プール開き! 期待するか!? 何を!? 人生を! 1
旧約聖書に出てくるアダムとイヴは、邪悪な蛇にそそのかされて、禁断の果実をかじってしまう。それがために、神の手によってエデンの園から追放されたという。人間が労働と死を味わわなければいけなくなることを象徴するエピソードだ。
「アダムとイヴは自分の体が裸であるのを恥じ入り、木の葉で体を覆っていたところを神に問い咎められたという。『お前達は何をしているのか』と」
健が眼鏡を人差し指で軽くあげて、真顔でそう喋り出したので、俊哉はこう返すしかない。
「そんなことより冒頭からお前は何を言っとるんだ。健」
俊哉の無頓着な応対に、健は身もだえしながら、両手を震わせて、涙ながらに天井を仰ぎ見る。
「だぁー! 分からない!? プール開きだよ! プール開き! この一夏の思い出にと、神が与えたもうた」
「だからそれとアダムとイヴの話に何の繋がりがあるんだ」
健は頭を左右に振って、両の拳を握りしめる。健には健全な思春期青年の助平根性があるらしい。健は打ち震える。
「だからぁ! アダムとイヴのおバカさんが禁断の果実をかじってさえいなければ、今頃人間は男女とも裸で暮らしてたってことだよ! アダムとイヴが余計なことさえしなければ! な」
俊哉は一時限目の休み時間だというのに、取り出した弁当に箸を入れる。健の話の趣旨に余り興味がなさそうだ。
「で、その話とプール開きが何の関係があるんだ」
健はいい加減呆れ顔だ。口をつきだして不満げでさえある。
「お前、男だろ? 俊哉。案外つまんねぇな。お前って。大丈夫か?」
「どして」
チキン南蛮を頬張る俊哉に、健は両手を大きく広げてみせる。
「だからぁ。プール開きってことは水着に着替えなきゃいけないだろ? 女子が水着に着替えるだろ? その瞬間を目の当たりに出来るかもしれないってことだよ!」
俊哉も健の話の趣旨、勿体ぶった話の流れをようやく理解出来たようだ。
「ああー、それで女の裸が見れると思ったわけね。アダムとイヴのせいで衣服をまとわざるを得なかった悲しき我々の」
健は俊哉の手にハイタッチして喜ぶ。
「そうだよ! やっと分かってくれたか! 俊哉! その卵焼き一個貰うな」
俊哉は必死に卵焼きを死守する。
「つまりはあれか。覗きか。覗きをしたいわけか。健。お前は。あっ。卵焼きはやらねぇぞ」
弁当箱に伸ばした手を跳ねつけられて、健は痛がってみせる。
「そう言っちゃあ元も子もないけどな。男のロマンよ! ロマン! 夢よ! そう思わないか!? 俊哉!」
最早健は我を忘れて、自分達二人の会話が、女子も含めてクラスメート全員に筒抜けになっているのさえ気づかない。だが俊哉は興奮しきりの健とは裏腹に、意外な言葉を零す。
「覗きは犯罪だぞ? 俺はもっと健全に女の裸を見たいんだ」
「お前案外正気な男だな。だが俺はやるぞ! やるからな!」
机に両手をついて身を乗り出す健と、それに応戦する俊哉。二人はなおもやり合っている。そんな調子の二人を見咎めている女子グループがいた。もちろん香月達だ。ザ・無神経、強心臓の夏樹が吹聴してみせる。
「健の奴、バッカじゃないの。そんなに簡単に女子更衣室の牙城が崩れてなるもんですか。それに」
夏樹はそう口にすると舌を大きく出して健を嘲ってみせる。
「それに今の時代、学校で水着に着替える女子なんていませんよーだ。ちゃんと着替えてきてるんだから」
夏樹は得意げに制服の下から覗く水着をチラリと肩口だけ見せる。朱美が夏樹と連携するように言葉を引き継ぐ。
「あいつらにチャンスがあるとしたら、授業後の着替え時だけね。何としても死守せねば」
「女子の牙城」
そう言葉のリズムを合わせて、夏樹と朱美はがっちり手を組んでみせる。その様子をニコニコ顔で桜は鑑賞し、美穂は興味なさげに傍観し、ペンを指先で回している。
するとその四人を差し置いて、香月が衝撃の一言を告げる。それは正常な思春期能力向上中の男子達にとっては、垂涎ものの言葉だった。香月はポツリと零す。
「そんなに恥ずかしいかな。裸見られるの。私あんまりそうは思わないんだけど」
「なっ!」
その男子生徒、驚嘆の言葉を前にして、さしもの美穂も両手で十字を作り、声をあげる。
「香月。あんた、大丈夫? 健みたいな男連中に見られて恥ずかしい、もとい生理的に虫唾が走る! ってならないの!? 」
「そうか。恥ずかしいって言うのか。そういうの」
夏樹が震撼し、恐る恐る香月に訊く。
「ま、まさか香月。あんた、水着を制服の下に」
香月は無邪気に答える。
「うん。着てきてないよ。更衣室で着替えるつもりだから」
『な、何と!』
夏樹、朱美、美穂、桜の四人は大げさな身振りで吃驚する。そして立て続けに四人はスクラムを組む。
「香月の柔肌を何としても守るわよ! いい!? みんな!」
『おー!』
夏樹の呼びかけに、朱美達は大声で応じるのだった。香月一人だけは、首を傾げ、頭の横に疑問符を点灯させてはいたが。




