懐中時計の想い出 1
スペイン人画家、ダリのかの有名な絵画「記憶の固執」には、ぐんにゃりと曲がった時計が描かれている。この時計、様々な憶測と解釈を呼んだが、あの時計がダリの何らかの「永遠性」を描いたのではと考える向きも少なくないという。
「へー、面白い絵もあったもんねー」
そう口にして美術書を閉じる夏樹。季節は9月。夏休みも終わり、残暑も収まってきた頃だ。教室でしばらく不慣れな美術書鑑賞に耽った夏樹は、だが退屈そうに両腕を頭の後ろに組む。
「夏も終わっちゃうわねー。残念―。今年は海にも行かなかったし」
夏樹の言葉を耳にした朱美が、何かアイデアを思いついたのか、夏樹の机の前に座る。
「あら、海ならいつだって行けるじゃない。今からでも遅くないわよ」
夏樹は遠慮会釈なく駄々をこねる。
「もう寒いわよ。私は泳ぎたかったの」
我が儘お嬢様感満開の夏樹を見て、美穂も話し掛ける。
「夏の終わりの海もいいわよ。潮風が気持ちよくて」
夏樹は少し興味を引かれたようだ。右眉をピンッと吊り上げる。
「そう?」
頷く朱美と美穂。
『そう』
駄々っ子夏樹と、朱美そして美穂三人のやり取りを、課題を片付けながら聞いていた桜が、突如閃いたように提案する。
「それじゃあ皆さん。海辺にみんなでサイクリングにでも出掛けませんか?」
『サイクリング』
夏樹達は口を揃えた。
「だ、だめでしょうか」
自分のアイデアが無碍にされると思うと引っ込み思案になる桜。三人の顔色を窺うように臆してしまう。
すると開いたノートを顔に乗せて、眠っていた香月が顔を起こす。彼女はうたた寝をしていたのだ。
香月はよほど気持ちのいい夢を見ていたらしい。とても上機嫌に四人に尋ねる。
「ねぇ、みんな。何の話」
美穂が手を胸元まで上げて答える。
「夏も終わりねって話」
朱美がそれを引き継ぐ。
「それで桜がみんなで海にサイクリングに行かないかって」
「サイクリング」。さすが行動派の元旦。目の前のめぼしいアイデアにはすぐに飛びつく初日の出の勢い。そのアイデアを聞いた香月は飛び起きる。
「サイクリング! いいね。それ!」
「そう?」
美穂は少し不思議そうだ。香月とサイクリング。その二つが今ひとつつながらなかったからだ。香月は両指を絡めあわせて、掌を握りしめると目を瞬かせる。
「そうそう! 水平線に沈む夕陽を眺めながら、過ぎていく夏の名残を感じる。最高じゃない!」
夏樹が眉をひそめる。
「エラく感傷的ね」
桜が香月の言葉に目を潤ませる。
「香月さん、それってとても素敵だと思います。センチメンタルで詩的。私ますます行きたくなりました!」
香月は桜と意見が合って上機嫌だ。
「でしょ?」
香月は片目を瞬かせた。美穂もそのシチュエーションに心惹かれたようだ。
「私も少し興味湧いてきたな」
朱美も重い腰をあげる。
「私も」
すると夏樹がまたも駄々をこねる。
「海に行っても泳げないのよ。この時期に海行ってどうするのよ?」
「じゃあ四人で行きましょう。駄々っ子は放っておいて」
駄々っ子、我が儘っ子を時に切り捨てる保護者のように、美穂はそう言いはなった。それを聞いた夏樹はたまらない。
「だぁー! 行くわよ! 私も!」
「じゃあみんなで、行きましょ」
美穂の誘導に自分が見事引っ掛かったのを確かめると、夏樹が美穂に口を尖らせる。
「あんた結構サディストね」
美穂はあっさりと気持ち良さげに、ペンをクルクルと回して答える
「はっきりしない子は嫌いなの」
「あっさり言うわね」
こうして海へのサイクリングが決まり、また一つ夏の想い出が増えることになった香月達。香月は嬉しそうに大きく背伸びをする。
「あー、それにしても素敵な夢だった」
「どんな夢見てたの? 香月。あんなセリフを口にしたんだから、よっぽどロマンティックな夢だったのね」
美穂が、美穂にしては珍しく、少しうっとりした瞳を見せて尋ねると、香月はにこやかに笑って答える。
「うん! ロマンティックだったー」
「どんなの?」
朱美も訊く。香月は惚けた瞳を見せる。
「苺のショーケーキに埋もれる夢」
そう聞いて冷やかに夏樹と美穂、朱美は口を揃えるしかない。
『あ、そう』




