懐中時計の想い出 3
岩場に一人残された高橋のもとに、一人だけ賭け事に興味のない桜が歩み寄ってくる。彼女は高橋の隣に座る。
「懐中時計なんて素敵ですね。アンティークで」
高橋は、彼らしくなくレディを持て成すように桜の腰の下にハンカチを敷く。
「ああ。そうだな」
懐かしげに高橋は振り返る。
「ホントはその懐中時計、俺のものじゃないんだよ」
「え? って言うと?」
桜は驚きで不思議そうに尋ねた。高橋は、それは懐かしげに口元に手を当てる。
「死んだ親父の形見なんだよ。俺はアンティークなんて気取った趣味は持ってないんでね」
高橋と桜のその話の間も、香月達、賭けに参加したみなは騒がしい。
「ちょっとぶつからないでよ!」
夏樹が大声を出して俊哉を牽制する。それに応戦する俊哉。
「あとから来た分際で言えた立場か!」
美穂が健に釘を刺す。
「健君、そこ私が狙ってたとこ!」
「早い者勝ちだよ!」
健は両手を広げる。香月は香月で一人呟きながら、穴場を目指している。
「高橋先生は結構シンプルに考えるから」
一方桜はなおも不思議がって高橋に尋ねている。
「お父さんの形見。どうしてそんな大切なものを?」
潮風が高橋のもとに吹き抜ける。高橋はとても涼しげに答える。
「親父も元は教師でね。ギャンブル好きだったんだよ。ただそれだけ」
高橋の父親も元教師。その事実を前にして桜は、特有の喪失感のようなものを感じていた。本来ならば尊敬すべき父親の形見を、賭けの対象にして、砂場に放りだすなんて。
高橋と高橋の父親の間に何かあったのだろうか。桜はそう思わずにはいられない。だが高橋は先の言葉を口にしたきり、それ以上何も言わなかった。
その頃、香月の狙っていた穴場、岩が少し集まっている場所に俊哉も来ていた。香月が俊哉に話しかける。
「一緒に探そっ。俊哉君」
「一緒? 何の話だ。とにかく早く見つけたもん勝ちさ」
俊哉はそうつっけんどんに返した。しばらく二人で岩と岩の間を探すこと数分。するとついに香月と俊哉の二人は同時に大声を上げた。
『あった! 懐中時計!』
二人は懐中時計を一緒に手にすると、次の瞬間奪い合う。
「これは俺が先に見つけたの!」
「一緒に探そうって言ったじゃない!」
「うが、うがが!」
二人の争奪戦は続く。仕方なく高橋が仲裁に入る。
「あー、二人とも争いはやめるように」
「だって先生!」
香月は悲しげた。俊哉も相槌を打つ。
「なぁ! 高樹!」
高橋は仕様のない生徒達だ、と言った様子で頭を掻く。
「仕方がない。先生の退屈しのぎにみんなが付き合ってくれたから、みんなにラーメン奢ってやろう」
『ホントですか!!』
香月達は嬉々として声を合わせた。だが高橋は教師と言えども一公務員に過ぎない。財布と相談して、妥協案を付け加える。
「ただし普通のラーメンだぞ。チャーシュー麺は頼まないように」
チャーシュー麺でなくても、空腹の香月達には十分だ。
『やったね!』
香月達は声をあげて喜んだ。俊哉だけが一人愚痴を零す。
「折角ラーメン、俺が独り占め出来るはずだったのに」
香月がその言葉に言い添える。
「いいじゃない。俊哉君。みんな一緒に食べられるんだから」
元旦の余りの邪気のなさに、俊哉は折れるしかない。
「そだな」
こうして香月達の夏の想い出は潮風とラーメンの味覚に彩られたのである。
ダリの「記憶の固執」。あの絵画で描かれたぐにゃりと曲がった時計は、ダリの、何かしらの「永遠性」を表わしてもいるという。
その言葉を思い出し、高橋の懐中時計にも何がしかの意味が込められていると悟った桜は、自分の腰の下に敷かれたハンカチを「先生」と一言言って彼に返した。
ちなみに夏樹はラーメン屋で美穂にこう訊くのを忘れない。
「ところで美穂。ヴァン・ヘイレンのピック」
美穂は平然とはぐらかす。
「は? 何のこと?」
「あんた、ヒドイ女ね。でも、まっ、いっか」
そう零して夏樹は嬉しげにラーメンのスープを口にするのだった。




