夏祭り 1
ドミニク・アングル。千七百八十年ー千八百六十七年。女性を美しく描くことにおいては右に並ぶ者なし、といわれたフランスの新古典主義の画家。
このアングル、絵画だけでなく、音楽の才能にも恵まれていたようで、特にバイオリン演奏においては聴く者を惚れ惚れとさせるほどの力量を持っていたという。
このことから「得意の余技」として「アングルのバイオリン」という言葉がいつしか慣用され、定着するようになった。また一方の説ではアングルのバイオリンはそれほどの腕前でなく、「下手の横好き」でもあったとか、なかったとか。
うだるような暑さが続く8月中旬。「暑いだけが取り柄」などと揶揄される夏であっても楽しみどころは多い。縁側で涼しげに鳴る風鈴。蝉の鳴き声の風情。スイカ、素麺などの美味しい食べ物。
そして何物にも代えがたいのが、女性の浴衣姿が花火の灯にほんのりと染まる夏祭りである、と考えている健康男子がここに一名。
「うぐぐぐ。こ、これは」
その男子、俊哉はベッドでひたすら高熱にうなされていた。今日は彼が心待ちにしていた夏祭りの日だというのに、体温計を見ると、彼の体温は38度7分。かなりの高熱だ。俊哉はうなる。
「な、何としても治さなければ」
俊哉は、年に一度の一大イベント、夏祭りに参加すべく、女性の仄かなエロティシズムを、彼思うところの正々堂々とした方法で拝見出来る夏祭りに出掛けるべく、ベッドを這いずり、アイスノンを額にあてる。
「でなければ、浴衣姿の美人が!」
ベッドでのたうち苦しむ俊哉だが、現実は彼に容赦ない。熱は一向に下がる気配はなく、メールが届く。健からだ。メールは過酷な現実を俊哉に突き付ける。
「今、かき氷食べてるところ。ひんやりして美味しい。キレイなお姉さんにも囲まれて。気分はハーレム」
写メの添付されたメールの中身を目にして、俊哉は身悶えする。
「どわあぁあ! な、何としても今日中に治す! 意地でも治す!」
俊哉が大声を張り上げていると、その声を聴きつけた母の真奈美が強引に彼をベッドに寝かしに来る。
「あんた何バカ言ってんの。病人は大人しくベッドで寝てる! 分かった!?」
「浴衣姿が」
そう呻く俊哉に真奈美は呆れた視線を落として射抜く。
「は!?」
「うぐぅ」
俊哉、玉砕。その頃、夜店で遊んでいたのは香月達だ。自己紹介の得意技よろしく「夜店の香月」の異名を持つ香月は、次々と的屋を陥落させていく。
射的、金魚掬い、水風船釣り。攻略された的屋の店主達は泣く泣くこういうしかない。
「参りました」
まさに「アングルのバイオリン」ならぬ「香月の的屋」。だが香月の戦利品を手にしてご満悦になりながらも、夏樹は先を急いでいる。
「それより花火大会の場所。早めに取っとかなくちゃね」
朱美が綿菓子をはむりながら零す。
「いい場所はすぐになくなるから」
綿菓子、林檎飴、かき氷など夏祭りの風物を存分に楽しんでいる夏樹、朱美、美穂、桜の四人。その四人の楽しみを寸刻も奪うことが出来ないのが香月の気性だ。
香月は浴衣姿の腕をまくり、両腕、両足を大きく広げて、夏祭りが自分の主戦場であるのをアピールする。
「私に任せといて。夏祭りは私の独壇場なんだから!」
意気込む香月の勢いと活気を前にして、夏樹達は特段遠慮する必要もなく、こう言うしかない。
『そう。じゃあ任せたわ』




