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香月  作者: keisei1
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お受験のあと 

 「下戸」。主にアルコールが飲めない人のことを指す言葉。だがこれは自分をへりくだって使う言葉で、他人に対して使う場合は余程の信頼関係がない限り、失礼にあたるという。


 そんなアルコール成分とは無縁な香月達は、受験シーズンを迎え、清廉潔白に志望校の受験を次々と終えて行く。


 美穂も推薦入学の決まっていた高校の形だけの受験を済ませ、彼女達はテスト試験のプレッシャーから開放されていった。


 そしてほんのりと肌寒い1月下旬。今日、香月達はファミレスで「お受験終了祝賀会」を行っていた。


 香月達は試験でのエピソードをそれぞれ口にするとともに皆の合格を願いあう。


 香月達がエピソード談義で一しきり、盛り上がっていると、そのファミレスに二つの影が現れた。それは例にもよって俊哉と健だった。「俊哉君」と腰を軽くあげた香月は二人に声をかける。


 俊哉に訊くと今日は私立の受験だったという。香月が呟く。



「そっか。今日だったんだ。すっかり忘れてた」



 夏樹がうがった態度、目線で二人に尋ねる。



「受かる見込みは?」




 自信を持ってVサインをしてみせる俊哉と健。自分を過大評価をしない二人のその様子を見て香月はほっと胸を撫で下ろす。



「よかった」



 香月の安心しきった声を背に受けて、席に着いた俊哉と健だが、その後にもう一人の男の影が続く。思わず香月が声をあげる。



「高橋先生!」



 そう。その男の影は紛うことなき高橋だった。高橋は申し訳なそうに左手を軽くあげる。



「よっ」



 夏樹が眉をひそめて高橋に訊く。



「ひょっとしてまた二人の付き添いですか? そんなに一部の生徒をヒイキしちゃっていいんですかぁ?」



 高橋は頭を掻いて応える。



「いやぁー。ホントは良くないんだがな。今年は色々この二人の世話にもなったし、面倒も見たし。しっかりやれるか気掛かりでね」


「私達の受験の時も来てくだされば良かったのに」



 美穂が少しふてくされて口にした。高橋は笑って手を振る。



「ワルイワルイ」



 高橋が着席したのを目に留めると、俊哉達は飲物と軽食をオーダーした。少しリラックスしたのか高橋はふと香月達に告げる。



「あぁ。そういや香月達には言ってなかったけど」


『はい』



 香月達は口を揃えて高橋の話に耳を傾ける。高橋が改まって何かを口伝てするというのはよほどのことなのだろう。そう少し構えた香月達に、高橋はリラックスした様子で告げる。



「俺、今年限りで今の中学を辞めることになっててな」


『ええー!!』



 香月達は大声をあげて驚いた。夏樹がマシンガンのように高橋に訊く。



「どうしてですか? 理由は? 教え子に手を出したとか。女生徒のブルマを盗んだとか、そういう不祥事ですか?」



 失礼千万、非礼の限りを尽くした夏樹の質問にも、高橋は鷹揚だ。



「いやいや。ただの転任だよ」



 高橋は笑って答えた。香月が俊哉と健に視線をやる。



「俊哉君達は知ってたの?」



 俊哉がコーラフロートを口にしながら頷く。



「うん。一応ね」


「同じく」



 健も答える。香月はスラリと背筋を伸ばして高橋に言う。



「先生、もう少し早く仰ってくれれば良かったのに。教えていただければみんなでお別れ会も開いたし。それにそれに!」



 やや暴走、フライング気味の香月の言葉を耳にして高橋は零す。



「いや、そんな大げさなことじゃないよ。鹿児島の離島の中学に転任するだけだから」


「えー」



 夏樹は心底残念そうだ。香月は確かめるように口にする。



「大げさなことです」



 高橋は自分の転任を、我がことのように残念がる香月達を見て、和やかでいて、嬉しそうな表情を浮かべる。彼は物思いに耽るように思い返す。



「今年は香月達のお蔭で特に印象深い一年だったなぁ」



 高橋の言葉に皆も感慨に浸る。夏樹も言葉を重ねるように呟く。



「そうね。色々あったわねぇ。香月」


「そうだね」



 香月は笑みを零して夏樹に返した。するとふと思い立ったのか美穂が高橋に指摘する。



「先生、それにしても今年、私達に優しかったですね」



 その言葉に高橋は少し懐かしそうな表情を浮かべる。



「学生時代の俺を見てるみたいでな。みんなが」



 高橋はなるべく感傷を省いて、回想する。



「学生の頃はそれは俺はヤンチャだった。それで親父にたくさん叩かれてね。あんな大人には絶対にならないって決めてたんだよ」



 桜が思い出したように口にする。



「あっ、高橋先生のお父さんも教師だったんですよね」


「そうなの? 知らなかった」



 夏樹が訊くと桜は答える。



「はい。それでもう亡くなられて」


「そうなんだ」



 夏樹は寂しげに零す。高橋は父親を懐かしみ、そして自分達の分身でもあるかのような、香月達を愛おしげに見つめる。



「いい親父だった。ただ仲は悪かった」



 その事実を聞いて香月達はしんみりするしかない。高橋は湿っぽい話は嫌いなのか、話を早めに締めくくる。



「さぁ、これで退屈な想い出話もおしまい。みんな受験解放記念を祝っちゃおう」


『はーい』



 そう声を揃えると、香月達は思い思いに軽食やケーキを口にしていく。すると高橋が不意に呟く。



「お、おや? アルコールなんか口にしてないんだが、急に、眠気が」



 そう言うと高橋は目を回し、体のバランスを崩すと、テーブルにうつ伏せて眠ってしまった。香月が余りに突然の出来事を不思議がって俊哉へ訊く。



「先生、何飲んでたの?」



 俊哉が畏まって答える。



「カシスオレンジ」



 それを耳にして香月達は声を揃えるのだった。



『恐るべき下戸』



 「下戸」。他人に対して使うのは余程の親しい間柄でない限り、失礼にあたるという。

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