夏祭り 3
時交差するようにして俊哉。真奈美が作ってくれた「いわしの梅佃煮」を食べ終えて一休み。彼の熱は料理のお蔭で、少し下がったようだ。
体温計を見ると37度1分。俊哉は嬉しそうに声をあげる。
「ほっ! やった! これなら出掛けられるぞ!」
「いわしの梅佃煮」の容器をキッチンで片づける真奈美は、聞いて呆れる。
「何言ってるの。病人は大人しく寝てなさい。病気は治り掛けが一番大事。いくら『浴衣姿の美人』が観たいからって」
布巾で手を拭きながら真奈美が俊哉のもとに行くと、既にベッドの上に俊哉はいない。俊哉は祭りに出掛けたあとらしい。真奈美はいい加減笑ってこう零すしかない。
「仕様がない奴」
遠くで花火がポツリポツリと打ち上がる中、俊哉は川沿いを歩いて祭りのメインステージへと向かう。俊哉の足は熱でおぼつかないが、それでも彼が挫けることはない。
祭りのメインステージ。そこでは「浴衣美人コンテスト」が行われる予定だった。夜空に打ち上がる花火は徐々に激しさを増していく。
「俺は花火なんかには興味がないんだ。ぜぇぜぇ」
そう息を切らしながらも俊哉は前のめりに歩いていく。だがさすがの俊哉も病み上がりの体には勝てない。
よろめいて近所の河川敷に辿り着くのが精一杯だ。
「俺は、もうダメなのか」
そう夢現に呻く俊哉に呼びかける女の子の声。それは紛うことなき初日の出。どんな人間にも等しく降りかかる元旦の陽射し。香月の声だった。彼女は俊哉に訊く。
「俊哉君。どうしたの。こんなところで」
「う、うるさい」
朦朧として俊哉は答えるしかない。香月は香月で俊哉の病状などに気付きもせず、楽しげに尋ねる。
「俊哉君も花火を観に来たの?」
「ふぅ」
そう白い吐息混じりに零したきり、俊哉は次の言葉が継げない。俊哉の表情の変わりように香月はようやく気づいたようだ。
「わっ! 顔が真っ赤! 熱でもあるの?」
「少し、だけ」
俊哉はそう伝えると眼を閉じた。だがしかし一年の計は元旦にあり。香月を前にすると、魔法のようにどんな病状も立ちどころに和らぐのか、俊哉は少し楽な様子を見せる。
そのことを確かめた香月は手にしていた「かちわり氷」を俊哉の額にあてる。こう言葉を添えて。
「ほい。ちょっとぬるくなってるけど」
ぬるめのかちわり氷。それでも熱がやや引いてきた俊哉にとっては十分だ。俊哉の顔から火照りがみるみるうちに引いていく。俊哉は地べたに座り込むとほっと一息つく。
「あー助かった。このままじゃ死ぬところだった」
香月は少し高い声で笑う。
「熱があるのに出てきちゃダメだよ」
「ありがとう」
俊哉の口から零れる素直な感謝の言葉。だが俊哉は苦々しげにこう続ける。
「しかし浴衣姿の美人が。無念なり」
その時、俊哉の言葉と交差するようにして、一際大きな花火が夜空に打ち上がる。香月は声を弾ませて、ぴょんぴょんと跳ねてみせる。
「見て見て! 俊哉君! 花火! 花火!」
「んっ?」
気乗りしない様子で俊哉は顔をあげる。するとそこには色とりどりの花火に照らされた、香月の浴衣姿が艶やかに浮かび上がっている。彼女の手にはかちわり氷と団扇。香月は俊哉を見て微笑んでいる。
「ぉお」
そう零したきり、俊哉は深い眠りに就く。やはり元旦は全ての人の願いを叶えるのか。こうして俊哉の「浴衣姿の美人」を見るという目的は達せられたのである。
アングルのバイオリン。「得意技の余技」として使われる比喩。かくして見事アングルのバイオリンならぬ「元旦娘の夏祭り」は、多くの人の夢を叶えて幕を閉じるのだった。
その後、香月のもとにやって来た夏樹に、俊哉はこっぴどく言われる羽目にはなったが。夏樹曰く。
「熱? 何やってんだか。こいつ」
「だぁー」
俊哉はそう呻くので精一杯だったという。




