

「うーん……お試し期間ってトコかなぁ。その子と父さんや母さん、ルイスが一緒に暮らしてみて、居心地が良くないと感じるコトがあったら、お互い不幸だろう? だから、一緒にいて居心地がいいと確認する為に、一定期間試しに一緒に暮らしてみるコトを言うんだ」

「ふぅん……」

 父の説明を受けたルイスは、頷きつつも眉根を寄せた。『お試し期間』というところに引っ掛かりを覚えたのだ。

 すると、眉間に寄った皺に気付いたのか、父が「何か心配かい?」と訊ねた。

「うん……あの」

「何? もし嫌だったら、正直にそう言ってちょうだい?」

 母が曇った笑顔で訊ねるのへ、ルイスは慌てて首を振った。

「違うよ。嫌なんじゃない、ただ……ちょっと変だなって思っただけ」

「変、って何が変なんだい?」

「だって……そんなことしたら、まるで道具を都合良く取り替えるみたいに思えたんだ。血の繋がった親子だって、どこもかしこも気が合うとは限らないでしょ」

 そうしたら世の中捨て子だらけだ、というところだけは、辛うじて呑み込んだ。だが、言いたいことは、両親には伝わってしまったらしい。

「そうだね。でも、IOCAの規則だからね」

 父が、愛おしむようにルイスの頭に手を置く。

「そんなに身構えなくても大丈夫さ。どんな子が来ても、トライアルの後も、父さんも母さんも我が子として大事に出来る。ルイスだってそうだろう?」

「勿論だよ」

 力を入れて頷くと、父は破顔して、クシャクシャとルイスの頭を撫で回した。

「なら、心配要らない。ただ、引き取ることになる子の方が、どう思うかが問題だ。出来るだけ居心地が良いと、私達の家族になりたいと、そう思って貰えれば良いと思うけれどね」

「大丈夫だよ。妹でも弟でも、僕絶対可愛がって大事に出来るよ」

「そうか」

「じゃあ、決まりね」

 母も、ようやく安心したように顔を綻ばせる。

「いつ、来るの? 弟? それとも妹?」

「その辺は、IOCAの本部に行ってみないと何とも言えないんだ」

「明日からルイスも春休みだから、みんなで迎えに行きましょう。私達の新しい家族をね」

「やったあ! IOCAってどこにあるの? 旅行なんて久し振りだね」

 弾んだ声で思った通りのことを口に乗せてしまうと、母が揶揄(からか)うように言った。

「あらあら。ルイスは弟か妹は二の次みたいね」

「あっ……そ、そんなことないよ!」

 慌てて否定するルイスに、父と母が笑う。

 フェルトン家のダイニングは、暫し明るい笑い声に包まれた。


***


 フェルトン家は、南島国<サトヴァン>の西端にあるモットル港から程近い、イズベルガ・シティに居を構えている。

 そこから、IOCA本部のある、西の大陸<ギゼレ・エレ・マグリブ>・リエタグ州の首都、メストル・シティまでは、高速列車と船を乗り継いだ旅になる。

 イズベルガの自宅から約二日掛けて辿り着いたIOCA本部は、ルイスの想像とは違っていた。

 本部と言うからには、所謂オフィスビルのようなものだと思っていたのだが――何と言えばいいのか、そう、ここはまるで何百年か前の王侯貴族が使う城館のようだった。

 門を潜るとすぐに中庭があり、幾何学模様を描いた植え込みに挟まれた回廊が、屋内へと来客を導く。

 エントランスにはオフィスの堅苦しさはなく、保護されている子供達が、まるでオフィスのエントランスではなくそこがプレイルームであるかのように歓声を上げ、駆け回っていた。

 外から入って来たルイス達に型通りの挨拶をした子供達は、ルイス達を意に介することなくそれぞれの遊びに戻っていく。

 両親が受付で自分達の名前と来訪理由を告げている後ろで、ルイスは物珍しさも手伝い、キョロキョロと辺りを見回した。

 すると、広々としたエントランスの片隅で、遊ぶ子供達の輪から外れて、ポツンと所在なげに立っている子供と一瞬目が合った。と思った瞬間には、相手の目線はもうルイスから外れてしまっていた。

