School.7 静かなる反撃の序曲
『少し、頭を冷やしてくる』
そう言って、ティオゲネスが出て行ったドアを暫く見つめていたエレンは、ノロノロと首を戻した姿勢のまま、ぼんやりしていた。
(どうしよう……)
何故、ティオゲネスがあんなに腹を立てたのかは分からない。
分かるのは、『ヴェア=ガング』という単語に、彼が過剰に反応したことだけだ。
それが彼の気に障ったのか、それとも何か傷付けてしまったのか、エレンにはそれすら分からなかった。
けれど、取り返しのつかないことをしでかしてしまったという実感はあった。
(どうしよう)
誰にともなく、もう一度脳裏で呟くと、エレンは指先を絡め合わせた手を膝に置いて、俯いた。
ティオゲネスを怒らせてしまった。もしくは、傷付けてしまったのかも知れない。
このことで、彼が永久に自分から去ってしまうとしたら、それはやり切れないことだった。
今のエレンの脳内には、『不本意なファースト・キス』のことは欠片も残っていない。ただ、ティオゲネスを失うと思ったら、途方もなく不安だった。
怖くて、悲しくて、寂しくて、涙が溢れるのを止められない。
「ティオ……」
「ンだよ、不用心だな」
無意識に呼び掛けた名に、まるで返事をするようなタイミングで返った声に、エレンは瞠目した。
声のした方へ視線を向けると同時に、明かりが灯る。
「明かりも点けずに何やってんだか」
一瞬の眩しさに、目を眇める。慌てて涙を拭い、改めて見ると、扉の前に立った銀灰色の髪を持つ少年が、その翡翠の双眸に呆れたような色を宿してこちらを見ているのが分かった。
「誰か来ても開けるなってコトは、俺が出たら閉めとけってコトだろ。鍵、掛かってなかったぞ」
錠を下ろすティオゲネスの台詞は、エレンの脳内を素通りして行った。
「ティオ……」
「ほら、夕食。早く食っちまえよ」
抱えていた紙袋の一つを、エレンの脇へポンと置くと、彼は自分もエレンの向かいのベッドへ腰を下ろしてもう一つの紙包みを開く。
ヘッドボードの上に袋から取り出したペットボトルを置き、次いで透明のパッケージを取り出した。中身が半分ほどに減ったパッケージを開けたティオゲネスが、サンドイッチにかぶりつくのを、やはりぼんやりと眺める。
すると、その視線に気付いたのか、目を上げたティオゲネスが、「食わねぇのか?」と訊いた。
「あっ……ううん」
いただきます、と言って、慌てて紙袋を探る。
中には、彼の食べているものと同じメニューが入っていた。
彼と同じように、ヘッドボードの上にペットボトルを置いて、サンドイッチの入ったパッケージを取り出し、中身におちょぼ口でかぶりつく。そうしながら、またチラリと彼の方へ視線を移すと、ティオゲネスは器用にペットボトルの蓋を指先だけで開けて、中身を呷るところだった。
(……怒って、ないのかな)
かじったサンドイッチを咀嚼しながら、エレンは目を伏せる。
だが、直接には訊けない。蒸し返すのが怖い。
出来ることなら、何もなかったようにやり過ごしてしまいたかったが、そうもいかないだろう。
先刻のことについて、何も言わぬまま次に別れたら、今度こそティオゲネスが遠くへ行ってしまう気がした。
食べている間、二人は無言だった。
これが、教会での食事風景なら、若干違う。
他の小さな子供達が大騒ぎして、初めは穏やかに注意していたラティマー神父の声が、段々凄みを増して、その空気に気付いた子供達は一瞬静かになるものの、徐々にまた騒ぎ始めて――その繰り返しで、こんな風に気まずい沈黙が降りることはまずない。
それを気にしているのかいないのか、黙々と食事を終えたティオゲネスは、空になったパッケージとペットボトルを、紙袋に放り込んで立ち上がる。
「悪いけど、ここ捨てさせてくれな」
「あ……うん」
