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香月  作者: keisei1
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この道を走れ 3

 大会が近づくにつれ、美穂は地元TV局の取材も受けることになった。校長室に一人招かれると、カメラに囲まれ、インタヴューを受ける彼女。


 インタヴュアーの直裁な質問。



「永瀬さんの将来の夢と目標は何ですか?」



 淀みなく定型的な答えをしてみせる美穂。



「はい! オリンピックに出てメダルを取ることです!」



 そのニュースを家で一人、観ていた俊哉は呟く。



「調子、良くなさそうだな。永瀬」



 それから三日後、美穂はいよいよ中学陸上選手権、地方予選大会の日を迎える。赤褐色に染まるトラックには、伸びやかな足を弾ませる美穂がいた。


 スタンドには香月達、「美穂の応援団」と校長と高橋。そして俊哉と健も応援に駆け付けている。


 香月は、美穂のある種の異変にも気が付いていたが、掌を握り締めて祈りににも似た想いでこう呟くしかない。



「頑張って。美穂」



 大会は開会式、予選とスケジュール通り、トントンと進んでいく。まず予選会一回戦。美穂は順調な滑り出しを見せる。スタートから一気に飛び出した美穂は、中学記録に迫る走りで他を圧倒。最後まで全力疾走を見せた。


 夏樹達はハイタッチをして喜び合う。ただ香月と俊哉だけは、彼女の微妙な変化に気づいていた。俊哉は香月に訊く。



「どこか悪いのかな」


「分からない」



 そう香月は答えるしかない。続いて迎えた二回戦。彼女は気合いを入れて、伝家の宝刀を取り出す。それは美穂の本気印のトレードマーク、白い鉢巻きだ。


 美穂は白い鉢巻きを頭にまくと、闘う姿勢を一気に前へと見せる。


 夏樹達はその美穂の姿を見て、嬌声にも似た声をあげると、声援を美穂に送る。美穂の異変を気遣う香月と俊哉だけは、彼女の様子を心配げに見つめていた。


 美穂はスタートラインに立つ。澄みきった透明な空気が、美穂の体を取り巻いていく。まるでかまいたちが通り抜けっていったかのように風は鋭くなっている。


 クラウチングスタートの構えを見せる美穂。一瞬にして、瞬時にして、息を飲まざるを得ない観衆。すると号砲が鳴る。


 一斉にスタートを切る美穂を含めたランナー達。美穂のスタートも悪くない。


 だが五十m付近を過ぎた所だろうか。美穂は右足に軽く触れた。その変化にはさすがの夏樹達も気が付いた。


 美穂の走りは引っ掛かるようになり、やがて彼女は失速し、そして止まった。


 トラックで足を庇うようにして、歩く美穂の姿を前にして、香月達は言葉を失い、完全に静まり返る。俊哉も口をつぐんでいる。


 校長は残念そうだ。高橋は意外に淡々としていた。予想外の結果に大会を運営する役員たちは驚いているようだった。


 美穂は一歩一歩トラックを歩いていく。


 状況を今ひとつ飲み込めない、というか美穂に何が起こったのかが分からない夏樹達が口々に言う。夏樹が、ついで朱美が口にする。



「何が起こったの? 彼女ケガでもしてたの?」


「足でもつったのかな」



 夏樹と朱美の言葉を引き継いで、香月が二人に教える。



「やっぱり美穂、調子悪かったんだ。いつもの彼女と違ってたから」



 夏樹が香月に確かめる。



「えっ? 『違ってた』? そんな変化、彼女にあった?」


「うん。あのね」



 そう前置きして、日々のエピソードの中に散りばめられていた、美穂の変化について、夏樹達に話をする香月。その香月を横目に、俊哉はトラックの美穂を見つめて、こう一言零すしかない。



「ヒロインでも負ける時はあるんだな」



 やがてトラックを歩いて一周した美穂は香月達に気がついた。彼女の表情は晴れやかで、落ち着いていた。



 美穂は華やいだ笑みを浮かべると、香月達にこう言って大きく右手を振った。



「おーい、香月―!」



 美穂が、予選会棄権という形で全国大会出場を逃した翌日。またも登校日。教室ではいつもの調子で香月達とはしゃぐ美穂の姿があった。


 美穂は元気そうだ。気落ちはしてないらしい。夏樹が美穂に訊く。



「で、あの時結局何が起こったわけ?」


「うん。軽く足がつっちゃっただけ。大丈夫よ」



 香月は胸を撫で下ろす。



「そうなんだ。良かった」


「でもしばらく安静が必要だって。酷使してたから、患部になっちゃったのね」



 美穂はそう言って真っ黒に日焼けした肌から白い歯を零す。俊哉はほっとしたようにその様子を見つめていた。健が少し茶化すつもりで俊哉に訊いてみる。



「どうした? 俊哉。何かおセンチになっちゃって」



 俊哉はハタと、シリアスになっている自分に気が付いたのか、冗談ではぐらす。



「いや、黒炭火焼が全国大会を走る姿が見たかったなぁ、と」



 すると彼の背中を突き刺す「もの」があった。美穂の投げたシャーペンだった。



「血が出たぞ! おい!」



 大げさに痛がってみせる俊哉。美穂も快活に笑う。



「黒炭火焼、黒炭火焼、うるさい!」



 美穂の様子を見て、俊哉は血を手で抑える。



「調子、戻ったようで結構でございました」



 そうして香月達にいつもの日常が戻ったのだった。


 チーター。雄は兄弟など近親者とは群れる場合がある。だが雌は単独で行動するという。ゆえに孤独。

 だが学園のチーター、永瀬美穂は孤独であるのを免れたようだ。

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