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風の行方  作者: 藍月 綾音
本編
34/61

じゅ~にの4

二話同時UPです。お気をつけください。

橘先生が新卒で赴任してきたのは、私が高校に入学するのと同じだった。

若い先生が、女子高にいるってだけで、もてたりするものだけど橘先生の場合は違った。

ボサボサの髪に、太い黒縁眼鏡で、優しいと言えば聞こえがいいけれど柔和な物腰は、今時の肉食系の女子高生には物足りなかったみたいだ。

入学当初、橘先生に対する扱いは先生に対するものとは思えなかった。

馬鹿にされ、授業の合間には野次が飛ぶ。それでも怒る訳でもなく授業を淡々とと進めていって、たまには生徒の話に乗ったりしていた。

一学期の間は兎に角、マニキュアを塗ったり、携帯をいじったり、お喋りしたりと新任の気の弱そうな橘先生の授業は無法地帯だった。

先生の声はよく通り、授業は解りやすく、私は好感をもっていたけれど。

先生が先生として立場が確立するのは、一学期が終わる、終業式から、夏休みの間だった。

授業を聞いていなかった子達が、ことぐごとく補習になり、夏休みの半分を登校するはめになったのだ。その数は担当するクラス5クラスのほとんどだったから大騒ぎになったのだけど。

とにもかくにも、前代未聞の数だったので、当然保護者からのクレームがつき、先生の資質について問われる結果になった。


その時先生は、しれっと言ったのだ。


「僕の授業をキチンと聞いていれば、中間テストの結果は全員満点でした。それにテストの点が80点以下の場合は補習にすると伝えてあります。なぜならば、僕は中間テストの直前の授業で問題から答案まですべて教えてあったからです」


その通りだった。

おかげで私は満点を頂いた。


「僕の仕事は、生徒に現代国語を教えることです。お給料を頂いているのですから、授業をきちんと理解して頂けるように努力しなければなりません。夏休み中には、一学期分の全てを理解して頂く予定ですが、なにか問題でも?」



これが、効いたらしい。

橘先生は、授業を聞く気がない人に容赦しなかった。

結局、補習はキッチリと開講されて、夏休みの半分を登校した人達は態度を改めた。

改めて聞くと橘先生の授業は面白かったんだって。

それからは、橘先生の人気はうなぎ登りだった。

若くて授業は厳しいけれど、話は分かるお兄さん的な先生として。

高校一年目は、あまり関わらずに終了する。

高校二年の時は、橘先生が副担になった。

だからといってなにがあったわけじゃない。

私はクラスで目立たないことに必死だったし、橘先生はいつも誰かしらに囲まれていた。

その頃の私にとって、なにも起きず、家に帰り着くことが最大の関心事だったのだ。

クラスの女の子達も、私の姿や態度をみて、私の事を見て見ぬふりをしてくれていた。

影で何を言われているかぐらいは知ってたけどね。

『鉄仮面』が私のあだ名だったんだ。

そう言う意味で、私の努力は報われていた。

友達など、欲しくはなかったから。


高校三年の時春だった。

真山 晴海というクラスメートが話しかけてきたのは。


「嘉月さん、昨日駅で凄く素敵な人と歩いていたよね?あの人彼氏?」


その前日は、巽が休みだったので学校の帰りに駅で待ち合わせをして、映画に連れて行ってもらったのだ。とりあえず、私は知らないふりをした。

紹介しろとか言われたらめんどくさいから。


「えぇ~絶対に嘉月さんだと思ったけどなぁ~」


真山さんは可愛らしく唇を尖らせた。

私がそれで会話は終わりとばかりに本に視線を戻したので、真山さんは、他のクラスメートのところへと行ってくれた。だから話はそこで終わったと私は思っていた。

だけど、二ヶ月立った頃、またもや真山さんに巽と一緒のところを発見されてしまった。

今度はキッチリ、声をかけられたから、誤魔化しようが無かった。


「やっぱり嘉月さんだ。彼氏とデート?」


「違うよ。幼馴染みだから。えっと……」


さっさと立ち去りたかったけれど、ガッチリ腕を真山さんに組まれた。


「こんにちは。私、嘉月さんと同じクラスの真山 晴海です。いつも仲良くさせてもらってるんですよ?」


…………嘘だ。何ヶ月か前に、一度話したきりだった。

ニコニコ笑う真山さんから、そんな事は伺い知れないけれど。


「こんにちは。晶に友達いたんだね」


…………直訳すると、聞いたことねぇぞ、こらっ、てめぇ俺に隠し事か?あぁん?です。


してないからね?違うからね?


