お人形 1
香月、朱美、夏樹、美穂と四人組のグループが出来上がり、しばらくした頃。夏がいよいよもって近づいてくる、夏好きにとってはたまらない時期。
そんなある日の下校時間。「スイカ! 素麺! 冷やし中華!」と夏を待望するセリフを吐きつつ、階段を駆け上がる足があった。香月の足だ。
だがその彼女の慌てぶりは中々のものだ。忘れっぽい自分の性格に呆れ返ってもいる。3のAの教室へと駆け戻る香月は、近づく夏の誘惑を一先ず振り切り、現実に帰る。
「もう! なんで忘れるのかな! 体操着! 今日汗一杯かいちゃったのに!」
3のAの教室に戻ると、香月はそれは凄まじい勢いで扉を開ける。するとその香月の体へ、弾むようにぶつかる子がいた。その子は半ば目を伏せつつ、俯きがちに駆けていたので、セーブ出来ずに香月にぶつかってしまったらしい。
小柄な体が反動でバウンドしてしまったその子。その子はカバンを両手で胸元に抱え、さも申し訳なさそうに肩をすぼめる。
「ご、ごめんなさい!」
ふんわりとした髪が少しカールして、目はくるりとして大きめな女の子。適度に細く華奢な体が今にも吹っ飛びそうな女の子。
そんなか弱い印象の女の子に謝られて、ミス元旦が黙って引くわけがない。
「いえいえ! こちらこそ! 大丈夫でしたか?」
だがその香月の気遣いに逆に恐縮してしまったのか、その子は顔を一気に赤らめると「だ、だ、だ、大丈夫です!」と叫喚にも似た声をあげて、リズミカルな足音を響かせては走り去っていく。
その後ろ姿は職人が、丹念に作り上げたジャパニーズドールを思わせた。さしもの元旦もその愛くるしい後ろ姿をため息交じりに見送るしかない。
だが香月の決して有能とは言えない検索ツールが、頭の中で動き始めているのに気づかないほど、香月は頭の悪い子ではない。
しばらく口元に手をあてると大声をあげる。
「あの子。そう! 宮沢桜さん! あの人形のような容姿、ルックス全てに憧れてたの! 現実離れしてるのよね。桜さんの可愛さ」
しばし桜との予期せぬ邂逅、出逢いに、うっとりとしていた香月だが、慌てて時間をチェックすると急いで駆け出す。
「いけない! 早く行かなくちゃ! じゃないとまた夏樹に『言葉の暴力』受けちゃう!」
そう口にして香月は、体操着を持ち帰ると、学校のすぐ近くにあるお好み焼き屋「鉄板」へと大きなスライドで走り抜けていく。
その頃「鉄板」では夏樹と朱美が香月を待ちわびていた。美穂は、というといない。彼女は一人だけ部活らしい。下校時の夏樹と朱美はその能力を持て余した、ザ・帰宅部として、一匹狼として、胃袋を満たす準備だけは万端のようだ。
さすがにお腹が空いたのか、箸でトントントンと机の淵を叩いて苛立つ夏樹。その夏樹の箸を、また箸で制する朱美。
そこへ息を切らした香月がようやくやってくる。夏樹は体を伸ばして、香月を箸で指して、手招く。
「遅いぞ。香月」
夏樹の半ば粗暴な振る舞い、素振りにも香月は動ぜず、一言謝ると、席へと着いた。夏樹の作法、マナー無視のワンダーランドな立ち振る舞いは、最早三人の間では馴染みのものらしい。
香月が椅子へと腰を降ろしたのを確めると、夏樹と朱美は早速お好み焼き作りを始める。香月は香月で、桜との出逢いに惚けていたので、上気した様子で二人に話をしてみせる。
「宮沢さんとさっき教室でぶつかっちゃった。宮沢さん、浮世離れしてるから、何かドキドキした!」
朱美が、次に夏樹が、早速出来上がりつつあるお好み焼きを口に頬張りながら応える。
「宮沢? ああ。宮沢桜さんね。あの子たしかに可愛いから」
「あー、うん。たしかに。ちょっと朱美、それ、私のでしょ!」
香月の言葉選びに二人は慣れているのか、「浮世離れ」という独特の言い回しにも一切触れずに、お好み焼き争奪戦を繰り広げる。
そんな二人をよそに香月は乙女チックに少女漫画も驚愕の、指先を組み合わせたポーズを取り、瞳を煌めかせる。
「宮沢桜さん。ずっと前からお知り合いになりたいなーって思ってたの!」
「へぇ。ちょっと夏樹、それ、私の」
朱美は、香月の相も変わらずオープンな気質に感心しながらも、夏樹とお好み焼きを巡って、競り合いを続ける。
夏樹は夏樹で香月の気持ちに触れながらも、朱美とのお好み焼きの奪い合いに熱心だ。少し上の空で香月に勧める。
「香月。彼女に声かけてあげたら? あの子、人付き合い地味めだから意外と喜ばれるかもよん」
「そうかな!?」
そう胸をときめかせて箸を握る香月は、今その時初めて鉄板を見渡す。
「あれ? 私のお好み焼きは?」
貪欲さ凄まじい朱美と夏樹は口を揃える。
『何の話?』
やがて三人は店から出た。空腹こそ邪悪な二人の魂のせいで、満たされなかった香月だが、機嫌は良さそうだ。思い切り背伸びをする。
「よし。明日、思い切って彼女に話しかけてみよう」
すると自らの犯した蛮行にも関わらず、口元を布巾で上品に拭う朱美が、ふと視線を遠くにやる。
「あれ? 彼女じゃない?」
その言葉に反応して香月と夏樹も、朱美の指さす方を見る。すると人けの少ない十字路に、人形細工師の作り上げた逸品、紛うことなき国宝級の愛くるしさを持つ「彼女」、桜がいた。