 だが、ルイスの方は、相手から目を離すことが出来なかった。

 見たこともない程、その子は美しかったのだ。

 珍しい銀灰色の頭髪は、顎のラインからやや長く、毛先は揃っていない。どこを見ているのか分からない瞳は、極上の翡翠を思わせるエメラルド・グリーンだ。

 小振りの逆卵型の輪郭に、大人になりかけの子猫のような目元と、綺麗に通った鼻筋、形のよい唇が品良く配置されており、それは、ルイスには神が造った彫刻のように思えた。

 どちらかと言えば女性寄りの造作で、少女にしか見えない。

 実際はどうなのだろうか。しかし、本人に確認してもいないのに、ルイスはもう相手を少女だと断定してしまっていた。

 あの子が妹になってくれたら嬉しいな。

 密かにそう思いながら、すっかり彼女に見惚れていると、背後から「ルイス」と名を呼ばれて我に返る。

 いらっしゃい、と母に手招きされて、後ろ髪引かれる思いでその場を後にする。名残惜しく少女をもう一度振り返ると、彼女は一瞬の間にどこへ消えたのか、もうさっきの場所にはいなかった。


***


「驚かれたでしょう。でも、これが当本部の方針でしてね」

 現IOCA本部長だと自己紹介したのは、ルイスから見れば祖母と言っても過言ではない程年の離れているように見える女性だった。

 実際年齢はどれくらいかは分からないが、背筋をシャンと伸ばし、キビキビと歩く姿が印象的な、若い頃からのキャリアウーマンと言えばピッタリはまるような、そんな女性だ。

「ですが、ルイスを引き取る手続きに来た時とは、雰囲気が違ってますね」

 父のリンジーが言うと、本部長のビクトリア=モンテスは、柔らかく微笑んだ。

「ルイス……というのは、そちらの?」

「はい。バルリエントス乳児院から、赤子の時に当家へ息子として迎えました。もう十三歳になります」

 父が、母について最後尾を歩いていたルイスをチラリと見たので、ルイスは慌ててビクトリアに会釈した。ビクトリアもこちらへ顔だけ向けて、会釈を返してくれながら歩を進める。

「そうですか。私がここの本部長職を引き継いだのが五年前ですから、先代の本部長とはまた方針が違っていると思います」

 やがて辿り着いた部屋の扉を引き開け、ビクトリアが「どうぞ」と室内を示した。

 父と母に続いて招じ入れられたそこは、応接室のようだ。

 三十メートル四方程の広さで、床にはふかふかのカーペットが敷いてある。中央には低いガラス張りの応接テーブルと、それを挟むように黒い革張りのソファが設えてあった。

「今、お茶を用意させます。どうぞ、お掛け下さい」

「あ、いや、お構いなく」

 言いながら、父は示されたソファに腰掛け、母とルイスもそれに倣う。

 ビクトリアは一瞬、続き間になっていた奥の部屋へ姿を消すと、程なく戻ってきて、向かいのソファに腰を下ろした。

「さて……ミスタ・フェルトン。そして、ミズ・フェルトン。それから……ルイス。審査の結果、あなた方には、保護協会で保護している孤児の中の一人を家族として迎える権利が与えられました。ところで、ミスタ・フェルトン」

「どうぞ、リンジーとお呼び下さい」

 『ミスタ・フェルトン』という呼称が長くて大変だと思ったのか、父がビクトリアにファーストネームで呼ぶことを許した。すると、ビクトリアも「では、お言葉に甘えて」と挟んで、先を続ける。

「私のことも、どうぞビクトリアとお呼び下さい。それで、リンジー。先程あなたは、ルイスを十三年前に引き取ったと、そう仰いましたね」

「はい。ほぼ零歳でしたから、この子は血の繋がった我が子も同然です」

 慈しむような視線に、くすぐったさと誇らしさを同時に感じながら、ルイスは父に視線を返す。

「その時は、どのような状況でしたか?」

「どのような……と仰いますと?」

「つまり……子供の選定です」

 ビクトリアは、ルイスにチラリと目を向けて、言い辛そうにしながらもストレートに言葉を口に乗せた。

 ルイスは若干気分を害したが、特に口を挟まなかった。今は、父がビクトリアと話をしているのだ。自分の意見で割って入ることは、礼儀に反する。

 人が話をしている時に、無造作に割り込んではならない、というのは、両親に教え込まれたことの一つだ。

「それは……その、ルイスを、と乳児院の方で私達に授けて下さいました。ここへはその後、手続きの書類を届けに来ただけなのです。ただ、あのように、エントランスで子供が遊んでいる光景を見た覚えがなくて……」

「そうでしたか」

 父が言葉を選んだのは分かった気がしたが、ルイスはやはり黙って聞いていた。

「私の代になってから、選定は試験的に私共の方ではなく、これから家族になる方に委ねる方針になりました。幸い、今のところ、トライアル後にお断りされたケースはありません」

 ビクトリアがそこまで言った時、丁度秘書らしき女性が、四角いトレイを手に奥の部屋から現れた。トレイの上に乗っていた、四人分の紅茶と、茶菓子を置いて、退出していく。

 それを見送った後、ビクトリアは言葉を継いだ。

「いかがでしょう。エントランスで見かけた子の中で、誰か、お気に召した子はいませんか?」

「急にそう仰られても……先程はそういう意識で見た訳ではないので……」

 困ったように言う父とは対照的に、ルイスは急にそわそわし出した。

(あの子がいいよ。あの子にしようよ)

