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香月  作者: keisei1
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内申書 4

 翌日の放課後。朱美は早速、香月と二人で田上のいる美術室に向かう。渡り廊下を歩く朱美の手には大事そうにキャンバスが抱えられている。


 朱美は柄にもなく不安げだ。絵を少し愛おしげに見ると、すぐに胸にあてて見えないようにする。



「何て言われるかな」



 朱美が、田上の評価をことのほか気にしているを香月は敏感に察していた。さしもの元旦も、ここにきてようやく朱美が批評されるのが嫌いな理由が分かった。


 彼女は、自分の大切に作り上げた世界観を一言のもとに、むげもなく否定されるのをやはり恐れているのだ。朱美といえども一人の繊細な女の子。そのことを知った香月は、朱美の背中を軽く右手で支える。



「大丈夫。凄い出来栄えなんだから」



 朱美は香月の心の底からの気遣いに、力づけられたのか一言だけ口にする。



「わかった」



 二人が美術室の前につくと、美術室から何やら話し声が聞こえる。話し声は何やら騒がしい。男子生徒が「だぁー!」とか「うがー!」とか叫んで、悶えている。


 香月がよくよく耳を澄ますと声の主は、俊哉と健らしい。二人は田上に直談判でもしているようだ。朱美は香月と顔を見合わせると「あのツーバカ」と笑顔で零し、二人で扉を開けて美術室へと入る。


 美術室では、案の定俊哉と健が、首を横に振る田上にしがみついて、食らいついている。その哀願振りは、ダビンチの「最後の晩餐」で無罪を主張する弟子達も顔負けだ。



「だから先生、これふざけてませんて!」



 田上はイエスの如く、一言のもとに切り捨てる。



「ダメです。こんな悪ふざけ作品、提出したら学校の恥さらしです」



 健がパウロの如く、胸元に手をあて、真意を明かす。



「これは純朴な恋心でさえ、裁判にかけられる時代の悲劇を描いてるんです! 分かります!?」



 口から出任せの饒舌は俊哉も得意だ。健の言葉を引き継ぐ



「純朴さを失った、醜い社会を激しく裁いた傑作。そう思いませんか!? 先生!?」


「思いません」



 俊哉と健の口から、つらつらと思ってもいないような言葉が出てくるのには、田上も感心しているようだが、彼女も譲らなかった。



『だぁー!!』



 俊哉と健は声を合わせてもんどりうつと、身もだえし、胸をかきむしる。その姿は、求愛が受けいれられなかったゲラダヒヒを思わせた。

 

 田上もその二人の様子を見て楽しそうだ。顔には笑顔を浮かべている。

 

 田上も、二人がとりあえずは一生懸命、創作に取り組んだのを喜んでいるらしく、悪い気分ではないようだ。田上の表情、機嫌を汲み取った香月が、朱美の背中を押す。



「良かった。田上先生、上機嫌だ。今がチャンスかも」


「そうね。香月」



 朱美も物怖じを振り切るように答える。すると田上は香月と朱美に気が付いたのか、声を掛けてくる。



「あら、いらっしゃい。またお客さんね。今日はお客さんが多いわね」



 俊哉と健はまだ悶えている。その姿はさながら食事にありつけなかったゲラダヒヒを思わせる。



『だぁー先生―!』


「静かにしなさい」



 そう田上は俊哉と健を一刀両断すると、朱美が胸に抱えるキャンバスに目をつける。



「あら、あなたも作品を作ってきたのね。コンクールに出すつもり?」


「あ、はい」



 そう応えると朱美は香月に背中を後押しされて、遠慮がちにキャンバスを田上に手渡す。絵を静かに鑑賞する田上。

 先まで身もだえしていた俊哉と健も、人間性を取り戻したのか、その絵を覗き込む。俊哉と健は声を合わせる。



『すげぇな』



 その言葉が嬉しかったのか朱美が二人に礼を言う。



「ありがとう。凄いかな?」


「あぁ。すげぇよ」



 俊哉は即行答える。俊哉はこういう所は真面目だ。

 技術を培うのにも時間が掛かり、絵を手がけるのにも時間が掛かり、なおかつその成果が絵に表れているのなら、それを茶化したり、けなしたりするつもりはない。


 香月は俊哉と健の褒め言葉に上気し、田上も朱美の絵を褒めてくれるものと信じていた。だが田上の口から出たのは意外な言葉だった。田上の顔、批評眼は鋭い。



「マグリットね。澤村さん」


「あ、はい。大好きな画家なので」



 田上の評価はあくまでも厳しい。



「絵の技術は認めるけど、オリジナリティに若干欠けるわ。それにもう少し遊び心がないと」


「『遊び心』」



 意外な響きの言葉に、香月は残念がって言葉を繰り返すしかない。。田上の辛辣な意見は終わらない。



「これだと審査員の懐に飛び込むのは難しいわね。一応及第点には達しているから、コンクールに出品はするけど」



 オリジナリティがない。遊び心に欠ける。朱美自身若干気づいていた難点を指摘されて、朱美は言葉をなくしている。


 顔を俯けて、少し気落ちする朱美を見て俊哉は我慢ならない。田上の評価が気に入らなかった俊哉は口を開こうとする。だがその彼に先んじて、田上に意見する声があった。香月の声だ。



