じゅ~にの1
目を開けると最初に目に入ったのは、白い天井だった。
明るい日差しが窓から差し込んでいて、私は目を細めた。
結局首を絞められたので、様子見と検査の為に二日程の入院を言い渡されたのだ。
額の傷も結構な深手で、十針縫ったんだ。これは痕が残ると言われた。
例の魔法学校の眼鏡君とお揃いってことで喜んでおこう。
その上、顔も腫れ上がり、首には絞められた痕。今の私は見られたもんじゃない。
時計を見れば15時を示していた。結構寝ていたみたい。痛み止めのおかげかな。
今日は巽が仕事を休んで付き添ってくれている。
………あれ?そういえばどこいったんだ?
病室の中には私しかいなかった。
「お?目が覚めたか?貴文さん達、夜にはこっちに着くってさ。全く、今居るとこ秋田の山奥だぜ?」
ガラリと扉が開き、ペットボトルと細かいお菓子を両手に抱えて巽が部屋に入ってくる。
「どうしたの、それ?」
「なんか歩いてたら、看護師さんとか患者さんに貰った」
…………顔かっ!こんなトコでも顔がものをいうのかっ!
「羨ましいだろ?愛想良くしておくのもポイントだぞ?」
ムゥと頬を膨らますと、手に持ったペットボトルを私に渡して窓際の椅子に腰を降ろした。
因みに貴文とは私の父だ。私が高校に入ると同時に、母と一緒に日本中を飛び回っている。
でも、実際なんの仕事をしているのか私はよく分からない。
帰ってくるのなら、会うのは一ヶ月ぶりだと思う。
「やだなぁ。連絡しなくていいって言ったのに」
「死にかけた奴が何を言う。連絡しなかったら、俺が貴文さんに殺されるよ」
巽は顔をしかめた。
「会いたくないもん」
「あれでも、きらの事大切にしてるよ。秋田の山奥から、飛んで帰ってくるんだぜ」
そう言って、巽は私の頭を撫でてくれた。
昨日の事なんか嘘みたいに、巽の態度は普通で、アレは夢かもしれないなんて思ってみたものの。
残ってるんですよ。痕が、バッチリ。巽と橘先生の二人分。
今は包帯で隠れているけどね。
なぜかと言えば、首を絞められた痕が痣になって残ってしまったのだ。
暫くは首を隠すものが必需品かな?
「なに?俺の顔になんかついてるか?」
巽が怪訝な顔をして、私をつつく。私は笑って誤魔化した。
だって、昨日の巽は変だったから。あの巽は苦手だ。落ち着かなくて無理。
傷の痛みでうやむやになっているけど、あり得ない接触だったからねっ!
駄目だっ。思い出すなっ!顔が赤くなったら変に思われちゃうから。
自分、大ピンチ!
パニックになりそうで焦ったとき、廊下が騒がしくなったと思ったら、勢い良く病室のドアが開く。
「晶っ!」
同時に私の名前を叫びながら、奏が飛び込んできた。そのままの勢いで、私に抱きついてくる。
「あっ、そうだ、ごめんなさい。そういえば携帯家に置きっぱなし」
お昼を一緒に食べる約束してたんだった。それどころじゃなくて、忘れてた。
「てか、苦しい。力を入れすぎ」
奏は何も言わずに更に腕に力をこめる。
あぁ、奏にも心配かけてしまった。携帯電話のこともっと早く気づくんだった。
でも真剣にちょっと離れてい欲しい。いや、せめて力を緩めてくれないかな。本当に苦しいからっ。
「はいっ、そこまで。離れろ、まだ本調子じゃないんだ」
離れるとベリッと音がするんじゃないかと思うほど奏は私に抱きついていた。
見かねた巽が引き離して、奏を自分が座っていた椅子に座らせる。
自分は私の横に腰をおろす。
奏はなんだか動揺しているのか少し顔が青ざめている。
椅子を私の近くに寄せると、無言のまま私の右手を両手で包み込んでから大きなため息をついて、口を開いた。
「何があったの?お昼に大学に行ったら休みだって言われて、携帯も繋がらないし、心配になって家に行ったら、近所の人が事件に巻き込まれてここに入院してるって」
うわっ、めちゃ心配かけてる。
もっと、早く気づいて連絡するんだった。
「…………心配かけてごめんなさい」
奏は首をふる。
「それはいいんだ。でも今、晶を見て心臓が止まるかと思った。こんなに怪我が酷いなんて思ってなかったんだ」
そっと、切れている口の端を親指で撫でられる。
痛みがピリッと走って、顔をしかめてしまった。
「あっ、ごめん」
手を離してくれた奏は、凄く心配をしてくれているのが分かった。
あまり、昨日の話はしたくないんだけど。弱って隣に座る巽を見上げると丁度巽も私を見ていて、顔を見合わせる形になる。
「話すの辛いか?」
心配そうに、私を見る巽に首をふった。
「逆」
「逆?」
きょとんとする巽と奏。
「怒りが込み上げてきて、大声あげそう」
「…………心配して損した。俺の優しさを返せ」
だってさ、木村の野郎私に散々殴ったり、斬りつけたり好き勝手やってたわけよ。
なんか、危ない目ぇしちゃってさっ。逆らったら殴るぞ刺すぞみたいなっ!