 そう口に出したいが、両親の教えが枷となって音にならない。だが、ビクトリアがルイスの様子に気付いて、声を掛けた。

「ルイス? 何か、言いたいことがあるのではなくて?」

「あ……その……」

「何だい、ルイス。構わないから言ってごらん」

 父に口を添えられ、ルイスはカラカラになった喉に無理矢理唾液を流し込んだ。

「あの……不躾ですが、僕……」

「気に入った子がいたのね」

 ビクトリアが、あの優しい微笑と共に訊ねるのへ、ルイスは強く頷いていた。

「はい、あの……ミズ・モンテスは、銀灰色の髪の子を知ってますか?」

「銀灰色の髪の子?」

「はい。凄く綺麗な子で、翡翠色の瞳をした……」

「ああ……」

 誰のことを言っているか、ビクトリアも思い当たるものがあったのだろう。あれだけ目立つ少女だ。一度見たら、誰だって二度と忘れる筈がない。

 けれども、頷きながらも、ビクトリアはどこか曇った表情を見せた。

「あの……僕、何かいけないことを言ってしまったでしょうか?」

 ソロリと探るように訊ねると、ビクトリアは慌てて首を振った。

「いいえ、そうじゃないのよ。ただ、彼はこれまでの生活環境がちょっと特殊で、いきなり個人宅に養子に出すのは、心配で……」

(彼?)

 聞き間違えただろうか。

 今、確かにビクトリアは『彼』と言った。もしや、彼女は、誰か他の子と勘違いしているのではあるまいか。そう思うと、焦燥が先に立って言葉が喉の奥で空回りする錯覚を覚える。

 しかし、ルイスが口を開くより先に、父が訊ねた。

「特殊……と申されますと?」

「ええ、あの……トライアルより前に先入観を与えるといけないので、詳細を申し上げる訳にはいかないのです。もし、それがお気に障るようでしたら、他の子を改めて選んで下さい」

「私達は、どんな境遇にいた子でも、我が子として迎える準備はできています。ですが……」

 父は言いさして、ルイスの方へ視線を向ける。

「ルイス。お前はどうしてもその子じゃないと嫌かい?」

「あのっ……」

 ルイスはもぞもぞと口ごもって、父とビクトリアを交互に見つめた。

「良いのよ。訊きたいことがあったら遠慮なく訊いてくれて」

 ビクトリアは、そうするのが癖なのか、安心させるような微笑を浮かべてルイスを見る。その笑顔に後押しされて、ルイスはようやく言葉を絞り出した。

「それでは、あの……不躾を承知で伺います。ミズは、もしかして、僕の思っている子とは違う子のコトを仰っておられるのではありませんか?」

 ビクトリアは、瞬時キョトンとその薄茶色の目を瞠り、柔らかな声音で反問する。

「どうして、そう思うの?」

「だって、あの、ミズはさっき『彼』と言いましたよね」

「ええ、言ったわ」

「じゃあ、やっぱり人違いです。僕が妹として来て欲しいと思っているのは、女の子ですから」

 ビクトリアは二度瞠目し、今度はどこか面白そうな微笑を浮かべた。

「念の為に訊くけど、ルイス」

「はい」

「あなたがきょうだいとして迎えたいのは、銀灰色の髪と、翡翠色の瞳をした子なのよね?」

「そうです」

 ルイスは強く頷く。今度こそ、相手の勘違いを招いてはならない。しかし、ビクトリアはその年に似合わぬ悪戯っぽい微笑を浮かべたまま、言葉を継いだ。

「じゃあ、やっぱり私が思っている子で間違いないわね」

「えっ、でも」

「あのね、聞いて、ルイス」

 思わず遮ってしまった言葉を特に咎めることもせず、ビクトリアは、クスクスと小さく笑いながら、爆弾にも等しい一言を投下した。

「銀灰色の髪に、翡翠色の瞳の子は、このIOCA本部には今たった一人しかいないの。そもそも、『銀灰色の髪』って時点で凄く珍しいわ。私も六十年以上生きているけど、後にも先にもあの子以外、お目に掛かったコトがないくらいよ。彼の名前は、ティオゲネス=ウェザリー。正真正銘、男の子よ」

「えっ……?」

 ルイスは、目を瞬かせた。

 さっきの一瞬の邂逅で目に灼き付いた美貌と、『男の子』という単語がうまく結び付かない。

(そんな、……バカな)

 その言葉しか、脳裏には浮かばなかった。

 そんな――バカな。

 あんなに綺麗な容姿を持った子が、まさか――男の子?


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