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風の行方  作者: 藍月 綾音
本編
54/61

じゅ~はちの4

江藤さんは私達が出ていかないと納得したのか

意を決したような真剣な表情で顔を上げた。


「じゃぁ、生徒じゃなかったら看病させてくれますか」


「論点が違う。江藤は今現在俺の生徒だ。だから、帰りなさい」


「そうじゃなくて、橘先生が好きなんです。先生の特別になりたいんです」


…………すごいパワーだ。圧倒されてしまう。江藤さんは必死で、目に涙を浮かべている。なんとか、和臣に振り向いてもらおうと、関心を寄せてもらおうとしているのが分かった。

なんだか、私と奏がここにいてはいけない気がしてきてしまった。


「晶どうする?女子高生にカズさん獲れられちゃうよ?」


そっと奏が囁くけれど、私は動く事ができなかった。

私は自分で自覚がある。

和臣が私に飽きて、離れていこうとしたら追いかける事はしないだろう。

泣いて、縋りついて、引き止める事が出来ないだろうと思う。

私は飽きられて当然だから。

今でもその思いは捨て切れない。

好かれる努力はしようと思う。離れていかないように、考えて和臣の喜ぶ事ならなんでもするだろう。

けれど、離れていく事を止めることは多分できない。それは、私にとってすごく怖い事だから。


母の背中を突然思い出した。

求めて、求めて、泣いて縋りついて、それになんの意味があったのだろうか。

一度でも振り返ってくれた事があったのだろうか。

母親に愛されない、それは私の消すことの出来ないトラウマだ。

和臣が好き。これは本当だけど和臣が私を好きでいてくれる保証はどこにもないのだ。

私にとって、和臣が他の誰かを好きになってもしょうがない事のような気がしてしまう。

もちろん、それに私が耐えられるかは別の話なんだけれど。


なんだか長い沈黙があって、和臣がふと笑った気がした。

後ろ姿しか見えないから、本当に笑ったかどうかは分からないけれど。

江藤さんが真っ赤な顔になったから、やっぱり笑ったのかもしれない。


「その気持ちに対しては、ありがとうというよ。だけど、江藤の事は生徒とか生徒じゃないとか関係なく恋愛対象としてみることはできないよ」


静かに言葉を紡ぐ和臣の声が少し低い。江藤さんは泣きそうに顔を歪めた。


「私と年が離れすぎているからですか?」


声が震えている。どうしよう、本当にここにいてはいけないんじゃないか。そう思って、奏を見上げると興味津々なことを隠そうともせず、江藤さんをみている。

駄目だ。気を使うとかデリカシーとか持ってなさそうだ。


「そうだね、年はあまり関係ないかな。江藤さんが恋愛対象じゃないんだよ。俺には好きな人がいるし、その人じゃなきゃ駄目だから」


ボッと顔が赤くなるのが分かった。ヤバイ、うれしい。でも、江藤さんにバレるのは、あまりいい気がしなかったから、慌てて後ろを向いた。

って、奏が密着中だった。向き合って抱き合う形になっちゃったよ。


「でも先生、彼女はいないって!」


あぁ、江藤さんが泣いている。声が震えている事で見えなくても分かった。

意図してではないし、江藤さんが話しだしたのだけど、それでもこの場に居合わせたくはなかったな。

振り向くと、砂糖菓子みたいな江藤さんの涙はポロポロ零れて、とても綺麗に見えた。純粋な真っ直ぐな想いだからかな。

この純粋な気持ちに和臣はぐらりとこないのだろうか。私より数倍可愛いし、若いもの。


って、私は何を考えてるんだ。


「江藤は勘違いをしてるよ。俺は君が思っているような人間じゃない」


……………それは確かに。先生をしている和臣も嘘ではないけれど、普段の和臣は全然違う。


「そんな事ありません。先生は先生です」


江藤さんがそう言うと、和臣の雰囲気が変わった。

瞬間的に不味いと思った。普段の和臣はフルとなったら徹底的なのを思い出したのだ。


「和臣駄目!!」


何も考えずに、大きな声をだしていた。

和臣が振り向いて私を見た。その表情は『橘先生』ではなく素の和臣の顔だ。なにかを吹っ切るように、私を見ている。


「なんで止めるのさ」


口調も素に戻ってる。


「駄目だよ。先生って職業が好きなんでしょ。ちゃんと最後まで先生でいなきゃでしょ」


「先生である事も大事だけど、俺は俺だからね。江藤にはきちんと言っておく。そもそも、俺は生徒にプライベートに立ち入って欲しくない。家に来る事自体が迷惑だ」


冷たい口調で言い切ってしまった。


「じゃぁ、なんで嘉月先輩が先生の家に出入りしているんですか?嘉月先輩だって生徒じゃないですか」


江藤さんはもう次から次へと涙を流していた。


「だから、そこが俺のプライベートな部分だろ?なぜ、江藤が俺の事を好きだからっていう理由だけでそこまで答えなきゃならないんだ?江藤は恋愛対象にはなりえない。それが全てだ」


熱のせいで正常な判断ができていなのか?結構イラついているよね?