「普通にいますよ?ね?」


同意を求めてくる真山さん。

目立たず穏便にがモットーの私に出来た事は、曖昧に笑って誤魔化す事だけだった。


…………ヘタレともいう。


真山さん、結構迫力があるんだよ?掴まれた腕に入った力、半端なかったんだよ?


「嘉月さん、何処にいくの?」


「あっと…………、買い物?」


なぜ疑問系かと言うと、メインは食事だったから。新しくオープンした、和食のお店に巽の奢りで食べに行く所だったのだ。ついでに、夕方までぶらぶらしようかと言っていたのだ。


キラリと光った、真山さんの目は間違いなく、ハンターの目だった。



「じゃぁ、私もついて行っていい?デートじゃないなら、お邪魔じゃないよね?」


もちろん、私に向けられた言葉ではない。

可愛らしく巽にお願いだ。

その姿は、絶対の自信に満ち溢れていた。

巽は、めんどくさそうに、私がいいならと言い、ヘタレな私に断る術はなかった。


結果、私は真山さんのプライドを傷つけたのだ。

明らかに、真山さんは容姿に優れていて、私から見ても嫌みのない、可愛い仕草と女の子の甘い綿菓子みたいなおねだりの仕方を知っている。

相手が悪かったのだ。巽にはそれが通用しない。巽は後腐れが少ない割り切った関係を求めるからだ。

挙げ句に、あの頃は知らなかったけれど、体質のおかげで二人ぐらいに声をかけられたから。

真山さんの顔には、どうして貴方みたいなのが!と書いてあった。

気がつけば、私は学校で援助交際しているだとか、不倫しているだとか、聞くに耐えない噂をたてられることになる。

元々一人だったし、あまり気にもならなかったけれど、時折悪意のある、嫌がらせが始まってていた。

女子高生の団結力は、素晴らしい。

先生達にバレるような事はしない。


この頃、思春期だったせいもあるけれど、自分の存在意義についてよく考えていた。

別に死にたくはないけれど、生きていても何があるのかと思っていた。

普通の暮らしがままならず、巽がいてくれていたけれど、逆にいえば巽しかいなかった。

全てが息苦しく、孤独だった。

だんだんと閉塞感に襲われて、昼休みには屋上に行くことが多くなっていた。

夏は暑く、冬は寒い屋上はあまり人がいなくて、息抜きに丁度良かった。

ボーッと空を見ていると、たまらなく憧れにかられた。

何に憧れていたのかは、分からない。けれど憧れという言葉が当てはまったんだ。

冬が近づいた頃、いつもの様に屋上に行くと先客がいて、私は引き返そうとしたけれど、切迫した声が聞こえてきて、そっと覗いて見たのだ。


屋上に居たのは、橘先生と見知らぬ女生徒だった。セーラー服のリボンで二年生だという事が分かった。

どうやら彼女は自殺志願者らしい。死なせてくれと、生きている意味がわからないと橘先生に懇願していた。

あぁ、理由は解らないけど、同じ事考えているんだなぁと思って、橘先生の答えに興味をもった。


「生きている意味なんか、在るわけないじゃないか。人間産まれてから死ぬまで、呼吸して、食べ物を摂取していれば生きていられるんだ。そこに意味はない。誰でも一緒だ」


…………予想外の言葉だった。


「ちゃんと、寿命を全うして始めて自分の意義を考えられると、俺はそう思うよ。あと何十年かかけなきゃ、そんな大きな問題解けないよ」


…………解けるのかな?


「だいたいさ、先人の教えを馬鹿にしちゃいけない。今が辛くても、幸せだと感じることも辛いと感じる事も、人生振り返れば半分づつらしいよ?今が辛いなら後は幸せだと感じることが沢山待っているってことだ」


暴論だと思った。哲学完全無視だし、結局なんの解決にもなっていない。




だけど。




私は救われてしまった。




なんの根拠もないその言葉に、救われてしまったのだ。

例え明日じゃなくても、いつか幸せだと感じる何かがあるのかもしれない。

生きている意味付けなどしなくても、私は存在を産まれた時に許されていたのかと。


その言葉がきっかけで、私は橘先生に恋をした。


衝撃だったのは、間違いない。正しいとか正しくないとかじゃなく気が楽になった。

閉塞感たっぷりの私の心に風穴を開けてくれたんだ。

その時の女生徒は、その後元気な姿を見かけたから、やっぱり救われたのかもしれない。

その後、橘先生を視線で追いかけるうちに、実は神々しいまでの美貌の持ち主だと気づいたのだ。


そして、今に至る。


読んで下さりありがとうございます。

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