さぁ~んの2
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私は今、両腕を両脇から抱えられ、男達に連れ去られようとしていた。
これじゃぁ、完全に人拐いなんだけど。
人気のないところに連れ込まれたら堪らないと、首を振りながら体をこわばらせて抵抗してみるけれど男二人の力には適わない。
誰か、と縋る思いで助けを求めて周囲に目をやれば、関わりたくないと目をそらされてしまった。
いつの間にか、先ほどのお店からも離れてしまっている。
巽と橘先生にまた心配をかけてしまうじゃないか。
なんとか逃げられないものかと必死で頭をフル回転させて考えているとふいに後ろから肩に手が置かれた。
「君たち、彼女は俺の連れなんだけど?どこに連れて行くつもりさ」
無理矢理振り返るとを見ると、軽く息を乱して厳しい顔をした、橘先生が立っていた。
声をかけられてことで、一瞬腕を抱える力が弱まった。私は強引に腕を振り払い、橘先生のところへ素早く駆け寄った。背後から、伸ばされた男達の手は、橘先生が払いのけ、もう片方の手が私を引き寄せ後ろに隠してくれる。
「俺の連れだって言っただろ?触るなよ。だいたい、男が二人がかりで女の子を拉致ってなにするつもりだったんだ?返答によっては、許さないよ?」
静かな声音に氷のような冷たさを感じる。
橘先生の背後にまわりった私は先生のシャツを握り締めた。
安心したからか、今更ながら足と手が震えてきた。
橘先生が来てくれて本当によかった。
でなければ、何をされていたのか分からない。過去の経験からも決して楽観視はできなかった。
「なにするつもりって、お茶するつもりだよ。この子が一人で寂しそうに立ってたからさぁ、そうだろ?」
「おう、それに初対面じゃねぇし。これから、どこで会ったのか思い出してもらおうと思ってたんだよ」
男達は下卑た笑いを浮かべて顔を見合す。
橘先生は、シャツを握った私の手にそっと自分の手をそえると、少しずつ後退しはじめた。
「じゃぁ、もうその必要はないよな。俺も見つかったことだし?彼女は君たちに憶えはないようだし。じゃあな」
くるりと後ろをむくと、私の肩を抱いて歩き出した。
「振り返るなよ。俺、けんか出来ないからな」
「……ごめんなさい」
いつもより低く怒ったような声音に反射的に謝る。
橘先生は、けんかが弱い訳ではない。むしろ強い。
だけど、教職者であるかぎり暴力沙汰はまずい。
なにしろ、手を離してお店を出てしまった私が原因だ。なにかあったら本当に申し訳がたたない。
男達は橘先生と争う気はなかったようで、追いかけては来なかった。
ある程度、男達と距離をとると、橘先生は立ち止まって、私の顔を覗きこんだ。
「大丈夫か?変な事されたりしなかったか?すごく震えてるけど」
そういいながら、私の両手を握ってくれた。
それでも震える私に橘先生は両手を離し、今度は安心させるかのように、そっと抱きしめてくれる。
橘先生の腕のなかは、温かくふわりと巽と同じ香水の香りがした。震えながら、わたしは小さく息をついた。
私は過去に何度か襲われかけたことがある。その度に間一髪で助かってきたけれど、この体質がある限り、いつかヤられちゃうのかもしれない。匂いと声ばかりは自分ではどうすることも出来ないのだから。
想像するとさらに震えがきた。それが伝わったのか、橘先生の腕に力がこめられ、頭を撫でてくれる。
「大丈夫だよ、もう大丈夫だから」
その優しい声音に安心からか涙が出そうになる。
「橘先生、助けてくれてありがとう」
震えが止まったので、もう大丈夫だからと少し体を離して下から見上げる。
すると橘先生は、何かにびっくりしたような顔をしたあとに、私から目をそらして私の頭を乱暴になでた。
なぜか、顔が真っ赤になっている。見ている私まで顔が赤くなってしまった。
何だろうこの照れくささっ。
「全く、今度は頼むから手を離すなよ」
そう言って差し出された手を、私は迷うことなく握った。
もう、こんな人混みで迷子はごめんだ。たったそれだけの事に橘先生はホッとした顔をするから、思わず笑ってしまった。
「なんだよ。あっ、巽に連絡しないとな」
ちょっとだけムッとした顔は、学校では見られなかった子供のような表情で、さらに笑いが込み上げてきて、私はニヤニヤしてしまう。
それが、気にさわったのか、さらに眉をしかめた橘先生は、巽と連絡をとりながら、繋いだ手で私のおでこをこづいた。そんなやりとりが無性に嬉しい。なんだかすごく橘先生と距離が縮まった気がするから。
橘先生が電話を切るとすぐに、巽の声がした。
どうやら、近くにいたらしい。
駆け寄ってきた巽は、私を片手で抱き上げる。私は小柄なので子供のように気安く抱っこできると巽が言っていた事がある。
まぁ、155センチしか身長ないからね。180センチ越えている巽にしてみればかなり小さいだろうね。
心配をかけた後の巽はいつも私を片手で抱き上げ、視線の高さを自分にあわせるのだ。
今も心配そうに私の目を覗きこみ、あいた右手で頬をなでた。
と、思ったら全力で頬をつねられた。
痛い!!
「ばかたれが、なんでそう、俺のいう事きかねぇの?」
「ほめんははい」
全くもって、私が悪い。
やっぱり、大丈夫なんて思って自分の方向音痴をあまくみてはいけなかった。
「また、連れてかれそうになったって?ちゃんと、カズにお礼いったのか?」
コクンと頷くと私は巽の首にしがみついた。そして、大きな息を吐く。
「なさけない。心配かけてごめんなさい」
耳元でそういうと、ポンポンと背中をたたかれてから、下におろされた。
今度は巽にしっかりと手を繋がれる。
巽と手を繋ぐとものすごく、安心する。本人に言ったら怒られそうだけど、なんだかお父さんみたいだ。
「カズ、腹減らない?どっかで飯食おうぜ。てか、カズどうした?お前、顔が真っ赤だぞ?」
ようやく橘先生に声をかけた巽はものすごく悪人の顔だった。
確かに、橘先生の顔はまだ真っ赤で私と目を合わせてもくれない。
「くそっ。分かったよ。わかりました。俺の負けです。昼飯おごる」
どうやら、昨日ごちゃごちゃ言っていた勝負がついたらしい。
拗ねたような、顔がめちゃくちゃ可愛いいんですけどっ。
なに?これが、萌えってやつ?
後で、どんな勝負だったのか聞いても教えてくれなかったけどね。
おいしい、お昼ご飯を橘先生に奢ってもらい、朝からつき合わせたからと二人にあのウサギの懐中時計を買ってもらって、私はその日一日ご機嫌だった。
優しい橘先生の腕の中は、不思議と安心できて、撫でられるととても気持ちが楽になった。
と同時にとても恥ずかしかった。後日、何度もその時の事を夢に見てしまったのは、やっぱり好きだからなのだろうか。