「先生! そんな言い方ないじゃないですか! 『遊び心』。なんなんですか!? それ? 朱美は人一倍絵の実力があるから、それが見えないだけです!」



 朱美は自分の絵の否にも気が付いているのか、香月を止める。



「いいわよ。もう。香月」



 だがしかし香月は収まらない。



「いいや、私が我慢出来ない」



 香月は田上に畳みかける。



「これだけ彼女が心をこめて描いた絵を『オリジナリティに欠ける』って。何言ってんですか!? 先生。オリジナリティに欠けるのは先生の『目』そのものじゃないですか!?」



 香月はなおもセキを切ったように、田上に言葉を浴びせる。



「お偉い先生にご意見! こういうのを『素行不良』って言うんですよね! 内申書にでもなんにでも書かれたら如何ですか!? 『高樹香月、教師に反抗的、素行に問題あり』って!」



 香月は田上への言葉を締めに掛かる。



「ええー! 素行不良ですとも! だって素行不良にならなきゃいけないくらい、田上先生の目は節穴! 朱美の絵は素敵なんですから!」



 そう言いたいことを全て言い終えて、香月は息を切らす。するとさすがの田上も香月の友達思いの姿に心打たれたのか、こう返す。



「分かったわ。私が言い過ぎだったわ。この作品、コンクールにありがたく出品させてもらうわ」



 その返事を聴いた香月は、表情が一転し両手を叩く。



「ホントですか!」



 香月も自分の言い過ぎに気づいたのか少し顔を伏せる。



「私も悪かったです。先生。『素行不良』ってしっかり書いてください。ごめんなさいでした」



 すると田上は朱美の絵を大事そうに抱えると、晴れやかな笑顔を浮かべる。



「いいえ。書かないわよ。香月さん。あなた、素敵だったわ。友達を思いやって」



 香月の顔に本来の明るさが戻っていく。初日の出、再び。香月は朱美の手を握る。



「良かったね。朱美」



 朱美はやや照れたように香月に感謝する。



「アリガト。香月」



 すると一連のやり取りを見ていた俊哉と健が田上に直訴する。



『あのぉ、俺達の作品はぁ』


「却下」



 田上は無情に切り捨てる。香月も二人の作ったオブジェを見て率直に感想を漏らす。



「何これ? 怖い。ウルトラマンの怪獣が突然変異したような出来は」


「そ、それを言うな」



 田上の説得に、ついには、あえなく失敗した俊哉と健は、やむなくオブジェを抱えて撤退する。だが二人は満足げに言葉を交わし合う。



「あー、『コンクール荒らし』、失敗かぁ」


「そだな」


「でも作ってる間、何だかんだ言って楽しかったしな」


「それもそうだな」



 するとその二人のやり取りを聞いていた田上は、何か閃くものがあったのか、二人に声を掛ける。



「待って。あなた達。その作品を作ってる間、楽しかったの?」



 俊哉が突っ立って、田上の質問の意図が分からないのか、不思議そうに答える。



「あ、はい。一応。『創意工夫』って奴ですか? それを発揮出来たので」



 創意工夫。その言葉を耳にした田上は、思い切った決断をする。



「よし。それじゃあ、あなた達の作品も出品しましょう。大丈夫。責任は私が取るわ」



 俊哉と健、そして香月と、朱美でさえ顔を見合わせて声を揃える。



『本気ですか? 先生』


「本気よ。一生懸命作って、その出来。しかもそれなりに本気を出した。何か起こるかもよ」



 田上の粋な計らいに、俊哉と健は「よっしゃあ!」と言って拳を突き上げる。その様子を見て香月と朱美、そして田上でさえ嬉しそうだ。


 内申書の話から始まった、この一連の騒動。無事香月達と田上との溝も埋まり、終息するようであった。無事朱美の、そして俊哉達の作品がコンクールに出品されることで。


 それから二週間後、結果発表の日、朱美の「永遠の友情」は見事、優秀賞を獲得した。



「よかったね! 朱美!」


「やるじゃない!」



 香月達は口々に祝う。朱美は嬉しそうに返す。



「みんなのおかげよ」



 一方俊哉達のオブジェ、「僕の恋の宗教裁判」も何を間違ったか「努力賞」を獲得してしまった。喜んではしゃいでいる香月達を遠目に見て、俊哉はこう零すしかない。



「やっぱり。何事も、やってみるもんだな」



 健は健で半ば惚けた状態で、肘をついていた。



「そだな」

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