じゅ~にの2
ヒョイとケーキの箱を差し出され、ありがたく受け取った。
「ありがとう!嬉しい!」
「ん、怪我したのに寝ないで、警察の事情聴取まで頑張ったごほうびだよ」
私の頭が蕩けそうな笑顔を浮かべて頭を撫でてくれる。
ここのナポレオンケーキが大好物で、ご褒美と言えばコレと定番になっている。
橘先生が知っていると言う事は、巽に聞いたのかな。
「早速、中を見てもいい??」
ホクホクで箱をさぁ開けようという時に横から伸びてきた手に取り上げられた。
「食べるのは、後でな。冷蔵庫入れておくから」
巽ぃぃぃぃぃ!!せめて中身を確認させてよぉぉぉ!!
あ゛ぁ、私のナポレオンケーキがっ!
いや、もうナポレオンケーキ決定で!
「そんな顔をしても駄目。後でにしろ。今、食べたら夕飯食べれなくなるだろ」
私から箱を奪った巽はさっさと、ケーキを備え付けの冷蔵庫にしまってしまって戻ってくる。もう子供じゃないんだから、今ケーキを食べたって夕飯ぐらいキチンと食べられるのに。
思わずケーキの箱を目で追ってしまって、クスクスと橘先生に笑われてしまった。
「晶は甘いものが好き?」
奏にまで含み笑いで聞かれて、顔が赤くなる。
笑われてるよ、私。
やだ、そんなに物欲しそうな顔してたかな。
「好きなんだね。じゃあ、外に出られるようになったら、一緒に美味しいケーキ食べにいこうね。お店を探しておくから」
私の様子で納得した奏が、やんわりと手を握りながらそう提案してくれて1も2もなく頷く。
ケーキはなんでも大好きなんだよね。ケーキの食べ歩きならば、一日10個は食べれると思う。
「うん。ありがとう」
ふふんと巽が鼻で笑う。
「豚にならないように、気をつけろよ?今現在、食っちゃ寝生活だぞ。あと何日か続くよな?」
う゛。
「お見舞い。甘いもの多いもんね」
追い打ちをかけるように橘先生が、サイドテーブルに置かれた巽がもらってきたお菓子を指差す。
う゛ぅっ。
「……やっぱり、我慢する」
悔しいっ。言い返せない、自分が情けないっ。
言い返したら、ステレオ放送で返ってきそうなんだもん。
ソレに、確かに太ったら困る。
「大丈夫だよ。女の子は少しくらいふっくらしてた方が可愛いんだから。晶は痩せすぎなぐらいだから、丁度いいかもよ?」
「でも…………」
「例え晶が太めになったって、僕は気にしないよ?晶はいつだって、可愛いんだから。そんなことで僕の気持ちは変わらないし?」
…………しまった。この人物凄いストレートだった。
巽と橘先生の前でも、そうなのかっ?
人目は関係ないのね。
いや、いたたまれないからっ。巽になんか言われるより、絶対恥ずかしいっ!
さらに、握った手を奏の口元にもっていかれ、上目遣いで首をかしげられましたっ!
駄目っ、私マジでそのポーズに弱いからっ!
なんで成人男性なのに、普通に格好いいのに、このポーズが死ぬほど可愛く見えるんだ。
「ね?行こう?」
結局頷く私。……意志が弱いんだってば。
そもそもケーキ大好きだし、奏に子犬のような目をされたらもう頷くしかないでしょ。
ないよねっ?!
「はいっおさわり禁止。駄目だって言ったろ?お試しくん」
巽が奏の手を叩くと、なぜか、橘先生が私の腰に手を回す。
てか、おさわり禁止って、私は動物園の動物かっ!
「だから、馬に蹴られますよって忠告しましたよね?」
「お前が蹴られるかもだろ?」
いや、会話が戻っちゃたよ。
嫌な雰囲気再来?
「ふーん。奏くんはやっぱり、独占欲強い感じかな?」
橘先生が楽しそうに言うと、奏は更に、ニッコリ笑う。
「そうでもないですよ?ただ、ちゃんと言葉と態度にしておかないと、晶は鈍いから」
「奏くんのネックレスって特注品だったりする?」
そうだった。ネックレス返さなきゃ。
「…………中々目敏いですね。そうですよ。作らせた物です。それが何か?」
とっ、特注品?だって本物のブランド品って橘先生が言ってたよね?ブランドに特注したってこと?
「ん?別に?ただ気になっただけ。きらの事を何気に分かってんなと思って」
一気に血の気が引いた。
ブランドに特注するなんて、かなり金額がはるよね?
しかも、あんまり詳しくないけど、ダイヤって高いよね。
私が貰っていい物じゃないってこと?
「返すっ。そんなに高価なもの貰えない」
私が言うと、橘先生を嫌そうに見た後に、私にむかって奏が哀しそうな顔をする。
反対に、巽と橘先生がしてやったりな顔をしている事に私は気づかなかった。
「貰って?晶の為に作ったやつだから。晶を見つけたら絶対に渡そうと思っていたんだ」
奏が唇を噛む。
「でも、何も返せないし、分不相応だもの」
「そんなこと無いよ。晶のおかげで僕は生きているんだ。高価な物が嫌なら、今度から気をつける。だから、返すなんて哀しい事を言わないで?」
ぐっ。そんなに切ない瞳で見ないでっ!
