合格発表 1
「牛に引かれて善光寺参り」。思わぬ他人の導き、あるいは偶然により、よい方向に人が進むことを意味することわざ。
不信心な老婆が、干していた布を牛が角に引っかけて走り出し、その牛を追いかけている内に善光寺に辿り着き、その後、度々善光寺参りするようになったことに由来するという。
牛に引かれて善光寺。香月達、俊哉と健にとって高橋は、偶然を意味する牛のようなものでもあったのか。
様々な心の葛藤、フラストレーションを抱えていた彼らは、中学生活のクライマックス、高校受験の合否発表を目にする時を迎えていた。
「何とまぁ。意外と緊張するもんだな」
俊哉は受験した高校を前にして呟いた。隣には健が、そしてまたしてもなぜか高橋が付き添っている。健は背筋を伸ばす。
「受かってるさ。きっと。受験番号、何番?」
健が俊哉の肩を叩いて励ますと訊いた。俊哉は答える。
「645」
「『蘇我蒸し殺す』か。縁起悪いな」
不穏な数字を前にして俊哉はおののく。
「それ言うなし。俺も気にしてたんだから」
俊哉は慌てふためくものの、二人ともリラックスして笑みを零している。お互いやるべきことはやった達成感で満ちているのだろう。
その教え子の様子に満足げな高橋が、二人の背中を後押しする。
「さ、ここで、もごもごしてても始まらない。早速結果を見に行っちゃいましょう」
「簡単に言うなよ。先生」
俊哉がそう返すと高橋は自信ありげで、確信めいた笑みを浮かべる。それは高橋がこれまでにほとんど見せたことがない教育者としての笑みだった。彼は確約する。
「大丈夫。きっと受かってるさ」
『そうかな』
その言葉に俊哉と健は顔を見合わせて不思議がる。三人は大きく深呼吸すると合格発表場に足を運んだ。
合格発表場では、もう合否が分かったのか、泣いたり、抱き合って喜んだりしている子達がいる。悲喜こもごもの様相。
その人混みの合間を縫って、俊哉達三人は合格発表のボードの前に立つ。受験番号を手に合格発表を見る俊哉。
さすがの俊哉も、一つ自分の十代の命運が左右される場に来て、感じるものがあったのか、彼らしくもなく、少し緊張して手元が震えている。
俊哉はボードを慎重に見上げて、順々に数字を辿っていく。600、612、635、そして俊哉の手が止まる。
「あ、あっ」
そして「あ、あった!」と俊哉が叫ぼうとした瞬間、健が俊哉の肩を興奮して激しく叩くと先んじた。
「あった! あったぞ! 俊哉。645。良かったな!」
先を越されて興を削がれたのか俊哉が冷静に返す。
「そこは俺が『あ、あった』って言って感慨に耽るところだろ。先に行くなよ」
「ワルイワルイ。あまりにも嬉しかったもんだから」
俊哉は苦笑いを浮かべて訥々と返す。
「横取りするなよ」
二人の相も変わらぬ掛け合いを見て、楽しげな高橋が割って入る。
「さぁ、それじゃあ健の方はどうなんだ? 受験番号は?」
「1192です」
健が答えると俊哉が眉をひそめて応える。
「『いい国作ろう』か。縁起いいな」
「だろ? さて、どうなってることやら」
健が合格発表のボードを見て順に番号を追っていくと、確かに1192の文字が見つかった。それを認めて健が叫ぼうとする。
「あ、あっ……」
だが高橋が先んじて健の肩を揺さぶる。
「あった! あったぞ! いい国作ろう鎌倉幕府!」
「先にやらないでくださいよ。先生」
健が肩すかしを食うと、俊哉が相槌を打つ。
「なっ。先にやられると不愉快だろ?」
高橋は満足げに二人の肩を叩く。
「これで一年間、手の掛かった二人ともさよなら出来るな。そう思うとほっとするよ。安心して離島に行けるよ。ありがとう」
高橋らしからぬ感傷めいた言葉を前にして、健と俊哉は少ししんみりする。二人は胸打たれたように、感謝の言葉を口にするのだった。
「こちらこそありがとうございました。先生」