ティオゲネスが、食べ終わってゴミになったものを屑籠へ捨てるのを見ながら、エレンも中身を食べ終えたパッケージを紙袋へ押し込み、ペットボトルだけを備え付けの冷蔵庫へしまった。
「あの……」
ティオゲネスの方を見ないまま、エレンは、思い切って口を開く。
「うん?」
「さっきは、その、……ご、ごめんなさい」
言い辛いことは、早く済ませるに限る。
そう怯みそうになる心を叱り飛ばし、エレンは一気に言った。肩を竦めて、その間に顔を埋めるようにしながら、ギュッと目を閉じる。
長いようで短いように感じた時間が過ぎ去った後、ティオゲネスが溜息を吐いたのが分かった。
「それ、何に対する『ごめんなさい』なんだ?」
「え……」
そっと目を上げて、彼の方を窺うと、ティオゲネスはその整った容貌で無表情にエレンを見つめていた。彼がこういう顔をしている時は、十中八九怒っている時だ。
「えええっと……その、」
「何に対して謝ってんのか、分かんねぇなら謝んな」
返って腹立つから、と付け加えられて、エレンは顔に熱が上るのを感じた。
「わ、分かってるわよ!」
思わずムキになったように言うと、「へぇ? じゃあ説明してみろよ」と揶揄するような声音が返って来る。
「だから……その……ティオが訊かれたくないコトを無理に訊こうとしたから……」
しどろもどろしながら言うと、ティオゲネスが小さく吹き出した。
「……ティーオー?」
下からすくい上げるように言うと、「あー、悪い悪い」というごく軽い謝罪が返って来る。
「……俺も悪かったよ」
クックッと小さく笑い続けていたティオゲネスは、やがて笑いを引っ込めると、真剣な声音でポツンと言った。
「ちょっと……こっち来てから色々あったからさ。その……気持ちの整理がつかない内にお前にまで触れられたくないトコ突っ込まれたから……感情のコントロール利かなかった」
八つ当たりしてごめん。
そう結ぶと、ティオゲネスはフイと顔を背けた。
殆ど顔が見えなくなっても、辛うじて見える耳が、さっき部屋で再会した時と同じように薄赤くなっているのが分かる。
それが何だか可愛らしく見えて、エレンは軽く吹き出してしまった。
「……何笑ってんだよ」
「う、うううん、別にっ……」
怒ったようなその様子が余計に可愛い気がして、小さな笑いの発作は中々収まらない。
エレンが笑う様を暫くじっとりとした目つきで眺めていたティオゲネスは、やがて諦めたような息を吐くと、ふっと柔らかく微笑した。
(えっ?)
ハタと笑いを止めて、目を瞬く。
この二年の付き合いの中でも、あまり見たことのない表情に、戸惑う。
すると、エレンの戸惑いにティオゲネスも気付いたのか、その微笑を引っ込めてしまった。
「……何?」
「あー……いや」
数瞬合った視線が、再度逸らされる。
間を持て余すように、側頭部を掻きながら落ち着きなく視線を彷徨わせていたティオゲネスは、ボソリと言った。
「ただ、その……久し振りに見たと思って」
「……何を?」
「お前の……笑った顔」
(あ……)
そう言えば、ティオゲネスの前で笑ったのなど、どのくらい振りだろう。もう何年もなかったように、遠い昔のような気がする。
ふと落ちた沈黙の中、ティオゲネスの手が伸びて、エレンの頭をポンポンと優しく叩いた。
「よかった。もう、大丈夫そうだな」
再び柔らかな微笑を浮かべるティオゲネスを見て、今度はエレンの方が視線を逸らしてしまう。
(大丈夫……なのかな)
一時忘れることが出来ても、不意に思い出してしまう『あのこと』。
それは、彼や教会にいる仲間達と屈託なく笑う権利を、エレンから永久に奪ってしまった。汚れる前にはもう戻れないと、繰り返し念押しする悪夢に、今後も悩まされることは想像に難くない。
「エレン?」
不意に目を伏せてしまったエレンを不審に思ったのか、ティオゲネスが首を傾げるように視線の先に顔を覗き込ませる。
半ば強引に視線を合わされて、また反射で視線を逸らしてしまうエレンに、ティオゲネスが何度目かの溜息を吐いた。
