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風の行方  作者: 藍月 綾音
本編
41/61

じゅ~よんの2

…………鍵、閉めてあった筈なんだけどな。あの男、合鍵持ってるとかいわないよね。

ぼんやりと、考えていると瞼が重たくなってきた。

眠い。眠れば巽と和臣が出てきて、また一緒に過ごせる。


夢の中なら、一人じゃない。


だから、少しだけ夢がみたい。


幸せな、夢を。


ちゃんと、夢だって分かってるから。


つまるところ、私は弱くて困るんだ。すぐに、現実逃避したくなる。

頑張ろうと決めたのだから、強くならなくてはいけないのに、思うように進まない。

少しだけ、夢の中で巽に叱ってもらわなきゃ。

今日の和臣の声を録音しておけば良かった。

そうしたら、淋しいときに聴けるのに。巽の声もどこかにとっておけば良かった。あぁ、でも携帯取り上げられたから持ってても意味はなかったかも。

今となっては、後悔ばかり。

あまりにも急に此方に連れて来られたから、何も持っていないんだ。

送られる予定だった私の荷物は未だに届く気配もない。母とりくの言うことを信じてはいなかったけれど、流石にこの仕打ちは堪えている。

荷物のことも、ここに連れてこられたことも。

私はストレスが溜まると眠れなくなるのではなく、眠って現実逃避するタイプのようで、時間があるとソファーやベッドでうとうととしてしまう。

何度も何度も、繰り返し頭の中で繰り返される巽と和臣との日々は、どうしようもないほどの幸せを私に与えてくれた。


私は確かに幸せだったんだ。


そしてまた夢を見た。


すごくリアルで、幸せな夢。


巽が笑っていて、いつもより少しぎこちなく、頭を撫でてくれて、『馬鹿たれがっ』て言ってくれる夢だった。

私は嬉しくて、何度も巽の名前を呼んだ。

その度に、優しく返事をしてくれて私は一人じゃないと確認する。

子供みたいだったけど、巽が傍にいてくれるだけで、幸せだった。

そしたら後ろから和臣が『巽、巽って僕の事はわすれちゃったの?』といいながら拗ねた声を出していて、私の頬をギュウとつねる。

酷い顔だと巽がお腹を抱えて笑いだして、和臣もそれに続く。笑い声がどんどん大きくなったかと思うと急に小さくなり始めて巽と和臣までどんどん小さく遠く離れていく。慌てて追いかけようとすると、私の足はソコに縫い止められたかのように動かない。待って待ってと叫んでも止まってはくれずにどんどん闇に包まれていってしまった。


ずっと、夢の中で微睡んでいたかったけれどやっぱり目が覚めるんだ。

暗闇の中目を開けると、急激に寂寥感に襲われ、涙が流れてゆく。

これは、毎日のことだった。

幸せな夢と、現実とのギャップに胸が締め付けられるから。

しばらくの間すすり泣いてからノロノロと体を起こした。

時計は、夜中の三時を指している。寝過ぎだ私。何やってるんだか。

何か飲もうと、部屋をでるとリビングの明かりがついている。

消し忘れかと思ったのに、見たくもないものを発見してしまった。

リビングのソファで、りくが寝ていた。


…………帰っていいのに。

てか、一人暮しの従姉妹の家に泊まるなっつーの。

まだまだ朝晩は冷えるのに何もかけていない。お客さんが泊まることが出来るようなものは何一つないから当たり前だけど。


仕方がないなぁ。


私が使っているタオルケットを持ってきてかける。

あっ。眼鏡かけたままだよ。

そっと起こさないように気をつけながら、眼鏡を外してローテーブルに置いた。


三十は過ぎているはずだけど、寝顔は幼いなぁ。

まぁ、起きてれば憎たらしいだけだけどっ。

目付き悪いしさっ!


