三箇日 1
俗にいう一姫二太郎。これは一番目に長女。二番目に長男を授かりたいという両親の願望であり、一人、女の子、二人、男の子という意味ではない。
長女が先に産まれれば、あとから産まれた長男の世話を焼いてくれるだろうという、両親の淡い期待が込められている言葉でもある。
その分一姫二太郎の長女には負担がかかるとかかからないとか。
香月は一人っ子だ。父の浩司と母の沙織は、その余りに煌びやかな後光をさして生まれてきた香月を前にして、これ以上の子宝の贅沢は望むまいと心に決めたとか、決めないとか。
真偽のほどは定かではないが香月は、とにもかくにも一人っ子である。
初詣を終えて元旦。年がら年中元旦娘が三箇日初日を迎えたのだから、よほど賑やかで、騒がしい元旦を迎えているのかと思いきや、意外や意外。香月宅の元旦は意外に静か。もといニュートラルなものだった。
それもそのはず、香月は年がら年中元旦気分なのだから、元旦だからといって特別更に浮かれることはないのである。
さて香月は自宅で穏やかな家族団らんのひと時を過ごしている。香月は、お節料理に、雑煮に、お餅を次々と平らげて行く。彼女は心の底から満足げだ。
浩司も沙織も健康そうな娘の様子に目を細める。浩司は少し生真面目なタイプの男だ。一年の計は元旦にあり、と言わんばかりに不意に口に出す。
「父さんの今年の目標は禁煙かな」
「禁煙。無理なさらないで。適度に節煙程度でいいんですよ」
沙織が浩司の負担を考えて、折衷案を出すと浩司は、感謝の余り照れくさげに頷いて、今度は香月に訊く。
「ん、ああ。ありがとう。香月は? 香月の今年の抱負は?」
「私はね。世界征服」
香月がそう答えると沙織が嗜める。
「香月、元旦からフザケないの」
「だってそれくらいアンビシャスでないと」
そう指でブイサインを作って香月は笑った。香月はお餅を頬張りながら、沙織に尋ねる。
「お母さんは?」
「私は、二人が健康であればそれでいい、かな?」
沙織の言葉に、浩司も香月も心を和ませる。こうして香月家の元旦は静かに、穏やかに過ぎていく。
やがて食事も終わり、いよいよ年始の恒例行事を香月達は迎える。「お年玉贈呈式」だ。
浩司と沙織はそれぞれお年玉を香月に渡す。
「はい。お年玉」
「ありがとう。お母さん」
「はい、香月。これ少ないけどな」
「頂きます」
香月が頭を下げると、沙織は少し冗談めかす。
「お年玉分の仕事はしてよね」
「げげんっ! 元旦からそんな話をするお母さんなんて嫌い」
「嫌われて結構。ガンバッテね。今年の受験」
「はーい」
そう間延びした声を出して、食事を終えた香月は自分の部屋に戻った。香月は元旦の日本の夜明け、日本晴れを目に焼き付けようと、窓を大きく開く。
太陽は燦々と照りつけ、見事な晴天だ。香月は澄みきった青い空を仰ぎ見て呟く。
「日本の夜明けは近いぜよ」
香月は、両腕を大きく伸ばして、一つ大きく息を吸うと机の上に立て掛けた写真立てを見る。
そこには香月、夏樹、美穂、朱美、桜の五人が楽しげに、はしゃいで写っている。香月は写真の額を手に取り、目を少し潤ませて五人を見つめる。
すると香月の視線は自然と美穂にフォーカスされていく。香月はこう口にせざるを得ない。
「そうか。美穂とは今年で離れ離れなんだ」
香月は写真を手にして言葉なく立ち尽くす。五人で一緒に暮らしてきた中学三年生の生活が終わる。大切な親友の美穂とも離れ離れになる。
そう思うとさしもの元旦も感傷的にならざるを得ない。物思いに耽る香月の澄みきった横顔と立ち姿を陽の光が、照らし出していた。




