じゅ~ななの2
「いつ人が来るかと思うと、ゾクゾクするよね?」
…………駄目だ。そうだ、カズくんだった。スリルとか、危険とか大好きだもんね。
私は好きじゃないから、止めて欲しい。
「ここ鍵ないし、ご飯食べようよ?誠実で温厚な橘先生が、準備室でこんな事してちゃ駄目だよ」
私が言うと唇を尖らす。素だと本当二子供みたいだよ。
「いいよ、今は和臣で。流石に誰かがいるとマズイかも知れないけど。今イチャイチャしないって事は、夜の覚悟は出来てるんだよね」
覚悟って、何の覚悟よ。いや、分かるけど。
更に熱が上がって、あまりにも恥ずかしく額を和臣の胸に押しあてた。
「…………恥ずかしいから、そゆこと言わないで」
今夜は和臣の家にお泊まりなのだ。
万が一にも母に見つかったら大事になりそうだから、相川家には顔をだせない。
そしたら、和臣が泊まりにおいでと。
一応、彼氏だし、二人っきりで色々なんというか、ね。そういう事もありなのかとは思うけど興味半分、怖さ半分でなんとも言い難い感情だからいま。
私が何とも言えない感情をどういい表そうか悩んでいると、どうやら私をいじめる事に満足したのか和臣がそれはもう、嫌な悪い笑顔で私の頭を撫でた。
「分かった。ご飯食べようか。一応巽を呼んでみる?激しく邪魔だけど」
黒い。久々に黒い和臣見たよ。
巽、ごめんね。誘ったの和臣のくせして、なんか邪魔扱いしてるのが此処にいるよ。
携帯で巽に連絡すると、和臣は舌打ちと共に携帯を切った。
「来るってさ。来なくていいのに」
「じゃぁ、あの列が出来てた女の子達をなんとか出来たんだ。すごかったよ?女子高生と写真やら写メやら、芸能人でもないのに」
「ウチの生徒も暇だね。巽に手を出さないように釘打っておかなきゃな」
出すかな?出しそう。う~ん。巽だもんなぁ。
一応犯罪だし大丈夫な気もするけど。
なんて考えてたら、廊下が騒がしくなってきた。
…………まさか、まさかね。
ないよね?
隣で不穏な空気きましたけど!
やっぱり賑やかな声の中心は巽だった。
扉を開けて覗くと、巽は数十人の女子高生を侍らせている。
うわぁ~、どっかの王様みたいだよ。泰然としていてどこか鷹揚と構える姿に、苦しゅうないちこう寄れなんて幻聴が聞こえてきそうな気がする。
あれ?それじゃ殿様か。
じゃぁ、大義であるかな?
イヤ、コレも微妙に殿様だな。
「なんかスッゴいくだらない事を考えてるだろう?」
和臣に見透かされてます。
「巽見てアテレコしたら、殿様になっちゃったから、王様っぽい台詞は何かなと」
私がバツの悪い笑顔でそう言うと、和臣も扉の間から巽を盗み見た。
「あれは、どう見たって今夜のお相手はロングの美人か、ショートの童顔か、イヤイヤ犯罪だからここは我慢だ、だろ?」
…………嫌だ。巽がそんなふうに考えるのは嫌だなぁ。せめて女子大生にして欲しい。
女子高生相手にそんなこと考えてたら、ただのエロおやじじゃんかっ!
まさかとは思うけど、やっぱり和臣もあんな感じの綺麗だったり可愛かったりするほうがいいかのかな。
…………だよね。私なんて『これ』扱いだったし。
「和臣も、本当は美人で綺麗な娘が好みなの?」
扉を閉めてから振り返って聞くと、すぐ近くに顔があって驚いた。
「あのさぁ、女子高生に興味ないっていっただろ。しかも、こんなにきら一筋なのに、なに言ってくれちゃうのさ」
ひひひっ一筋ってっっ。
あかんっ!また脳味噌が沸騰してきちゃう!
