読書週間 1
とある著名人のお話。読書嫌いのかの方は、夏休みの宿題に出された「読書感想文」に一向に取り組まなかった。夏休みも終わりに近づいたある日、彼は一つ良いアイデアを閃き、「桃太郎」を題材に「読書感想文」を書くことを思いつく。
「桃太郎」。自分を含め誰もが知っている物語。これなら今一度読書する必要もなく、ストーリーを説明する必要もなく、一挙両得。彼はかくして「桃太郎を今一度考察する」というタイトルで読書感想文を提出。見事何を間違ったか校内で表彰されることになったという。
何事も無理なく、楽に取り組んでも豊かなイマジネーションと考察力があれば、実を結ぶこともあるというお話。ということで。
『読書週間』
廊下に貼り出されたポスターを見て美穂と夏樹、朱美の三人は声を揃えて呟いた。
「なんでしょう。これは」
朱美が不思議な物体にそうするように、ポスターに触れる。すると怪訝そうな三人を横目にしていた高橋が声を掛ける。
「あー、言ってなかったな。みんなには」
夏樹達は高橋に注目する。女子生徒のある種の敵意ともいえる視線に晒されながらも、高橋は一向に動じる気配はない。高橋は呑気、朗らかに両手を広げる。
「今日から『読書の秋』ということで『読書週間』が始まる」
夏樹は露骨に感情を表わすタイプの女の子だ。夏樹は煙たげに返す。
「『読書週間』? なんですか。それは?」
高橋は口元に手をやり、それは楽しげに答える。
「まずそれぞれ好きな分野の本を幾つか読んでもらう」
読書嫌いの夏樹はこう零さずにいられない。
「うげげ」
人間誰しも得手、不得手があるもの。だが高橋は尚も我が道を行き、嬉しそうに話を続ける。
「で、その感想を原稿用紙五枚以上十枚以下にまとめる。そういうもの。『読書週間』っていうのは」
美穂は意外や意外。気軽な気分でいるようだ。美穂もスプリンター単細胞ではないらしい。
「まぁ感想五枚以上なら割と楽に書けるし。気楽に行きますか」
「そうね」
朱美もフラットなスタンスは崩さなかった。だが二人のニュートラルな感情は、次の高橋の言葉で大いに揺さぶられる。
「あっ、因みにこの読書感想文、現国の成績に響くから手抜きしないように」
『げげげっ!』
夏樹達は顔を見合わせて畏怖するしかない。教室に戻った夏樹達は、香月と桜に話を聞かせる。だがさすが元旦娘、これからの一年間、どんな艱難辛苦が訪れようとも、耐え忍び、楽しく暮らすことを志す日の申し子。
香月は読書週間と言われても呑気に返すだけだ。
「『読書週間』かー。楽しそう」
夏樹がたまったものではないといった調子で眉をしかめる。
「そう?」
「うん。だって白雪姫やシンデレラを読んでその感想をまとめればいいんでしょ」
「15にもなって白雪姫? シンデレラ?」
夏樹は香月の正気を確かめるように訊いた。香月は無邪気に頷いて続ける。
「うん。それで『ディズニーヒロインの傾向』とか書けばいいんじゃないかな」
「ディズニーヒロインの傾向」。一つの大学論文にも仕上がりそうなそのタイトリングのセンスを耳にして、美穂が感心する。
「それいいアイデアね。香月、やるじゃない」
「えへへ。ありがと」
香月は香月でいいとして、少し読書週間なるものが煙たい朱美は、背伸びして口に出す。
「あー、それにしても私達どうしよう。得意分野の本なんてないっていうのにね」
香月には、苦手、不得手といった観念がないらしい。あっけらかんとして朱美に返す
「あるじゃない。みんな」
香月は淡々としている。夏樹達は身を乗り出して香月に訊く。
『例えば?』
香月は灯台下暗しの実情をあからさまにする。香月は三人の得意分野を滑らかにあげていくのだった。
「美穂は陸上でしょ。朱美は絵でしょ。夏樹は、えっとハードロックが好きだったんだっけ」
『ああー』
夏樹達は納得したように口を揃えた。香月は話を締める。
「得意分野なんだから、みんなが好きな本を読めばいいんじゃない?」
「それもそうね」
美穂が納得が行ったという調子で相槌を打つ。美穂はすかさず彼女なりのアイデアを閃いたようだ。
「私はマリオン・ジョーンズが好きだから、彼女のことを書こう。『ブロンズメダルコレクターの悲劇』とか」
「いいんじゃない! それ」
香月は嬉しそうに腰を浮かせる。夏樹にもアイデアが湧いてくる。
「じゃあ私は大好きなエディのことを書けばいいのね」
「そうそう」
香月は楽しげに頷く。朱美も両肘を付いて物想いに耽る。
「じゃあ私はマグリット」
「そうだよ!」
勢いづいた香月はもう誰にも止められない。すると傍で話を聞いていた桜が恐る恐る口にする。
「あ、あの、私は」
「桜は俳句があるじゃん」
今度は夏樹がアドバイスしてみせる。桜は笑顔を零して安心げだ。
「そうですね。私には俳句がありました!」
夏樹は、表情にみるみる内に精気が増した桜を目にして楽しげだ。夏樹は右手を高々と掲げて宣言する。
「じゃ決まりね。みんなで楽しく『読書週間』とやらを過ごしましょう!」
『おー!』
みなが高く振り上げた拳とともに、そうして香月達は「読書週間」に入って行くのだった。




