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香月  作者: keisei1
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忘却の川 1

 ギリシア神話におけるレテ川は忘却の川として知られている。レテ川の水を飲んだものは生前の恨みも憎しみも、喜びでさえも、全て忘れて死を迎えることが出来るという。


 そんなレテ川の所以について突如として、俊哉に切り出された健は、当然の如く、条件反射のパブロフの犬の如く、こう返すしかない。



「冒頭からお前は何を言ってるんだ。俊哉」



 俊哉は半ば呆然自失、上の空の状態で髪の毛を忙しげに掻きむしる。



「いや、あのな。人間、忘れたいことの一つや二つ。忘れなきゃいけないことの一つや二つはあるもんだろ?」


「それとレテ川が何の関係があるん? 俊哉。もうすぐ夏休みだぞ」



 淡々として言葉を返す、現在早弁中の健は、俊哉を、崇高なギリシア神話の世界から、現実に引き戻そうとする。


 俊哉は依然として悶々としている。それもそのはず、俊哉は昨日、つい先日、目にしてしまった、目に焼き付けてしまった、元旦娘香月の裸身が頭から離れないのだ。


 思春期真っ盛りの俊哉となれば、それは当然のことだ。だが俊哉は偶然にも、不本意にも、自力で見たことにならない香月の裸身を忘れたがっていた。おかしなところでフェアな男なのである。彼、俊哉は。



「何とかして。忘れようとしてるんだけど!」


「だから何を!」



 そう叫んで健の早弁のおかず、肉巻きポテトを略奪しあう二人。いつも通り食欲だけは旺盛だ。見た目には微笑ましげだが、その中身を知る一派にはたまったものではない。


 香月の裸身を忘れたがる俊哉と、そのことに気づかない健。そんな二人を見ている女性陣がいた。もちろんのこと香月達だ。


 その内の一人、夏樹はどことなく疎ましげだ。夏樹は眉間に皺を寄せる。



「私の香月の裸身を」


「その言い方、何か変な意味合いが入るからダメよ。夏樹」



 そう左手を翳して夏樹を制する朱美だが、彼女もどこか気分が晴れない。何とかして香月の裸身の残像を、俊哉の脳裏から解き放ちたい一心だ。



「叩く」


「ショック療法」


「電気ショック」


「神の雷」



 次々と俊哉の記憶を消去するアイデアが出ては却下される。そのやり取りを目にしながらも、のほほんと、元旦の夜明け眩しく、天然のセリフを吐く娘がいた。香月だ。



「でも、何を忘れたいのかなぁ。俊哉君」



 夏樹は「オーマイ!」と口走って頭を抱える。当の本人がこの様子じゃ致し方なし。忘れさせる作戦なんて無駄、無為か。そう夏樹が思い始めたその時に、桜が予想外のアイデアを出してくる。



「過激なハードロックバンドの騒音で、俊哉さんに記憶を喪失してもらうなんてどうでしょう」



 目を煌めかせながら、わりかし残酷なことをのたまう桜に朱美と美穂は、やや引いたが、ザ無神経、ザ手段選ばずの夏樹が、桜を指さして彼女を称える。



「エライ! 桜! そのアイデア行ってみよう!」



 さすれば、根っからのハードロック好きでもあった夏樹が、その計画をトントン拍子で運ぶのにそう時間は掛からなかった。かくして「ライブハウス・ザ忘却作戦」が夏樹達の手により、執り行われることが決まったのだった。



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