「もう一回キスして体に刻み込んでみる?」
わざわざ眼鏡をはずして、前髪をかきあげ素顔を晒して艶然と微笑む。
ギブします。この顔は既に凶器です。私は確実に殺されます。
固まった私に軽く啄むようなキスをして、和臣はもとの姿に戻した。
本当にね、色んなことが初心者なんですよ。
あんなに綺麗な顔であんなこと言われたら気が遠くなりそうなのよ。
カラリと扉が開かれ、扉に体重をかけてしまっていた私はバランスを崩した。
転ぶっと思った時には、扉を開けた人物にぶつかっていた。
柔らかく抱きしめられ、顔をあげると巽だった。
「相変わらずチョロイな、お前は。じゃ、連れが見つかったから、案内ありがとう」
前半は私に、後半は後ろにいた女子高生に言って、巽は私を抱きしめたまま部屋の中に入り扉を閉めた。
廊下で女子高生達が、アドレスとケー番教えてとしばらく騒いでいたけど、しばらくするとどこかへ行ってしまったようだ。
私はじとっと巽を見上げる。
「なんだよ、その目は」
「エロ親父」
私が呟くと巽は問答無用で私の頭を潰しにかかった。
痛い!
さすがの握力!頭が割れる!
「誰がエロ親父だ。きら俺の昼飯早くだせ」
私が買ってあると確信してる辺りが悔しい。買ってないと言ってやりたい。
でも、そんなこと言ったら結局パシリにされるのだ。
まだまだ、頭を放してくれないけど痛いのを我慢して、巽に紙袋を渡した。
巽は紙袋を受け取り、やっと頭を放してくれる。
痛かった。容赦しないからね、馬鹿力だし。
不機嫌になった巽の側をそっと離れ和臣のところへ逃げる。
「気にくわない。きらに逃げられるとムカつくな。やっぱりカズになつかれるのは、癪にさわる。」
「なついてるんじゃなくて、彼女だからね。そりゃ横暴な保護者より、優しい彼氏がいいに決まってるだろ?」
私を引き寄せながら、そう言うと置いてあるソファに私を座らせた。
紙袋とアイスコーヒーも手渡してくれて至れり尽くせりだ。
「誰が優しいって?そりゃぁ、自分の事は自分が一番わからないって言うからな」
巽の嫌味もスルーだ。流石に付き合いが長いだけある。巽に自分の机の椅子をすすめると、和臣は私の隣に腰を下ろした。
「巽が鼻の下伸ばして生徒の相手をしてるから悪いんだろ。きらが一人でつまらなそうだったぞ」
私は大人しく二人の会話を聴くことにして、パストラミサンドを口にほうばった。
「あのこ達が離してくれなかったんだぞ?迫力あって怖いし、少し付き合ったら逃げるつもりだったのに、きらが消えてるし踏んだり蹴ったりだ」
…………ニコニコ上機嫌に見えたけど?
しかも、腰に手ぇ回して写真撮ってたし。
あれで嫌々とか言っちゃいますか。
「巽、それはないない。俺、現場押さえてるし。な?きら」
同意を求められ、私は頷いた。
口のなか一杯なんだよ。
大きな口を開け、たった三口でパストラミサンドを食べてしまった巽は、もう一つのBLTサンドにとりかかる。
「まぁいいや。どっちにしろ俺が手ぇ出したら犯罪だしな。女子高生は若すぎだな。俺はもうちょい大人な感じが好きだ」
BLTサンドも三口で食べ終えると無言で私に片手を差し出す。
慌ててピザを差し出した。
…………多めに買ったはずなんだけどな。足りなかったか。
じゃぁ、当然和臣も足りないよね。大失敗だ。
他にもなにか見繕って来ようと立ち上がるけれど、ストンとまた座ってしまった。
あれ?
「巽、何してるのさ。自分が人の分まで食べてるんだから、足りなくなった分買って来なよ。俺のピザまで食べるってどういうことさ」
むむっとへの字口をする巽は、子供みたいで可愛いい。手に付いたピザソースを舐めとると立ち上がった。
「しょうがねぇな。ピザでいいんだな。きら行くぞ」
名前を呼ばれ、シャキッと立ち上がる。
「だから一人で行ってきなよ」
「きらが行かなきゃどこで買ったか分からないだろ」
確かに、そりゃそうだ。
「近いからすぐ帰ってくるよ。和臣は一枚でいいの?足りるかな?」
私が聞くと和臣は頷いた。
巽が先に部屋を出ていくので慌てて追いかける。
「待ってよ。巽!そっちじゃないから」
反対方向に進む巽に、待ったをかけた。
「まだピザ食べるの?となりにハンバーガーも売ってたよ」
あ~あ不機嫌だし。無視だし。これは、しばらくほっておかなきゃだ。
たまに子供みたいに拗ねるんだよな。
買ってこいって和臣に正論言われたのがきっと癪に触ったのだろうと、私はおとなしく巽の隣を歩くことにした。




