転入 2
クラスメートは、愛くるしいが、どこか自分特有のペースと間を持つ香月に一目見て強い好奇心を覚えたようだ。一点を見つめてスックと立つ香月に思わずクスリと笑い声を立てる子もいる。
香月は黒板を背にしてクラスメートと顔を合わせる。彼女は「あ、あの! あの!」と口から零して、言葉にならない。その余りの緊張振りに高橋が耳元へ囁いたほどだ。
「高樹、もっと肩の力を抜いて」
「は、はい。わかっております」
高橋のアドバイスに耳を傾けるも、香月はどうにも硬さがとれない。その様子を見て仕方がないと割り切ったのか、高橋は頭を掻くと香月に促す。
「それじゃあ高樹。みんなに軽く自己紹介しようか」
「は、はい!」
香月は強張った表情でそう返すと、息を一度大きく吸う。すると彼女の緊張、彼女の心のダムをせき止める何かが、崩壊、決壊したのか、香月はセキを切ったように勢いよく喋りだす。
その激流にクラスメート達は唖然としたほどだ。彼女の自己紹介は怒涛のように押し寄せる。
「はい! 私、福岡から編入してきた高樹香月です! 特技は金魚すくい、射的、水風船釣り、その他諸々のテキヤの遊び! 前の学校では『夜店の香月』と呼ばれておりました!」
香月が、いきなり季節外れの夜店の話を引き合いに出したので、教室には失笑にも近い笑い声が起きる。
だが香月はそれらに一切動じず、丸暗記した自己紹介を暗唱する。
「嫌いなものは貧困、飢餓、世界恐慌! 世界が平和であればそれだけで幸せです!」
貧困、飢餓、世界恐慌と3つもスケールの大きな話が出てきたので、「アハハ」と声をあげて笑う子もちらほらいる。
それでも香月はめげない。「完璧」を自負する、頭の中のプロフィールを読み上げる。
「尊敬する人は藤岡弘、本郷猛、仮面ライダー技の一号!」
そこまで来ると、さすがの学び舎である教室でさえも、笑いに包まれる。冗談とも本気ともつかない香月の自己紹介に、生徒達は目まぐるしさを覚えながら、ある種の愛着を香月へ徐々に感じていた。
反応が良かったのに気を良くしたのか、単に記憶が飛んだだけなのか、香月は少し言葉が途切れたように一瞬つっかえる。彼女の暗唱は途絶える。
「それから。えっと! えっと」
その香月のひたむきさに好感を持っていた俊哉は、少しだが胸の内で知らず知らずの内に、彼女を応援していた。その感情を俊哉は意識して流してはしまったが。
香月は自己紹介の肝を思い出したのか、仮面ライダーの決めポーズを取ると、精気のある声で告白する。
「それから仮面ライダー技の一号と一度結婚式をあげるのが夢です!」
ここで一瞬教室は静まり返った。香月の真剣な告白が、受け狙いの冗談と勘違いされたらしい。香月はいたって真面目なのにも関わらず。
一瞬にして流れの変わったクラスメートの様子を敏感に察知して、彼女の言葉はさらにつんのめる。
「えっと、それから! それから!」
そこへ高橋がすかさず香月に助け船を出す。
「高樹、長い。自己紹介が」
その言葉に後押しされたのか、香月は目が覚めたように、自己紹介を締めにかかる。彼女は自己紹介が無事終わりに近づき、胸を撫で下ろしていた。
彼女は高らかに宣言する。
「モットーは年がら年中お正月! 明けない夜はない! 365日元旦娘香月です! みなさんよろしくお願いします!」
最後の締めくくりがしっかり決まったので、教室からポツポツと拍手が沸き起こり、やがて笑い声と喝采に変わる。
「変な奴だな」。そう思いながらもクラスメートは、どうやら香月を受け入れたらしい。
香月は安心したように笑みを浮かべるとホッと一息ついた。高橋がそれを見て満足げに香月へ勧める。
「じゃあ、高樹。お前の席は今村の隣だ」
「はい。ありがとうございます。先生」
そう促されて、香月は教壇から降りる。高橋の指さした先には、髪の長い、色艶のある女の子が座っている。155㎝の香月よりまだ少し大きいくらいだろうか。
今村と呼ばれたその子は右手で肘をついて、不敵な笑みを浮かべて香月の方をじっと見ている。
香月はこの中学生離れした色気と勝気な印象を持つ女の子、今村に少し物怖じする。
「な、何の! こっちも排気量36000ccのウルトラハイパー乙女だぜ!」
そう香月は胸の内で呟いて、いざ今村の座席へと近づいていく。