反抗 3
香月の気合いの入った掛け声と一転、のほほん、ほのぼのとした職員室。マイペース、のんびりな校風が反映された職員室。
だがそこにいる高橋の表情は浮かない。彼は生徒達の日々の変化を書き連ねたメモ帳を眺めつつ頭を悩ませている。そのメモ帳。それはいつも高橋が持ち歩き、生徒達の何気ない、些細な変化を書き記しているものだ。
今現在、そのメモ帳は夏樹のことで埋め尽くされている。彼女と上林の間であったこと、高橋が気に掛けて電話をした、夏樹の親御さんとの話の中身などなど。
「うーん」
高橋はメモを見つめながら、髪をクシャリとする。
「どうしたものか」
奔放で活発だった夏樹が、そこまで思い詰めていた。それに気づいてやれなかった自分を悔いて、高橋の心は曇る。
高橋が吸い掛けの煙草に、もう一度火を点けると、職員室の扉をノックする威勢のいい音が響く。続けざま一本芯の通った声も届く。
「3のA。高樹香月です! 高橋先生はいらっしゃいますか」
香月の一声で、なぜか引き締まる職員室。扉の一番近いところにいた保健体育の教師、岡林が扉を開けて、香月を招き寄せる。
「いるわよ。高樹さん」
「はい。ありがとうございます」
香月はそう一礼すると職員室を見回して高橋を探す。その香月を高橋が手招く。
「おーい。高樹。こっちこっち」
香月はほっと一安心したのか、嬉しそうに高橋へ歩み寄る。高橋がすかさず用意した椅子に向い合って座る高橋と香月。高橋は身を乗り出して、早速本題に入る。
「今村のことだろ?」
香月に迷いはない。
「はい」
その返事を皮切りに、二人はしばらく夏樹のことについて話し合う。どうすれば夏樹に学校に来てもらえるか、今が夏樹の家を訪ねるいいタイミングか、夏樹に迷惑にならないか、などを含めて。
そして何より上林がなぜああも夏樹に辛く当たるのかについても触れた。香月が自分を奮い立たせる。
「私が、直接訊いてみます。上林先生に」
高橋は少し無精ひげの生えた、口元に手をあてがい、しばらく考えて答える。
「うん。それがいいかもな。高樹が訊いた方がスッキリする」
そうと決まれば話は早い。香月は高橋から即行夏樹の住所を教えてもらい、まずは上林のもとへと向かう。
少し物怖じする気持ちが、当然香月にはあったが、香月の夏樹を助けたい、その一心が彼女を突き動かしていた。胸の内で「何の! ウルトラスーパーハイパー乙女の気骨で乗り切るぜ!」と呟き、彼女は上林のいる教室に訪れる。
上林は人けのなくなった3のCの教室で数式を何度も書いては消し、書いては消していた。上林。夏樹一点に絞ると、皮肉で嫌味な教師。人間的にもダメだし感ありありの男だが、どうやら教育熱心な男ではあるらしい。
上林が、黒板に文字を書き連ねるチョークの音だけが響く教室の扉を、香月はいよいよ開ける。こう言葉を添えて。
「失礼します」
香月の瞳は覚悟を決めた女の子のそれだった。
それから1時間も経った頃だろうか、香月は夏樹の家へ向かう電車に揺られていた。
電車のドアに肩を寄せて、車窓から覗く街並みを香月は眺める。移り行く車窓の景色は、十人十色の人々の心模様を表しているようでもあった。
香月は電車のドアに右肩でもたれて、誰に言うでもなく口にする。
「いろいろあるんだなぁ。人って」
やがて香月は駅から降りて15分ほどの距離にある、夏樹の家へ着くと大きく息を吸い込む。香月は握り拳を作った両腕を大きく後ろに引くと、気合いを入れる。
「よしっ!」
夏樹の一軒家は、デザインが洋風の、品のある家だ。庶民派の香月は若干、尻込みするが、彼女の勢いはもう誰にも止められない。
香月は「ハッ!!」と大きく息を吐き出すと夏樹の家のインターフォンを鳴らす。
出迎えてくれた女性は夏樹の母親だろうか。髪が長く艶やかで、まだ若く活き活きとしている。服装も白シャツにジーンズという軽装。それがまた女性の魅力を引き立てていた。