表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
香月  作者: keisei1
12/81

疾走 2

 見事100Mを全力で走り抜けた美穂は、顧問の久我と何やら話をしている。彼女はタイムに満足出来ていない。久我は久我で彼女を厳しく指導している。だがそれを少し美穂は嫌がっているようだ。


 美穂は自分なりの調整のしかた、自分なりの向上のしかたを探しているらしい。夏樹が、朱美と香月のそれぞれの肩に右肘、左肘を乗せて残念がる。



「ああ、また久我先生と折り合いがつかない」



 夏樹の言葉を朱美が引き継ぐ。肩に不躾に乗っかった夏樹の肘を払いのけながら。



「美穂は久我先生のスパルタ指導が嫌ってるって噂だからね。ちょっ。夏樹、肘、邪魔」


「そうそう。あっゴメン」



 夏樹と朱美がツーカーの話をしている間中、香月は上気してほんのりと顔を朱色に染めている。香月は、久我と美穂の不仲よりも、美穂の走りによほど魅了されたらしい。



「香月。香月。大丈夫?」



 そう朱美が尋ねるも、香月の返事はない。夏樹が香月の髪の毛をピンと真っ直ぐに立てて「鬼太郎。妖怪アンテナじゃ」と目玉おやじの声マネで冗談を言っても反応する気配すらない。夏樹は両手を軽くあげる。



「大丈夫かね。この子」



 するとその瞬間、香月の口から、夏樹と朱美には信じられない言葉が飛び出してくる。香月は自信ありげだ。



「私。彼女に、勝てるかも」


『はぁ!?』



 度が過ぎて時折常識外れな、さしもの夏樹と朱美も驚いて口を揃える。夏樹がすかさず、香月の両肩を握って香月の体を揺すると、「目を覚ませ」とまくし立てる。



「香月、あんた何考えてんの? 相手は全国の陸上関係者、しかもマスメディアでさえ注目するホープよ! スターよ! あんたみたいな鈍くさい子がかなうわけないじゃない!」


