じゅ~くの3
私をそっちのけで二人で口喧嘩を始めてしまってなんだか力が抜けてしまった。
可笑しくなって、小さく笑いがもれる。
二人を見ると、しばらく終わりそうにもない。私は取り残されているから、先にお風呂に入ろう。
悩むのが馬鹿らしくなってきてしまって、そっと二人の脇を通り抜けてお風呂場に行こうとしたら、しっかりと和臣に腕をつかまれた。
「どこに行くのさ。今は逃がさないよ」
あれ?喧嘩はもういいの?
「それは棚にあげとく。まずはきらの話だろ」
さっきから、声に出してない事に巽が答えているんだけど、これがツーといえばカーってことかな?
そのまま和臣に抱きこまれる。
まだ体熱い。こんなに無理をさせてしまって、本当に私は何をやっているんだろう。
「ごめんなさい」
「それはもういいから、きらの話を聞かせて。俺と結婚するのそんなに嫌だった?俺の事嫌い?」
和臣の胸に顔をうずめて、小さく頭を振った。
「そんな事ないよ。和臣が好き。プロポーズも奇跡かと思った」
「じゃぁ、なんで逃げる必要があるのさ」
体が離れて、和臣が私の目を真っ直ぐに見つめる。後ろから巽の腕が伸びてきて、私を引き寄せた。
「カズが原因じゃねえぇよ。結婚ってくればきらが考えるのは子供だろ」
あれ?なんで分かるんだ。
私は、上を見上げて巽の顔を見る。
駄目だ、この位置だと顎しか見えない。
「知ってるよ。きらが言いたくなさそうだから、あえて聞かなかっただけ。美弥さんと過ごした後は真夏でも長袖に長ズボンで、俺と風呂も入らなかっただろ。隠してるつもりかも知れないけど、バレバレだから」
ばれてたのか。
「待て、聞き捨てならない。一緒に風呂入ってたの?いつまで?」
「小学六年生までは、確実に俺がきらを風呂に入れてたな」
のんびりと巽が答えれば、和臣は眉を跳ね上げて叫ぶと、私を自分のほうへ引き寄せた。
「ありえねぇ!きら、お前巽にいやらいしことされてなかったか?高校三年男子が小学六年生と一緒に風呂入ったら駄目だろう!犯罪だぞ!」
「失礼な、全国の妹思いのお兄さんに謝れ」
「お前ら血の繋がりないだろうが。くそぉ、とんだところに落とし穴だ。俺だってまだきらと一緒にお風呂入ってないのに」
ぎゅうぎゅう和臣に締め付けられて、息ができない。
それに、突っ込むところそこじゃないからね。なにその一緒に入ってないって!入らないからね!
あまりに苦しくて、和臣の腕を叩くとやっと少しだけ力を緩めてくれた。
「巽も本当に油断できないね」
「馬鹿を言うな。昔の事だろうが。そんな事で嫉妬してたら、俺達のあんな事やこんな事聞いたら、お前血管きれるぞ」
……………ごめん巽。なんか微妙にエロい響きがあるんだけど、私には覚えがまったくないよ。
「やっぱり、一番の敵はお前か」
「当たり前だ。恋人の父親は一番の敵と決まっている」
いや、巽父親じゃないし。
突っ込むのも馬鹿らしくなってきた。
「で、カズ真面目に話を聞く気があるのか?」
あっ、話が戻った。
巽と和臣に上から見下ろされて、その無言の圧力に負けていしまい仕方なしに私は口を開いた。
「昔から、お父さんに分からない所で母に叩かれたり、蹴られたりひどい時には首を絞められたりしたこともあったの。母は私を産まなきゃ良かった。いなくなって欲しいって」
また、その時の映像が頭に甦り、体が震え始めた。
和臣が私の腕を優しくさすってくれる。それが、嬉しかった。
「産んでくれた人にここまで嫌われる私はいったいなんだろうっていつも思っていたの。巽にも知られたくなかった。自分がいらない存在だという事が堪らなかった」
声がつまって、震える。
「私が、母みたいになるかも知れない。もし、自分に子供が産まれたら同じ事を繰り返すかもしれない。和臣と結婚したとして、今度は和臣に執着しすぎて、子供がどうでもよくなるかもしれない。私が私でなくるかもしれない。私は私が恐い」
子供の時に虐待された人は、自分の子供に同じ事を繰り返す可能性が高いと聞いた。
自分の意思では止められないこともあるとも。
私はきっとこの手で自分の幸せを壊すんだ。
「大丈夫だよ。きらには巽と京子さんがいたんだろ。たとえ、母親に酷い目にあったとしても、巽と京子さんからめちゃくちゃ大きな愛情を注いで貰ってるから」
「やっぱり、あの女一回痛い目見せないと駄目だな。ごめんなきら。なにかされているとは思ってたが、そこまでとは。正直思ってなかった。ストレスの捌け口にされているんだろうなとしか」
巽はなにも悪くない。私が助けを求めなかったんだ。母になんとか振り向いて欲しかったから。
「きらがそれをうんと心配するんだったら、もし、子供に対して歯止めが利かなくなりそうになった時、俺が止めてあげるよ。俺だけじゃない、巽だって止めてくれる。万が一そんな事になっても俺達はきらを嫌ったりしないよ。嫌だと思う心があるんだ。次からやらなければいい。その代り、隠れたり、隠したりしないで。きらの全部を受け止めるから」
受け止めてくれる?私を?全部?
