初詣 4
二人の乗る自転車が香月の家に着くと、香月は家の中に駆け込んでいく。俊哉の耳には香月の母、沙織の声が届く。
「なぁに。香月。そんなに慌てて」
「おばあちゃんのお筆忘れちゃったの!」
香月のせわしげな声も響く。俊哉は自転車にまたがったまま、しばらく待っている。その間、香月は祖母の形見の筆を探しているようだ。
玄関先に出てきた沙織が、自転車のハンドルを右に切り、左に切っている俊哉を見て挨拶をする。
「あら、こんばんは。西島さん? だったわね」
「はい、西島俊哉です」
「わざわざあの子を乗せてきてくれたの? ありが……」
沙織がそう礼を言い終えるか言い終えないかの内に、香月が転がるように駆けて戻って来た。手にはしっかりと筆が握られている。
「俊哉君。待たせてごめん」
「いいや。いいよ」
俊哉がそう返すと、香月は彼の自転車の後ろに腰を乗せる。呆れたように香月を見ている沙織に、香月は、茶目っ気たっぷりに敬礼する。
「それじゃあ香月、わたくしは再び行って参ります!」
その言葉をエンジンにして俊哉の自転車は出発していくのだった。
一方、夏樹達は神社で香月と俊哉をずっと待っていた。みなの手には絵馬が握られたままだ。夏樹が零す。
「香月達、遅いわね。途中で軽く雨も降っちゃったし。大丈夫かしら」
すると美穂が首を伸ばして遠くを見据える。
「あ、来た、来た。二人とも帰って来たわよ」
美穂の視線の先に、俊哉と、少し足の具合が良くなった香月がいた。二人は急ぎ足でみなに合流する。香月が先に、そして俊哉が口にする。
「待たせてゴメン。みんな」
「ちょっと時間掛かっちゃったな」
二人の言葉を美穂が受け止める。
「いいわよ、いいわよ。別に。それより雨、大丈夫だった?」
「うん、ちゃんと雨宿りしたから」
香月がそう応えると、高橋が両手を広げてみなの背中を押す仕草を見せる。
「さぁ、みんなも絵馬に願い事を書いて飾ろうか」
『はーい』
みな、声を揃えると各々願い事を書いていく。香月はみなの合格祈願を願うとともに、絵馬の端にこうも書いた。
「俊哉君が無事志望校行けるように。ファイト」
俊哉は母親の健康を祈る願掛けを書くと、彼も絵馬の隅にこう書き添えるのを忘れない。
「香月達が無事合格するように」
それは二人の暗黙の心の通じ合い、以心伝心であるかのようでもあった。やがて絵馬の飾り付けがみな、終わったところで高橋が促す。
「さてみんな、あとはお参りをして、おしまいだ。帰りは寄り道しないようにな」
『分かりましたー』
みなが声を合わせると、ふと美穂が気づいたように高橋に声を掛ける。
「実は先生、甘酒には二種類あってですね」
「うん。それが?」
高橋が相槌を打つと、美穂は衝撃の真実を告げる。
「先生が飲んだのは『一夜酒』と言ってアルコール成分が入ってない方なんですよ」
「ということは?」
高橋が訊き返すと美穂は頷く。
「そういうことです」
「げげんっ!」
高橋はそう驚いて手を交差させると、夜闇に向かってこう叫ぶのだった。
「俺の『偽り』のほろ酔い気分を返せー!」
俗にいう偽薬。人を暗示にかけるプラシーボ効果を使った療法。これは高橋には効果覿面のようである。但しプラシーボ効果には、効果の程に異論を差し挟む医者もいるとかいないとか。




