にぃ~の3
「で、きら?今日はどうしたんだ?」
突然の巽のお言葉。
気にしてくれてたんだ。
一瞬、フリーズする私。でもすぐにグラスを置いて、巽に抱きついた。
すっかり忘れていたけれど、そもそも巽に慰めて貰おうと来たんだった。
優しく頭を撫でてくれる。あぁ癒される。巽に頭を撫でられるのすごく好きなんだよね。
「バイトでありえない失敗たくさんしちゃった」
「ん、それで?それだけじゃないだろうが」
心配をかけるので、どうしようかと思っていたけれど、どうせ最後にはばれるので素直に伝えておくことにした。
「……バイト先、あいつに見つかっちゃった。また、バイトやめなきゃ」
「なんだ。きら、まだストーカー被害にあってんのか?」
橘先生が低い声でいった。
私は、頷く。これでバイトを辞めるのは、何度目か分からない。幸い家はバレていないけれど、大学で見張らているのだと思う。
バイト先はすぐにバレて追いかけ回されるんだ。
私は、たいして可愛い顔をしている訳ではないのだけれど、ある種類の人間に異様な興奮をあたえるらしい。
どうも、目覚めさせてしまうのだ。ストーカー気質とでもいうのか、暗い感情を呼び起こさせてしまっている気がする。
今までに、何人に追いかけられたか、数える気にもならない。
始末に悪いのは、なぜか、本当に普通のクラスメートからの被害もあったということだったりする。
ストーカー達の言い分は、まさに皆一緒。
『なぜ?君が誘ったのに。俺のこと好きだろう?』
因みに、言い添えておくけれど、私は話しをしたこともなければ、接触した憶えもないということだ。
よって、何をどう誘ったのか見当もつかない。それは、気をつけるすべを持たないことだったりする。
だから、私はなるべく空気のように目立たずに、存在していたいのだ。
「まだっていうか、新たにっていうか。本当に、きらはドコでも引っ掛けてきちゃうからなぁ。しかも、危ないやつ限定だしね?」
「なによ。私が悪いみたいじゃん?そんな言い方しなくたっていいでしょ」
私が巽に抗議をしようとしたら、橘先生がボソリとつぶやいた。
「なんで、これなの?」
…………橘先生。それ、すっごく失礼。
うわぁ、いま何気に、私の事全否定だったよね。
恋愛対象にもならねぇよ、こんなちんちくりん、みたいな?
いけない、つい被害妄想がっ。当たらずとも遠からずな、気がしないでもないけど。
解ってますよっ、可愛くないことくらい。
「あぁ?できればお前にも。会わせたくなかったんだよ?俺。大丈夫な奴は、ドコまでも大丈夫だけど、駄目な奴には、とことん駄目だから」
巽は一旦言葉を切ると、私を引き寄せて肩を抱いた。
「ほら、今まで一度もブッキングしなかっただろ?まぁ、学校で会ってたっていっても、それぐらいじゃ大丈夫だっただけ、だと思うぞ」
「なんだよそれ。これだぞ?お前ちょっと過保護すぎねぇ?」
またこれって、指差しされて真顔でいわれたよ。
止め刺されちゃったよ。
うっわぁ、へこむ。
絶対に私、今生徒扱いされてないよね。
まぁ、確かに?もう生徒じゃないけどさ。言い様ってもんがあるよね。
そんな私をよそに、巽が黒い空気を漂わせ始めた。
うわぁ、なんかろくでもないこと考えてるよ絶対。
「そんな事言ってられんのも、今のうちだよ?カズ君。きら、お前カズの隣にいってみろよ。」
うわっ今、カズ君言ったよ。
巽の笑顔が黒く見えるよぉぉ。
「嫌」
「即答かよ」
「なんか、巽変なこと考えてるもん」
「大丈夫だから、変なことなんか考えてねぇよ。物は試しだ、行って来い」
耳元で、私に指示をだすと私を引っぺがして、足で押して橘先生のそばに追いやった。
まったく、いつも扱いが乱暴なんだから。
しかも、微妙に恥ずかしいことしろって言われたんだけれど。
私は、よく解らないまま、巽の指示通りに、橘先生の耳元に手を当て、内緒話の要領で話しかけた。
内容は、巽に言われたとうり。
「橘センセ。巽がざまぁみろって。なんの事?」
「ッ………………!!」
ビクビクッと橘先生の体が揺れたかと思うと、すごい勢いで、私から離れた。
あ~あ。勢いがつきすぎで壁に突撃したゃったよ。
口元を片手で隠した、橘先生の顔はびっくりするほど真っ赤だった。
なに?なんか可愛いんだけど?
