三者面談 1
鹿鳴館の舞踏会に招かれた明子は、とあるフランス人将校と踊りを共にする。明子と将校は露台に佇み二人夜空を見上げる。明子が「お国のことを思っているのでしょう」と尋ねると将校は首を横に振り、こう答える。
「花火のことを考えていたのです。我々の生のような花火のことを」
後年、その一夜の想い出を振り返る明子は、かのフランス人将校が「お菊夫人」を書いたピエール・ロティだったと知る。
明子の回顧録として書かれた、短編「舞踏会」は、芥川龍之介中期の短編であり、江藤淳に「一切の道具立てがこの花火のために存在する」とまで評された、一瞬のうちに、たちまちの内に消え入る、花火の美しさと儚さを生と重ね合わせた作品である。
読書好きの香月の父、浩司は朝食前に開いていた「舞踏会」を閉じると、物想いから覚めたように現実へと戻る。香月は相も変わらず元気よく、朝食のトーストを頬張っている。浩司は舞踏会の余韻冷めやらぬ様子で香月に尋ねる。
「そういやそろそろじゃないか?」
香月は、舞踏会の世界に父が浸りきっていたことなど全く眼中にない。
「『そろそろ』って何? お父さん」
「三者面談だよ。香月も志望校決める時期じゃないか」
浩司もようやく熱が覚めてきたのか、淡々と返した。その父の言葉に香月は両手をクロスさせて、慌てふためく。
「げげんっ!」
香月の母、沙織が香月を食器を片付けながら宥める。
「大丈夫よ。香月。お母さんは、どんな高校に行こうとOK。いい友達に恵まれてるならね」
香月はそのハードルの低い条件を出されて喜色満面だ。
「いい友達。それなら万全よ! どんな高校行ってもいいんだ。肩の荷降りたー」
現金な香月の物言いに、浩司と沙織は苦笑い混じりで顔を見合わせる。香月は三者面談の話が出た、両親との話はそこそこに切り上げて、学校へ行く支度をする。
香月が玄関に駆け出すと、愛犬のビーグル、ゼロがまとわりつく。香月は手でゼロの喉元を鳴らす。
「ゼロ、散歩じゃないの。違うのよ。それじゃあ香月は行ってまいります!」
相も変わらず勢い良く学校に出掛けて行く香月を見て、沙織は思わず本音をも覗かせる。
「まぁ、『どこでも』っていうわけじゃないんだけどね」
その頃学校では、いつもより早く登校した夏樹と美穂が教室で話をしている。二人の話題は進路についてらしい。夏樹は得意げだ。
「へへーん。私の学力があれば志望校は余裕ね」
「あ、何だか嫌な言い方」
美穂が右目を見開いて返すと、夏樹は夏樹で美穂に尋ねる。
「で、美穂はどうするの? 美穂なら勉強次第で進学校行けるかも」
美穂は夏樹の提案に、申し訳なさそうに、だが気丈に振る舞い答える。
「あっ、私は陸上で推薦入学が決まってて。宮崎ともお別れしなくちゃいけないの」
そう聞いた夏樹は心情を悟られまいとして、小さな声で零す。
「そう。それは寂しくなるわね」
いつもは対立軸にある二人がやや感傷に浸っている時、香月が勢いよく教室に入って来る。彼女は息を切らして席に着くと早速夏樹達に派手な身振りを交えて伝える。
「みんなニュース、ニュース。大ニュース!」
「何? どうかしたの。香月」
呼吸を何とか整える香月に、割りばしでプロペラ飛行機を作って遊んでいた朱美が訊く。
「な、何と『三者面談』が三日後から始まるのです。ででん!」
「あー。三者面談。ウチの親、少し手厳しいところがあるからちょっと心配」
夏樹は三者面談があること自体はもちろん知っていたが、あらためてその様子を頭に思い描いたようだ。夏樹の言葉に朱美も合わせる。
「私も学校でどう見られてるか親が気にするから」
一人黙々と俳句作りに勤しんでいた桜もようやく顔をあげる。
「私も両親ともに世話焼きだから心配です」
三者三様、どことなく打ち沈む夏樹達を美穂が元気づける。
「大丈夫よ。みんな。高橋先生はみんなに優しいし。重箱の隅突くようなマネはしないでしょ」
「それもそうね。高橋先生、理解があるし」
夏樹の顔は一瞬にして晴れやかになった。美穂は片目を瞬かせる。
「そそ。大丈夫、大丈夫」
夏樹と美穂の、暗黙の意見の一致を見て、香月も口にする。
「そうだね。今年は高橋先生に色々お世話になったし。助けられたっていうか」
「そうですね。香月さん」
桜が頷いて、香月の言葉に同意すると、香月はこう言って予想外の疑問で、話を締めくくる。
「ところで、『重箱の隅』って何?」
四人は顔を見合わて言葉を失うしかない。致し方なし。香月達の様子を見ていた健が俊哉に尋ねる。
「三者面談。どうする?」
「どうするも何も品行方正、成績優秀の俺に何か問題が?」
そう口元に手をあてて答える俊哉に、健は呆れて言葉を返す。
「それ正反対じゃね?」
「それ言うなし」
俊哉は反論の余地なく、健の言葉を黙って遮るだけだった。