それがなに?橘先生に一回殴られただけで、戦意を喪失?
冗談じゃないわよ!
私はそんなヘタレを怖がって、殺されかけたのかっ!
挙げ句に、一生消えない傷までつけられてっ!
股間を一回蹴っ飛ばしたくらいじゃ気が済まないっ!
あぁっ!段々またエスカレートしてきた!
「きら、奏の前だぞ?」
巽が訳の分からない事を言う。
「それがなに?」
腹が立ってきたので少しつっけんどんな言い方になってしまった。
「いや、般若みたいな顔してるぞ?きらが気にしないなら構わないけど」
ハッとして、慌てて奏を見るとさっきよりは幾分顔色が良くなっていた。
ホッと緩んだ顔つきで、嫌そうな顔はしてないけど。
「私、そんな酷い顔してた?」
「そんなことないよ。いつでも晶はかわいい。」
出たっ王子様スマイル。
「っっ!」
隣で変な顔して、息を飲む巽にこっそり肘鉄をくらわす。
「でも、こんな酷いことした奴は許せないな。可愛い顔を腫れるまで殴るなんて」
再度なにかを堪えている巽を、今度はつねっておく。
これは絶対に笑いを堪えてる。今、可愛い顔って言われましたがなにか?
結局、巽が使い物にならないので、私が昨日の夜あった事をかいつまんで話した。
え?股間蹴り上げたことと、お下劣な発言は伏せたよ?
ほら、一応うら若き乙女だし。
話し終えたとたんに、奏が立ち上がり私を抱き締める。
「怖かっただろう?殺されかけるなんて。僕がそばにいたかった。晶を助けるのは僕の役目なのに」
と奏が切ない声音で言い終える前に、巽に離され椅子に戻る。
巽の額に青筋が立っているのは気のせいってことにしておこう。うん。
「触んな。お試し」
「あぁ、聞いたんですね。だったら話は早い。ちょっと二人にしてくれませんか?野暮ですよ?」
ん?なんか肌寒くなってきた?
「お試しがなに言ってんだか。俺はお友達までしか許してねぇよ?」
「それは失礼しました。お試しでも、彼氏は彼氏ですから。人の恋路を邪魔すると馬に蹴られますよ?」
…………二人とも笑顔なのが恐い。
「馬に蹴られるのは、お前かもしれないぞ?」
「あぁ、ご心配なく。数ヶ月後にはお試しの肩書きは綺麗さっぱり跡形もなく消え去りますから」
「彼氏の肩書きもな」
寒いっ。冷房効き過ぎなんだよきっと。
バチバチと音がしそうな程空気が帯電している気がしてきた。
緊張感が半端ないっす。
意味もなく、ちぃーすぅとか言いたくなるってばっ。
何?ひょっとしなくても、なんかバトルってる?
「晶、君の幼馴染みは保護者も兼ねてるのかな?」
私に今、話をフルなっ。空気、空気になりたい。
「最初っから、そう言ってるだろうが。近寄る男は完全排除とも言ったな」
ヒョォォォと吹雪が吹いて来そうな、絶対零度の巽の声に背筋がピンと伸びてしまった。
え?条件反射って奴ですよ。
「きら、お見舞い持ってきた。チャイムのケーキって。あれ?どうかしたの?」
のんびりとした声が聞こえてきて入口を見ると、学校帰りの橘先生が入ってくる所だった。
橘先生は、病室に入ってすぐに異様な空気に気づいて足を止める。
橘先生!救世主様!助けて!
思わず助けを求めて、すがるような視線を送ってしまう。
「あっ。奏くんだ。きら、携帯持ってきたの?」
ん?オクターブ下がった?
連絡とったって怒ってる?まさかね。
でも、もしかしなくても、状況あんまし良くなってない?
不機嫌の喧嘩腰が三人に増えただけ?!
それって、状況悪くなってるじゃんかっ。
「どこかで、お会いしたことがありますか?」
奏が怪訝な表情で、橘先生を見る。
橘先生ってそんなに影薄かったかな?
でも、二人とも気が合わなそうにしてから、インパクとあったと思うけど。
「あぁ。俺だよ橘」
そう言って眼鏡を外して、前髪をかきあげ顔をあらわにする。
そうか、今日は先生スタイルなのか。この間は休日仕様で髪をセットしてたから奏には別人に見えたんだね。
「え?えぇ!なんで、眼鏡外しただけで、そんなに印象がちがうんですか!」
そうだよね。私もそう思う。
「あ~職業柄あんまり生徒に注目浴びたくないから普段は前髪と眼鏡でバリケード作ってるんだよ。あっ、俺高校で教鞭とってるって、きらから聞いた?」
橘先生は、病室に入ってくると椅子がないことを目で確認して、巽と同じようにベッドに腰を落ち着けた。
読んでい頂いて、ありがとうございました。