しかし、失礼な。
何もそんなに嫌がらなくったっていいじゃないか。
「言葉にならねぇんだろ?やっぱ、お前駄目なほうな。だと思った」
何かを一人で納得する巽は、もういいからと私を自分の隣に座らせた。ついでに、チーズも私の口に放り込むと、だから会わせたくなかったんだ、とかぶつぶつ呟いている。
しばらく、放心状態だった先生は、元の位置に座りなおすと巽にくってかかった。
「なんだっっ!!!今の!!すげぇ、破壊力だったぞ!!てか、お前平気なわけ??」
なによ、破壊力って。人を化け物みたいに。
ちょっとむっとして、唇をとがらせると、巽が私の頭に手をおいた。
「ん~。きらに言ってもどうしようもねぇから、黙ってたんだけどね。俺は、免疫がある程度あるの。小さな頃から一緒に住んでるみたいなもんだからさ。どっちかってぇと、駄目なほうよ?俺?でも、それに左右はされない」
「なんの話?」
自分の話をされているのは、わかるけど、何についての話なのかはさっぱりわからない。
「ん~。あのね、さっきも言ったけれど。大丈夫な奴は、とことん大丈夫。駄目な奴はトコトン駄目、なんだよ」
「だから、なにがっ」
イラッとして、言葉がきつくなるのがわかった。
「お前の、その、匂いと声」
…………匂い?と、声?なんだそりゃ。
「多分な、男の本能刺激するんだよ。しかも、恐ろしく凶暴なやつ。お前の恐いとこは、無意識に、恋愛感情抜きで、男に火をつけるんだ。お前はなにも悪くない。ただ、魅力的つー範囲を軽く超えてんだよ。その、声と匂い」
「……なにを、馬鹿な」
意味がよく頭に入ってこない。匂いと声って……。
別に香水とかつけてないけど?
「馬鹿な事じゃないだろ。なんだ?あれ?別に、色っぽい声とかじゃないのにこう、ぞくぞくするっつーか……。俺、ちょっとヤバいかも……。てか、ありえない、マジありえない。だってこれだぞ!!」
……なんかもう、話の内容よりこれ扱いが腹たってきたな。
うん。失礼にも程があるよね?
「あ~くそっ。カズいい加減にしろよ。てめぇ腐っても聖職だろうがっ。さっきから、これ扱いしやがって!きらはかわいいっ!!てめぇの目が節穴だっつーのっ!!!」
頭の後ろをガシガシ掻きながら、巽は机の下から橘先生を蹴り飛ばした。
……いや、目が節穴なのは、巽だから。
さすがに、わかってるよ。自分の容姿レベルぐらい。
てか、いくら巽でも、目の前でそんな事言われると、恥ずかしいし、いたたまれない。
「よし、カズてめぇ明日は学校休みだよな?明日一日つきあえ。勝負だ!!!!」
「よしっ。付き合ってやろうじゃないか。受けて立つ!!」
何の勝負をするのかよく分からないけれど、交渉成立らしい。
どうも、26歳の会話じゃない気がするんだけど。
二人とも小学生並みの口喧嘩を始めちゃったよ。
その夜は、おおいに飲み、よく食べ、私はほろ酔いどころかいつの間にか眠っていた。
くそぉ。これってなんだ、これって。
許すまじ、橘 和臣。
そして、匂いと声ってなんだ!
だいぶよくわからない話が、当人をよそに、進行中だったことなど、その時の私に知るよしもなかった。