それに対して、エレンは思わずビクリと肩を震わせる。
今度はどんな文句が降って来るのだろうかと身構えていると、ティオゲネスは全く明後日のことを言った。
「ところで、今何時だ?」
「……え?」
咄嗟に、何を言われたのか理解できなくて、目を瞬かせる。
しかし、ティオゲネスはエレンの答えを待つことなく、ベッドのヘッドボードに設えられているデジタル時計に視線を移していた。
「八時半か」
「え、もうそんな時間?」
問うたティオゲネスではなく、エレンがそう反問する。
「食堂、もう閉まる時間よ。ティオ、あんた寮はどっち?」
「お前が元いた部屋だよ」
――と言えば、ミドルトン寮だ。
このヴォドラーシュカ寮とは、食堂を挟んで向こう側にあり、行き来するには食堂を通るか、外から回るかの二択しかない。
「じゃあ、もう戻らなくちゃ。あたしは本当に大丈夫だから」
何が大丈夫なのか、自分にも分からないまま、エレンはティオゲネスを急かす。
すると、ティオゲネスは真顔で否を唱えた。
「悪いが、今日はこのままここにいさせて貰う」
「そんな……そんなの、校則違反よ。余所の部屋に泊まるなら、庶務棟に行ってその日の昼間までに届けなくちゃいけないことになってるのに」
「お前、ホントに事態解ってんのか?」
「事態って?」
エレンがキョトンと目を瞠ると、ティオゲネスは呆れたようにその翡翠の双眸を細めた。
「お前、今日の昼間、何があったか言ってみ?」
「今日の昼間って……えっと」
言われるままに、慌てて記憶を辿る。
「今日は部屋に戻ったらいきなりあんたがいて、それで……」
その後、アレクシスと落ち合い、彼女と森を抜ける途中で――
「意識が……なくなって……」
「貧血でも起こしたのか?」
わざと揶揄うような口調で問う彼に、エレンは真面目に答える。
「ううん、そんな感じじゃなくて急に……」
「第一、アレクと会うまでは人目に付かない道を行ったよな? わざわざ森ん中に入って、いるかどうかも知らない人間を捜す、奇特な奴がいると思うか?」
思わない。
反射で浮かんだ答えは、口に乗ることはなかった。
しかし、それに構うことなく、ティオゲネスが畳み掛ける。
「万一、森の中でぶっ倒れてるお前を見付けた人間がいたとしてもだ。ご親切にここまで運んでくれる奴が、今の学院内にいるとでも?」
「……セシリア、とか」
「だとしても、お前が逆の立場ならどうだ? 森からここまで意識のない人間を一人で、人目に付かないように引きずって来れるか?」
「…………」
答えるまでもない。どう考えてもエレンには無理だ。
それに、もし仮に、倒れている人間を見付けたとしたら、一人で運ぼうとはせず誰かに助けを求めるだろう(今の学院内にエレンの求める助けに応じてくれる人間がいるかどうかは別としてだが)。或いは、救急車を呼ぶに違いない。
「……そう、よね。救急車も呼ばずに部屋に運ぶなんて、有り得ないよね」
「だろ? お前でも、倒れてる人間をシロート判断で手当するのは危険だって解るんだ。それをしないっていうところが、昼間も言ったけど、この学院はフツーじゃない」
エレンは、ぐうの音も出ない体で俯いた。
「とにかく、お前はもうジッとしてろ。遅くとも明後日の朝までにはここを出られるように、俺が片を付ける」
「片を付けるって……」
思わず見つめた翡翠の瞳は、恐ろしいほどに真摯な光を湛えている。
「どういう、コトなの」
先刻――と言っても、もう二、三時間前になるが、その時はティオゲネスが急に怒り出してしまったので話が中断し、色々と吹っ飛んでしまっていた。
しかし、記憶を巻き戻すと、アレクシスの安否も不明になっていたことを思い出す。
「ティオ、あんた……何するつもりなの」
「さてねぇ」
ティオゲネスは、一見はぐらかすように肩を竦めると、ベッドに落ちるように腰を下ろした。
