文化祭 1
「温故知新」。古きを訪ね新しきを求める。古来の文物に触れて新しい、道理や真理を得ることをいう。論語において孔子が師となるべき者の条件としてあげたとされる。古きを温ねてと読むのが一般的だか、古きを温めてと読む場合もあるという。
そんな高橋の授業が終わった休み時間。秋も深まり始めた教室。夏樹はスマホで音楽を聴いている。夏樹が聴く音楽は七十年代後期から八十年後期までのハードロック、へヴィメタルが主だ。
温故知新。そんな言葉が夏樹の頭を掠めているのかどうか、彼女はご機嫌にリズムを取っている。そんな夏樹に声をかける女の子がいた。美穂だ。
美穂は香月、朱美、そして桜の四人で机を囲んでいる。彼女達の手元には資料とメモ、イメージイラストなどが置かれている。美穂はそれとなく夏樹を誘う。
「おーい。夏樹。あなたも参加しなよ」
「『参加』って何に?」
ややつっけんどんな応対をする夏樹に朱美が答える。
「今度の文化祭の出し物何にするかの話し合い」
文化祭。文化祭と聞いて、香月に次いでお祭り好き、イベント好きな夏樹が黙っているはずもない。夏樹は身を乗り出して声をあげる。
「文化祭。そうだった! 忘れてた。で、何やるの?」
嬉々として話に乗る夏樹へ、美穂が淡々と答える。
「私がメガホン取って演劇」
夏樹は、香月達の囲う机に歩み寄ると椅子に手をかける。
「演劇。いいわね。何するの? 誰がホン、書くわけ?」
美穂は意外に自信があるらしい。議論の余地なくといった調子で彼女は自分を指さす。
「一応、演出の私が書くことになってる。みんな、何か要望はある?」
朱美が作った紙風船をフッと一息かけて浮かせると、手をあげる。
「変にアブノーマルな話はやめてね。百合とか」
「OK。分かった」
美穂は、朱美の傾向が分かっているので難なく了承する。次に手を挙げたのは香月だ。香月はアイデアを出す。
「ハイハーイ。異世界転生ファンタジーとかどうでしょう」
「『異世界転生ファンタジー』。それよさそうね」
美穂は今流行りの世界観、アイデアが出たので満足そうだ。美穂はこの演劇、変に冒険せずに、首尾よくまとめるつもりらしい。ペンを口元にあて、思案げな美穂に香月は構想を口にする。
「平凡な男子生徒が転生した世界は魔女が支配する世界だった」
美穂が相槌を打つ。
「いいね」
香月は勢いづいて話を進める。
「そこは王女が魔女に囚われた世界。主人公は暗黒の世界を救うために立ち上がる!」
「それで?」
朱美も声を合わせた。香月は、上気し、高揚した表情で立ち上がり握り拳を作って声を上げる。
「主人公は世界を救って無事元の世界へ戻れるのか!? 果たして!? 何てどう?」
夏樹が盛り上がっている美穂達三人に口を挟む。
「ちょっと平凡じゃない?」
「そうかな?」
香月が拍子抜けして首を傾げる。すると美穂がその香月に助け船を出す。
「『平凡』くらいが丁度いいのよ。よし! 決まりね。その線で本をまとめていきましょ」
『賛成―!』
香月、朱美、桜が声を上げる。夏樹だけ不満そうだ。
「うーん。少し気が乗らないんだけど。第一主役は誰? 敵役の魔女は誰がするの?」
「うーん。主役はやっぱり香月かな」
朱美が答える。香月は朱美の両手を握って喜ぶ。
「ありがとう! 朱美」
「いやいや」
そう返す朱美を目にして、夏樹が眉をひそめる。
「じゃあ魔女は?」
しばらくの沈黙の後、視線が夏樹に集まる。
「ちょっと。勘弁してよね」
そう零す夏樹に美穂が話して聞かせる。
「魔女は『絶世の美女』って設定よ」
絶世の美女。物事の善悪より、美醜の方にこだわりのある夏樹は即答する。
「乗った」
こうして体よく香月達の文化祭の構想はまとまったのだった。
一方俊哉は彼女達の会話を横目にイラストをひたすら書いている。健が少し興味深げにイラストを覗き込む。
「何描いてんだ? 俊哉」
「ん? へへー。今度の文化祭の出し物」
そう言って得意げに俊哉は健にイラストを見せる。そこにはグロテスクで、おぞましい怪物が描かれている。さすがの健も息を飲む。
「うげ! なんだこの絵。エグイな」
「だろ? これで生徒指導の加賀先生とか驚かせてやろうぜ」
俊哉は悪戯っぽく口元に笑みを浮かべる。俊哉のアイデアに健も賛成なようだ。身を乗り出して調子を合わせる。
「いいね。それ。で、何やるんだ?」
「決まってるだろ? 『お化け屋敷』だよ」
「お化け屋敷ねぇ」
そう口元に手をあてがい、納得する健。こうして香月達は文化祭で「演劇」を、俊哉達は「お化け屋敷」をやることが決まったのだった。