「だからさ、結婚しようよ。もうきらを放っておけない。離れて暮らすのも嫌だし。きらの心配事は一緒に解決していけばいいんだから。ね」
一緒に解決?なんで私なんかにそこまで言ってくれるんだろうか。
ボウッと和臣の顔を見上げた。
「これは、俺の勝手なんだけどさ、きらと会うようになってから、奏に言いくるめられるわ、殺されかけるわ、終いにはどこかに消えちゃってキチンと連絡しないわ、俺の心臓がもたないよ。傍にいてほしいんだ。やっぱりこんなに離れてたら心配なんだよ」
イヤ、奏には言いくるめられてないよ?ちゃんと考えたもん。
でも、そう言って心配してくれる事が嬉しかった。
「でも」
「でもも、だっても無し。いいよ覚悟は出来てるから。大学は俺が費用を出す。これでも一応社会人だからね。それぐらいの甲斐性はあるよ。もしそれがイヤなら大学を出てから返してくれればいいよ。まぁ?一生かかってくれてかまわないからさ」
「私、和臣にそこまでして貰う価値がないよ」
「そんなのきらの決める事じゃない。俺の勝手だって言ってるだろ。さっきも言ったけど、初めてなんだよ。ずっと一緒にいたいって思うのは」
ついっと頬を撫でられる。
和臣は優しく慈しむような眼差しを私に注いでくれていた。
「俺が手元においておきたいんだよ。きらが消えた時は、目の前真っ暗だったんだぜ?きらのご飯急に食べられなくなるし」
「だな、奏がカズにきらを譲ったのはアレを見てたからだろうから。カズ半狂乱できらを探してたんだぞ。あんな事があってすぐに消えたから」
驚いて和臣を見ると、真っ赤になっている。つられて私も真っ赤になった。なんだか照れくさい。
「もう、きらがいない生活に耐えられなかったんだよ。気がついたらきらがいるのが当たり前になっていたんだ。俺がきらを必要としているんだ」
それは、想像もした事がない天に舞い上ってしまうんじゃないかと思うくらいに嬉しい言葉だった。
私を必要としてくれる人がいる。
生まれて初めて言葉として言ってもらえた言葉だった。
「本当に私でいいの?綺麗じゃないし、たいして性格も良くないし、面倒くさいよ?」
「きらがいい。努力家で、人を頼ろうとしない意地っ張りなきらの助けになりたい」
私が笑うと和臣も笑って、そっと顔が近づく。
と思ったら、ドコッと大きい音と共に和臣が崩れ落ちた。
驚いて横を見ると、巽が握りこぶしを握って立っている。
「盛り上がってるとこ悪いけど、俺がいるからねカズ君。させるかっ!」
どうやら、巽が和臣の鳩尾を思いっきり殴ったみたい。
「きら、結婚するなら反対はしないけど、よぉぉぉぉく考えていいぞ。男は他にもいっぱいいるからな。なんだったら、俺がお前と結婚してやるし」
巽さん、なんか黒くなってるよ。顔が爽やかに笑ってるのに、空気が重い。
「てんめぇ。巽が一番たち悪いんだよっ!きらに言われたくないんだったら、おとなしく祝福してろ!ロリコン!」
ゴスッ。
あっ、和臣の背中に踵落しが決まった。
痛そう。
私は駆け寄ろうとしたけれど、巽に腕をつかまれた。
「ほっとけ、そのうち自力で起き上がってくるから。それよりきらを待ってたらお腹すいた。チャーハン作ってくれよ」
あら?あれ?あれれ?
問答無用で台所に連れさられ、和臣はうずくまったまま。
それで、結局私達どうなったんだ?