「正直言って、自分でもよく解ってねぇんだ」
片膝を立ててそこに肘を突いた彼は、その整った顔に、珍しく微苦笑を浮かべる。
「アレクがどっかで捕まってさえいなきゃ、お前連れてとっととここ出てるんだけどな」
エレンが返せる言葉はない。
いつだって、誰に相談することなく困難な状況を打開してきた彼が、こんな風に弱音を吐いているところを見たことがなかった。しかも、エレンに対して。
(あたしなんか……最初からアテにしてなんていないクセに)
いや、今この瞬間もアテになどしていないのだろう。
ただ、彼の中で、何かが飽和寸前になっている。多分、例の『ヴェア・ガング』が関係しているのだろうが、詳しいところはエレンには分からない。
その上で尚、愚痴めいたことを零したのは、意図的ではなく、限界になった何かが溢れたとしか判断しようがなかった。
(何か……何かしなくちゃ)
エレンは、普段こういったことに使いもしない頭をフル回転させる。
アレクシスも警官である以上、誰かに捕らえられたとしても、自分でどうにかするかも知れない。それくらいはティオゲネスも考えているだろうが、万が一ということもある。
(今重要なのは、とにかくアレクさんを見付けるコトよね)
彼女は、どこにいるのだろう。
もし、自分が誰かを捕らえたとして、その誰かを人質に脅しを掛けるとすれば、どこに隠しておくのが適切だろうか。
「生徒が……立ち入れない場所とか」
「は?」
不意に口を開いたエレンに、ティオゲネスが眉根を寄せてこちらを見た。
けれど、エレンは構わずティオゲネスに目を向ける。
「アレクさんが捕まってる場所よ。どこか……生徒が立ち入れない場所ならどうかしら」
「お前、犯人が誰だか分かって言ってんのか?」
「そ、そんなの分かんないけど……」
半ば詰問の口調で問われて、エレンは瞬時怯むが、必死に言い募る。
「で、でも、この学院のどこかに捕まってるんでしょ?」
「俺はそうとは一言も言ってない」
にべもない口調で言った後、しかしティオゲネスは考え込むような様子を見せた。口元に拳を当てて目を伏せていた彼は、やがて無言で立ち上がる。
「……ティオ?」
問い掛けるように名を呼ぶと、ティオゲネスは視線を下げてエレンを見つめ返した。けれど、言葉は発さない。瞬時、返事の言葉を口に乗せようとしたように見えたが、何かを思い出したかのように口を閉ざした。
何でも率直に口にする彼には珍しく、ウロウロと視線を彷徨わせ、何をどう言えばいいかを迷っているようにも思える。
やがて、ティオゲネスは思い直したかのように、ベッドに元通り腰を下ろした。
もう一度名を呼ぶと、ティオゲネスは静かにしろと言うように唇に人差し指を当てる。そのまま、再度拳を口元に当てた彼が思索に耽っているように見えたのは一瞬だった。
次の瞬間、もう一度立ち上がった彼は、まっすぐユニットバスになっているバスルームへ足を向ける。
スルリと扉の内側へ滑り込んだ彼は、一旦扉を閉じると、何をしていたのか、暫くバスルームに一人で閉じこもった。単純に用足しだったのかとエレンが思い始めた頃、彼がその扉を細く開けて、エレンを小さく手招きした。何が何だか判らないままに、彼に従う。
焦れったそうにエレンが歩を進めるのを待ち兼ねたティオゲネスは、エレンが入れるだけの隙間を開けて、バスルームへ引きずり込んだ。
「絶っっ対に、普通の声で話すなよ」
なり、彼は聞き取れるギリギリの音量と言ってもいいくらい、小さな声で最初に釘を刺した。
やはり、事態を飲み込めないまま、エレンはコクコクと小刻みに頷く。今のティオゲネスには、こちらの反論や質問を赦さない空気のようなものがあったのだ。
エレンが首肯するのを確認すると、ティオゲネスは真剣な声音で続けた。
「お前、さっき言ってた、生徒が立ち入り禁止の場所って、どこか知ってるのか」
