懐中時計の想い出 2
迎えたサイクリング当日。香月達は学校で待ち合わせると海辺へと向かう。颯爽としてスタートを切った香月達だが、前半で早くも夏樹が半リタイアしてしまう。
「足がだるいよー」
自転車の速度を緩めて、夏樹がペダルから足を放す度に、美穂が声を掛ける。
「無事、海に着いたらヴァン・ヘイレンのピック買ってあげる」
古典ハードロック好きの夏樹は、そう聞くと奮起するのだ。
「よっしゃ、頑張る」
風を切り、澄みきった空気を胸一杯に吸い込んで、香月達は海沿いの道を自転車で駆け抜けていく。水平線がしばらくして見えてきた頃、香月は声を出す。
「水平線だ!」
香月の言葉を号令にして、ようやく海辺に着いた香月達は、自転車を停めると、砂浜へと駆けだして行く。
人けのない砂浜で、遠い水平線を眺めて五人はこう口を揃えるはずだった。
『わぁー。ホントに綺麗!』
だがその砂浜に見覚えのある人影が三つ。
一人は岩場に腰掛けている。男は頬杖をして微笑ましげだ。残りの二人は砂浜で何やら探し物をしている。
この三人。香月達には若干見覚えがある。というより馴染みの三人であることには間違いない。すぐに香月達は気づく。
岩場に座るのは高橋。砂浜に這いつくばり、砂を掻き分けているのは俊哉と健だと。
美穂が訝しげに手傘を差して、三人のいる方角を見据える。
「あの三人。何してるのかしら」
香月と桜は、俊哉と健に早速歩み寄り話し掛ける。
「何してるの?」
美穂と朱美、そして夏樹の三人は俊哉と健のツーバカトップには特段興味もないのか、高橋に歩み寄る。
高橋は俊哉と健、そして合流した香月達を嬉しそうに見つめている。美穂が麦藁帽子を被ると高橋に訊く。
「先生、何してるんですか?」
「ああ、他愛のないゲーム。賭け事だよ」
「賭け事?」
夏樹が興味ありげに片眉をあげた。高橋は高橋でひょんなところで出くわした、香月達に興味を引かれたようだ。逆に問い返す。
「そんな事よりお前たちは何しに来たんだ? こんな遠出までして」
美穂が白い歯を零して笑顔を見せる。
「ああ、私達はサイクリングに来たんです。夏の最後の想い出づくりにって」
高橋はそのアイデアに賛成しているようだ。夏の想い出は多いほどいい。そんなことを高橋はぼんやりと考えでもしているかのようだ。
「夏の最後の想い出づくりね。それはいいな」
だが、先の高橋の言葉、「賭け事」に異常に反応する女の子がいた。夏樹だ。夏樹は身を乗り出して高橋に訊く。
「ねぇ、先生、賭けって何を賭けてるんですか? 私達も興味あるんですけど」
美穂がやや呆れ気味に返す。
「『私達』って。夏樹ー」
「ああ、それはな」
そう前置きして高橋が答えようとした瞬間、遠くで香月が大声をあげる。
「ラーメン!!!」
『ラーメン?』
美穂達三人は顔をしかめた。高橋が香月の素っ頓狂な声と言葉をフォローする。
「俺がラーメンを奢るかどうか賭けてるんだよ。あいつら二人と」
夏樹達もついにことの真相が掴めたのか、なおかつ興味をそそられたのか口を揃える。
『ラーメン!!!』
高橋はにこやかに夏樹達三人に語り掛ける。
「良かったらお前たちも参加しないか」
「するする! 反対の反対! 大賛成!」
夏樹が大声を張り上げた。そうと聞けば話は早い。高橋はルールを説明する。
「この砂浜のどこかに隠してある俺の懐中時計を見つけた子の勝ちだ。今から三十分の間にね」
「懐中時計を見つけたその子。その子がラーメンをゲットできるというわけね」
さすが夏樹は飲み込みが早い。そう口にすると早速砂浜へと駆け出して行った。美穂が朱美に尋ねる。
「どうする? 朱美」
「『どうする』って。やるしかないでしょ!」
「そうね!」
そう言って美穂と朱美も砂浜に走っていく。砂浜では既に香月が懐中時計探しを始めている。
こうして香月達ほぼ全員参加の「ラーメン争奪懐中時計探し」が始まったのだった。