「もう、帰りなさい。これ以上話していてもらちがあかない。それに、江藤が俺のなにを知っている?俺が江藤を知らないように、江藤も俺を知らない。少なくともきらは俺を知っているんだよ。それも昔からね」


「昔から?」


「そう、会った事はなかったけれど俺はきらが小学生の時から毎日のようにきらの話を聞かされていたし、きらは俺の話を聞かされていた。だから違うんだよ」


思い返すとそんなになるのか。十年前だもんな巽と和臣が知り合ったの。


「カズさんって、ロリコン?」


「違うでしょ。どっちかって言うと巽じゃない。男子高生の話題が隣の小学生って危なくないか?」


「まさかの晶がドン引き?」


奏が驚いて私を後ろから覗きこんだ。


「巽が可愛がってくれてるのは分かるけど、微妙に引くよね?え?駄目?」


あ゛っ、和臣が鬼の形相で振り返った。

私と奏を睨み付けて、すくっと立ち上がると台所の方へとフラフラと歩いてくる。

危ないよ、熱でふらついてる。


「おい、人が具合が悪いとこ必死に真面目な話をしてるのに、てめえらいい加減にしろよ!」


…………だよね。やっぱりここにいる事じたいが駄目だしね。


「ついでにいい加減に離れろ。うっとおしいっ。帰れっつっただろ。おらっ」


フラフラしながら、奏に蹴りをいれると私に抱きついてきた。

えぇぇぇぇっ!江藤さん見てるしっ!てか、重たい!なんか全体重かかってない?


「ごめん、俺限界」


うわぁぁぁ。やっぱり無理してたか。


「奏!奏!和臣が気ぃ失ってる!重たいから助けて」


慌てて踏ん張って、支えるけど私じゃ支えきれない。

奏がすぐに手を差し伸べて、和臣を抱えあげて寝室に連れて行ってくれた。

いきなり倒れるからびっくりした。

江藤さんを振り返ると、涙をぽろぽろと溢れさせながら、目を見開いて驚いていた。

涙を拭くのも忘れているようなので、近づいてハンドタオルを差し出した。

江藤さんは呆然と私を見上げたてから、ハンドタオルを受け取って涙を拭く。


「嘉月先輩、どうして私じゃ駄目なんでしょうか。自分で言うのもなんですけど、私可愛いほうだと思うし先生の前じゃ猫だって被ってたのに」


猫被ってたのか。確かに可愛いもんな。庇護欲にかられるというか、女の子って感じがする。

触れたら壊してしまいそうな、可愛らしさがあるもんね。


「橘先生じゃないから分からないや、ごめんね。だけど、橘先生が江藤さんが思ってるような先生じゃないってのは当たってるかもね。私もびっくりしたから」


「びっくり?」


お願いします。小首をかしげないで下さい。顔のいい人がやると逆らえなくなるの、私。


「うん、巽ってのが私の幼馴染なんだけど、毎日和臣の話を聞かされてたんだ。私、ストーカー並に和臣の女性遍歴やら、高校時代からの話なんかは知っているよ。ただね、巽から聞いている和臣の話と、学校の橘先生は全くの別人だから」


「どんな風にですか?」


涙声で縋るように言わないで欲しいんだよ。助けてあげたくなっちゃうから。


「聞かないほうがいいと思うよ。それに私が話したら、一生懸命に先生であろうとしている、橘先生に失礼でしょ」


そう言うと、江藤さんはハンドタオルで顔を覆い隠して小さく呟いた。


「嘉月先輩はずるいです」


「うん、そうかもね。でもさ、江藤さんの為に具合が悪いのに起きて普通に振舞ってたんだもん、立派な先生じゃない?結局最後に倒れたから微妙にダメダメだけどさ。江藤さんには酷かもだけど、先生でいたいんだと思うけど?」


だいたい、先生って柄じゃない筈なんだ和臣は。それが、どうしてだか自分を作って良い先生であろうとしている。そこまでする理由は知らないけれど、和臣にとっては先生でいる事がとても大切なんだと思う。さっきはちょっとだけ素に戻ろうとしてたけどさ。


「生徒じゃなきゃ、良かったのかな」


ポツリと言う言葉に私が言える事はなにもない。

江藤さんは、ハンドタオルをぎゅっと握り締めて立ち上がった。


「橘先生にとっては迷惑だったという事はわかりました。また、生徒じゃなくなってから再チャレンジします。だって、先生を知らないなら、知ればいい事だもの。とりあえず今日は帰ります。先生辛そうだったし」


切なげに寝室を見てから、江藤さんは私にペコリとお辞儀した。


「先生に困らせてごめんなさいって伝えておいて下さい。それから、これは洗濯してお返ししますね。橘先生に預けておけばいいんですよね」


「えっ?あぁ、いいよ洗濯なんかしなくて。橘先生にはちゃんと伝えておくから」


ハンドタオルを受け取り、江藤さんを玄関まで見送る。


「嘉月先輩も坂野さんとお幸せに。来年橘先生をゲットしたら、連絡しますね。じゃ、さようなら」


パタンと閉められた玄関。

私はその場へたり込んだ。


すっごい、前向きだ。なんだあのプラス思考は。知らなければ知ればいいって確かにそうだけど…………。


来年、彼女が卒業した時に私は彼女ときちんと闘う事ができるのだろうか。

少なくとも私はあんなに前向きじゃないよね。

どうやらこれからの私の課題はどうやって和臣を引き止めていけるのかって事なのかな?

和臣はモテるから、それはそれで大変なんだろうなぁ。

いつか、和臣が私の事を好きじゃなくなった時それを考えて私は小さく身震いした。



読んで頂きありがとう御座います。次話から最終章です。もうしばらくお付き合いいただければ嬉しいです。

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