「だって、私もあれぐらい走れるし」


『何てことだ!』



 驚きの余り朱美と夏樹は「小峠」してしまう。今度は朱美が、そっと目を伏せて、香月の肩に右手を添えると、香月を優しく宥めてさしあげる。



「香月。何事も自信があるっていうのはいいことだけど、『わきまえ』っていうのも大事よ。きっと、派手に負けて香月が自信なくしちゃうだけだから」



 だがそれでも香月は二人の話に耳を傾けない。香月は言い切ってしまう。



「だって、勝てるかもしれないじゃない。やりもしないで諦めるなんてつまらないよ」


『何てことだ!』



 呆れと驚きの余り二回も「小峠」してしまった夏樹と朱美。その片割れ、ミス冷静、ミス冷淡、ミス現実主義の朱美がやや呆れて、香月に言ってのける。



「なら勝手にしなさい。大恥かいても知らないから。私達責任取らないわよ」


「そうそう」



 夏樹も朱美の言葉に便乗する。だがふとした思いつきが、悪戯好きで、ハプニング好きな夏樹に訪れたらしい。彼女は一瞬考え込んでニンマリと笑う。



「じゃあ、香月。そぉんなに自信がおありなら、今度の体育の授業。美穂に挑戦してみる? ちょうど今度の授業はグラウンドを使うし」



 香月は、夏樹が、香月をちょっとした痛い目に遭わせようと、煽っているのにも気づかずに無邪気な返事をする。



「今度の体育の授業。それいいね!」



 香月の言葉を聴いて朱美は頭を抱える。



「ダメだ。この子。分不相応ってのがあるのを知らない」



 夏樹は面白がって、もう一度香月を煽り立てる。



「そうと決めたら、美穂に挑戦状の一つでも叩きつけてみたら? 面白いことになるかも」



「挑戦状! カッコいい!」



 一度決心したら香月は、行動するのは早い。呆れる朱美を置き去りに美穂に歩み寄っていく。朱美はたまらず憐憫の情が出たのか、香月を止める。



「ちょ、ちょっ! 香月!?」



 その朱美を夏樹が制する。



「まぁ、まぁ、いいじゃない。朱美。香月も一度痛い目に遭ってみるのもいいかもかも」


「夏樹。あんた本当に性格悪いのね」



 そんな朱美と夏樹を残して、香月は、柔軟体操して体をほぐす美穂のもとに歩み寄る。美穂は練習に集中しているのか、ピリピリとしたムードを出している。


 香月の長閑でほんわかした調子は通じそうにない。だがそれでもミス天然、ミス元旦の香月は臆せず、美穂に自己紹介をする。



「永瀬さん。初めまして。私、同じクラスの高樹香月です!」



 突然の自己紹介。場と時をわきまえないタイミングでの急接近。そのことで美穂は一旦思考が停止したように、身体の動きを止める。


 だがこれが全国区で注目を浴び続けるスターの器だろうか、大器の成せる業か。彼女は爽やかな笑顔を見せる。



「ああ、あなた! 年がら年中お正月の。365日元旦娘の香月ちゃんね」



 香月を両手を叩いて、美穂を拝むと喜ぶ。



「覚えててくれましたか!?」



 美緒は首を少し右に傾けて、左手をあげる。



「そりゃね。目立ってたから。で、何か用?」



 接点など何もない、宇宙人とチーターの会話が奇跡的に成立しようとしたその時、顧問の久我が、会話に割って入る。



「こら、そこの君。まだ永瀬は部活中だ。邪魔するんじゃない」



 すると美穂は快心の笑顔、余裕の笑みを見せる。



「いいんですよ。先生。これくらい。気分転換にもなるし。で、あらためて、何?」



 すると香月は大きく目を見開いて、全盛時のスケバンの流儀に則り、どこからか取り出した白い手袋を美穂に投げつけて、彼女に言ってのける。



「それ。挑戦状です! 今度の体育の授業! 二人で100M、勝負しませんか!?」


「あらぁ。にしてもあの白い手袋どこから取り出したワケ?」



 そう朱美は呆れるも、夏樹は楽しげだ。興味津々に様子を見守っている。朱美は適度に礼節をわきまえた子ではあるので、きっと美穂が不愉快がるに違いないと思っていた。ちなみに白い手袋にはいつ香月が書いたのか「ちょうせんじょー」とマジックで書かれていた。



 だが当の美穂はそう悪い気はしていないらしい。しばらく驚いたようにキョトンとしていたが真っ白な歯を零して笑ってみせる。その白い歯は彼女の黒く焼けた肌とは対比を成して美しい。



「いいよ! 走ってみる!? 今度。ただし、手加減はしないからね!」



 予想外の反応に朱美は夏樹の肩を思わず右手で握る。夏樹もこの展開は想像していなかったらしい。「こんなにラフな子だったっけ」。そんなニュアンスを含めて、朱美の右手を払いのける。


 香月は香月で、美穂の返事を受けて、両腕を大きく伸ばすとガッツボーズをする。



「ありがとうございます! それじゃあ今度の体育の授業、よろしくお願いしますね!」



 美穂は目を細めて応える。その声の抑揚は自分の完勝を確信しているようだった。



「はーい」



 美穂は楽しげだったが、そのやり取りを見ていた久我が、美穂に注意をする。美穂は美穂で久我の方針などもう気にならないらしい。軽やかにこう返答している。



「いいんですよ。先生。遊びですから。楽しくないとつまらないでしょう? 何・事・も」



 その瞳はサバンナを駆け巡るチーターのような目つきをしている。彼女の瞳と牙は今にも獲物を捕えそうだ。



 だが肝心の獲物であるはずの香月は、目を乙女チックに輝かせ、両手を合わせると天を仰ぎ見ている。



「こんなことってあるのね。何事もチャレンジよね。神様、ありがとう」


「神様」



 その言葉を聞いて、美穂は思わず笑う。こうして次の授業で、野生のチーター、美穂VS謎の天然宇宙人、ミス元旦香月との真剣勝負が行われることが決まった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