この道を走れ 2
登校日が終わった放課後。荒野の風の吹きすさぶグラウンドで、美穂はストレッチをしている。念には念を入れた柔軟体操。体の一部分のケアも怠りない入念なマッサージを兼ねたストレッチ。
毎日、習慣のように同じ動作を繰り返すストレッチを、美穂は終えると、陸上部顧問の久我に歩み寄る。彼女の瞳は決意に満ちている。
美穂はこう久我に願い出る。
「久我先生。大会前の一週間、練習内容とコンディショニングは、私に任せて頂けませんか」
管理型の指導を志す久我だが、美穂の異様なほどの殺気、モチベーションの昂ぶりを目にして、彼女に譲ることに決めたようだ。
久我も優れた指導者。最大限、選手にベストな環境を作ってあげることが第一と考えているらしい。同時に久我は、それだけ彼女の意気込みを感じ取ってもいた。
「わかった。好きにしなさい」
「ありがとうございます」
彼女は自分のある種の我が儘が、受け入れられたのを知ると、しっかりと一礼して、本格的な練習を始めた。
一方、俊哉と健の野次馬根性は収まらない。美穂が決意の自己調整を決めたあと。ホームルーム前、教室でまたも一点を注視する美穂に、俊哉と健はサイン色紙を両腕に抱えて歩み寄る。
美穂は近寄りがたい雰囲気である。殺気、妖気、狂気、いかようにでも表現出来る、彼女独特の緊張感と集中力で人を寄せ付けないオーラを放っている。
なのにその種のオーラに鈍感なのか、元々根が間抜けなだけか、その彼女に俊哉と健が肩を叩いて話しかける。
「そんなに緊張するな。永瀬の実力さえあれば予選会なら圧勝、圧勝」
「ちょっと二人とも」
朱美がたまらずに俊哉と健を止めるが、二人は聞き入れない。健が美穂の肩をもう一度軽く叩く。
「さぁそんなにカタくならないで。この色紙にサインしちゃいましょう」
俊哉が悪乗りして、言葉を引き継ぐ。
「『期待の新星』『未来のオリンピック選手』『日出国のチーター』。永瀬のサインを欲しがる人たくさんいること請け合い」
香月の表情は寂しげで、どこか悲しげでもある。
「いい加減にしなよ。俊哉君」
元旦娘であるはずの、香月の珍しく陰りの差した声で、さすがの俊哉も少し止まる。
「いい加減にした方がいい?」
「うん。そうした方がいいと思う」
香月は頷く。だが俊哉が「ワリィな。永瀬。このサイン色紙、仕舞うよ」と言おうとした瞬間、美穂は突然サイン色紙を手にして、スラスラと名前を書いていく。
こう言葉を添えて。
「『期待の新星』『未来のオリンピック選手』か。悪くないわね。『日出国のチーター』もなかなか」
呆気に取られる香月達と俊哉、健を横目に彼女はサインを書き連ねていく。夏樹が顎肘をつく。
「良かったじゃん。俊哉」
「ん? あ、ああ」
そう返事はしたものの、俊哉は美穂の異変に気が付いていた。それともう一人、香月も、美穂が本調子でないのを、敏感に感じ取っていた。