ちょっとだけ、寝顔を眺めてから水を飲んで自分の部屋に戻った。


タオルケットは、貸してしまったので持ってきたバスタオルにくるまる。


眠りに落ちる前に、和臣が言っていた言葉を反芻する。


辛い時と幸せな時は半分づつなんだ。


今は寂しくても、いつかは慣れる。そして、また幸せだなと思える日がくるから。

小さな事から、良かったを探せばいい。

ちょっと癪だけど、今夜この家に一人じゃなくて良かった。

りくだけど、少しだけ寂しくないから。

いつもより容易く目を閉じることが出来た。


結局、朝早く目が覚めた私は体の具合が良くなっている事を確認して、散歩に出かけた。

マンションの前がずっと浜辺になっているんだ。ここに来てから毎日ここを散歩している。


時おりすれ違う人達と挨拶を交わしながら、のんびり歩く。ここで会うのはお年寄りが圧倒的に多い。お年寄りには私の匂いと声は効きにくいようで、今まで変になった人はいなかった。

朝は、空気が澄んでいるから地平線も遥か遠くに見える。

何だかんだ言っても、時間は進んでいってしまう。けれど、大学も休みになった今は考える時間が増えて困る。

どこかで、アルバイトでもしようかな。清掃の仕事とかなら人にあまり会わずに済むかも。

じゃないと、考え過ぎてネガティブになってしまう。


暗い私とかあり得ないしっ!


そうやって、気分転換を済ませた私が玄関を開けると、りくがリビングから飛び出してきた。

昨日見たいな、鬼の形相だった。

うん、逃げよう。そのまま玄関を閉めて回れ右。怖いから、絶対厭味言われるよあれ。

よし、もう一回散歩だ。

素早く歩きかけたその時……。


玄関が開き、手が伸びてきて引きずりこまれた。

玄関に放り投げられてしまった。


ほんっとにりくは私の扱い粗雑過ぎだからねっ!

言葉遣いだけ丁寧でも、仕方がないんだからねっ!


キッと睨みながら見上げると、さらにキツイ眼差しに睨み付けられていた。


「馬鹿だ馬鹿だとは思っていましたが、まさかこれ程とは。まさか、その小さな脳みそは昨日自分が高い熱を出してうなされていた事を、綺麗さっぱり忘れてしまったんですか?」


「…………熱?誰が?」


寝耳に水だ。確かにりくにベットに放り投げられた記憶はあるけど、熱を出した記憶はない。


「やっぱりその頭は飾物なんですね。頭をこじ開けても脳みそは入っていないんですね」


詰まってます。みっしりです。


「では、無い脳みそはに叩きこんで下さいね。今日一日、ベットの上です。熱中症を甘くみてはいけません」


自分の部屋の扉を指さされ指示される。


あれ?私、りくにうるさく言われる筋合いなくね?


納得もいかないので、右手の手の平を差し出した。


「なんですか?立たせて欲しいなんて幼稚園児みたいなこと言いませんよね」


誰が言うかっ!


「ここの鍵を持ってるでしょ?返して」


「あれは美弥さんのものです。貴方には渡せません」


…………こんっの。



「くそじじぃっ!変態!オバコン!さっさと東京かえれっ!」


それだけ叫んで自室に飛び込んだ。

ガンッと壁を叩く、大きな音がしたけれど無視だ。


あ~あ、すっきりした。


母の言う通りのことしかしない変態のくせに、生意気なんだよ。なにが小さな脳みそだよ。悪かったなっ!


ベットに寝転び、教科書を開いた。他にする事ないんだもん。

目で字を追いながら、真剣にりくが何故東京に戻らないのか考える。

三つぐらい候補があるけど、どうせ聞いても教えてくれないのだから、考えても無駄だとは分かっているのだけど。

あぁ、だけどそろそろ帰って欲しい。

そんで母の手伝いでもしていればいいんだ。

口を開けば嫌みか、母を褒めるかしかない奴といたって何の生産性もないのだから。


その時、私はまだりくを軽くみていた。だってさ、巽より怖い人なんてそんなにいない。

確かにりくは巽ほど怖くはなかった。けれども、巽以上に根にもつタイプで陰湿だった。

めちゃくちゃ苦い青汁を三杯飲まされたよ。無理矢理だから。押さえつけられて、鼻んをつままれたからね。


馬鹿野郎はてめぇだっ!陰湿眼鏡!



読んで下さりありがとうございます。

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