「晶、今回だけ。ね?お礼だから」
ぐぐっ。私、もの凄く奏の押しに弱いかもしれない。
巽や橘先生みたいに上から目線の物言いと態度にはしっかり突っぱねることできるのに、奏のお願いには思わず頷きたくなるんだよなぁ。
言葉につまっていると、巽が横から茶々をいれはじめた。
「きら、お試しくんと知り合いだったのか?」
何気にさっきから、奏の事お試しくん呼ばわりしてるよね。
「巽、それやめて失礼だから。奏って名前を忘れたわけじゃないよね。」
一応、釘をさしておく。
巽が私の言うこと聞くわけないけどね。
「それで、お試しくんと何処で知り合ってたんだ?」
ほらね、聞く気が皆無だから。
「奏だってば。ずっと前に、駅前で救急車呼んだことがあったって話をしたでしょ?その時苦しそうだった人が奏だったんだって」
まぁ、明日には退院できるし、巽と奏はもう顔を合わせる事もないだろうから、まっいっか。
こういう巽は言う事なんか聞きやしないんだから。
会わなければ「お試しくん」呼びなんてできないからさ。
「そういえば、そんなこと言ってな」
一応の納得をみせた巽。
「ところで、橘さん。いい加減に晶を離してくれますか?」
そうだった。橘先生私のお腹に手を回してるよっ。
なんか普通に巽が隣だからか、抱っこみたいに感じに落ち着いちゃってたよ。
意識した途端、巽じゃなくて橘先生の手だという状況に、顔が赤くなる。
「ん?なんでさ」
わざとらしくにこやかな無駄に爽やかな声で奏に答える、橘先生。
いや、わざとだっ。なんか企んでるに違いない。
今日は、巽も橘先生もなんか黒さが前面にでてるから。
「一応、お試しでも僕が彼氏ですから。あんまりいい気はしませんね」
「やっぱり、独占欲強いんじゃん。きら、気をつけなよ?言葉は柔らかいけど、巽とおんなじ匂いがするよ?」
だから、その不穏な会話に巻き込まないでください。お願いします。
巽といい、橘先生といいなんなのっ。この間会った時は巽の方は、奏に好意的だったじゃんかっ!
「………状況が変わってんの。なんか無自覚くんも、目ぇ開きそうだし?」
また、口に出てた?
恐る恐る巽を見上げると、片方の口の端を上げてニヤリと笑っている。
「いや、出てねーよ。分かっただけ」
私は口を尖らせた。
「意味分かんない」
「晶は分かんなくていいよ」
えっ?奏が分かったの?なんでよ。
「今日の所は、分が悪いみたいだから、帰るよ。だいたいの敵は見定めたし、晶」
敵って?まさかとは思うけど。ちらりと巽を見る。
本当に楽しそうな悪い笑み浮かべてるね。
立ち上がった奏は私の名前を呼んで手招きをした。
橘先生は、まだ離してはくれなかったけど、私は奏の方へ身を乗り出した。
「好きだからね」
内緒話の要領で、私の耳にそう囁くと口の端ギリギリにキスを落とす。
「「あ゛」」
巽と橘先生がハモった。
「今日は、これで我慢するよ。じゃ、ネックレスは大事にしてね?また明日」
そう言い残すと、とっさの事で完全にフリーズした私を嬉しそうに見た後に素早く病室から出て行ってしまった。
…………あれ?
チッと巽が舌打ちする。
「あんのクソ餓鬼がっ」
「いや、凄いや。巽相手にいい度胸してるじゃないのさ。きらの扱い方も上手いよね」
巽は乱暴にウェットティッシュを引き出すと、私の口と手を拭き始めた。
「ばっ、馬鹿!痛いやめて」
痛みでやっと気を取り直して逃げようとしても、後ろから橘先生に羽交い締めにされて逃げられない。
ウェットティッシュには「消毒」の二文字が書かれている。しみるんだよ!
「本当にっ、お前はろくな男を引っ掛けてこねぇなっ!」
えっ、私?私なの?
「どうすんだよ。アレ」
何が?訳が分からないなぁと思ったら、巽は大きくため息をつく。そりゃもう、嫌味ったらしくね。
「お前、騙されてるぞ?賭けてもいいが、お試し期間が終わっても別れる気ゼロだな」
「そんなことないよ。約束だもん」
「あんだけ、目の前で丸め込まれる姿を見せられたらなぁ?」
巽の問いかけに、橘先生も頷いて答える。
「まぁ、一筋縄じゃいかなそうだったね」
そうかなぁ。その辺は潔く納得すると思うけどなぁ。
私が納得出来ないでいると、病室のドアがノックされて、綺麗な看護師さんが入ってきた。
「嘉月さんのご家族の方、先生からお話があるそうです。お時間宜しいですか」
「両親はまだ来れないので、私で宜しいですか?」
巽が立ち上がり、私におとなしくしていろと言うと、看護師と出て行ってしまった。
部屋には、橘先生と私二人だけになってしまった。
なんか、緊張するな。
巽と京子さんの配慮で、個室にして貰ったんだ。警察官が来たり、この姿だとおば様方にいい餌食にされるからって。
「橘先生。昨日から色々助けてくれて、ありがとう。橘先生が来てくれなかったら、死んでたと思う」
ずっと昨日から、言いそびれていた事を言えて、ホッとする。
「それから、今日は仕事大丈夫だった?お見舞いになんか来ないで家に帰って、寝れば良かったのに。早退したんでしょ?」
私がそう言うと、抱きしめる腕に力がこめられ、まるでぬいぐるみのように抱き込まれしまった。
読んで下さりありがとうございました。