***
室内は静まり返っていた。
寮の部屋の中にある勉強机に座ると、ちょうど同室者の二人は、背中合わせになる。
夕食時間は午後九時までだが、この部屋の二人は既に夕食を終え、宿題を片付けているところだ。――少なくとも、内一人はそうだ。
しかし、もう一人――セシリア=レアードは、ルームメイトから完全な死角になった机の引き出しをわずかに開け、その隙間から中に置いてある板状の端末画面をひたすら凝視していた。
やや大型の携帯端末にも似たその画面には、エレンの部屋に取り付けた隠しカメラからのリアルタイムの映像が送り込まれている。耳に付けたイヤホンは、エレンの部屋に仕掛けた盗聴器の音声を拾っていた。
机の上には誤魔化すようにノートとテキストが広げられているので、端から見れば、端末で何かの講座でも受講しているようにしか思えないだろう。実際、聖マグダ・ルーナ女学院では、インターネットを通じての教育講座を、いつでも好きな時に受けられるよう、その講座費も学費の中に組み込まれている。
(二○三○現在、異常なし……か)
確かに、映像にだけは異常はない。二人とも、室内に設えられたベッドに腰掛けている。もっとも、聞こえてくる会話と来たら、不穏以外の何者でもなかった。
相変わらず、ティオゲネスは何かを企んでいる様子だし、エレンはエレンで、緊急事態に使う脳味噌などないような顔をしている癖に、意外にいいところを突いた意見を出している。
(大人しくしてろって言ったのに、あのバカ)
見物人がいないのをいいことに、セシリアはその形の良い眉根を寄せる。
それでも、早速に窓から抜け出すような様子は見せていないので、取り敢えずハウエルズの元へは行くだろう。それだけでも良しとしなければならない。
俄に襲った不安の中で、自らを安心させるようにそう思った時、不意に室内――ヴォドラーシュカ寮の六〇五号室内が沈黙した。
反射で端末の画面を確認すると、ティオゲネスだけがいない。
だが、エレンはカメラの中にしっかり収まっている。ならば、彼女だけを置いて、室外で何かをすることはないだろう。
そうは思っても、何か胸騒ぎがしてならなかった。相手は、ただの少年ではないことは、重々承知している。仮にも、同じ暗殺者養成組織で育ったのだから。
そして、それ故に、ハウエルズに逆らうようなバカな真似もするまいと思った。上官に、反発心だけで逆らうとどうなるか、自分もティオゲネスも身にしみている。
けれど、ややあってから、エレンも立ち上がってどこかへ消えた。部屋の外か、それともバスルームか。
セシリアは、イヤホンに付いたチャンネルを捻った。エレンの部屋に仕掛けた盗聴器は、リビングルームの明かりに取り付けたカメラに付いているものと他数カ所。それから、バスルームに二カ所ほどだ。チャンネルを切り替えることで、リビングとバスルームの音声を聞くことが出来る。
しかし、バスルームに仕掛けたものは、どちらも何かにくるまれているようで、くぐもった音声しか聞こえない。
(まさかっ……!)
思わず立ち上がり、背後で勉強に集中していたルームメイトが小さく悲鳴を上げた。
「びっくりしたぁ……どうしたの、突然」
こちらを向いて訊ねるルームメイトに、セシリアは貼り付けたような硬い笑顔を浮かべて言った。
「あ、……ううん、何でもないの。その……うっかり、イヤホンのボリューム上げ過ぎちゃって」
いかにも不審げに自分を見上げるルームメイトに、「ちょっとご不浄に」と手短に言うと、セシリアは言葉通りバスルームに足を向ける。勿論、通話の為に携帯端末を持って入るのを忘れなかった。
静かに扉を閉じると、出来るだけ室内から遠ざかるように、水の入っていない浴槽に足を突っ込んで壁の端に張り付き、ようやく端末を操作する。
端末を耳に当て、ツーコール程で電話口に出た相手に、セシリアは思い切り小声で口を開いた。




