にぃ~の1
とりあえず、私達は再会を祝して?乾杯をする事にした。
珍しく泊まりがてら、家で呑む予定だったらしい。私も同席させて貰う事にして、ツマミを用意する為に台所に降りる。冷蔵庫を物色していると、着替えをすませた巽が降りてきた。
「きら、先に風呂すますわ。今カズが入ったけど、お前は?」
「後で入ろうかな。さっぱりしてから飲みたいし」
「そうだな。じゃ、ツマミ作るの手伝うよ。つーか、お腹すいたからガッチリ系も欲しい」
私はキッチンの向こうにいる京子さんに声をかけた。
「京子さん、夕飯の残りを使っていい?」
テレビに夢中の京子さんは、上の空で何でも使っていいと言うけれど、ちょっと不安だな。後になって聞いてないとか言いそうだ。
まっ、いいか。その時は謝ればいいし。
「夕飯なんだった?」
「野菜炒めだよ。結構残ってるから、スパゲティゆでて和えちゃおうか」
「了解。じゃ、俺が茹でるよ」
巽は、お鍋を取り出してお湯を沸かしだした。
巽は、橘先生とはタイプが別の美男子だ。意志の強さがきらめく鋭い瞳が印象的で、きりりと引き締められた口元も高い鼻梁も、俺様な雰囲気をかもし出しているけれど、それは自信の現れだと思う。
前髪を上げた橘先生と並べれば、迫力のある二人組の出来上がりだ。
常に女の人が放っておいてはくれないらしい。
巽なんか、家事が得意で、顔もいい、しかも大手の商社勤め。かなりの優良物件だ。
会社でも、モテるに違いない。実際に彼女は見たことないけど、美人揃いらしいし。選り取りみどりってやつだ。
私は、巽の顔を横から伺ってため息をついた。
本当に、無駄に美形なんだから。平均の私にしたらうらやましいかぎりだ。私ももうちょっと可愛く生まれたかったなぁ。
「きら、そんな馬鹿丸出しの顔してないで、トマトのマリネ作れよ」
「そんな顔って失礼な。じゃ、バケットにしようか?エビとアボカドもあったし」
「いいねぇ、ワイン買ってきたから合うしな。チーズの盛り合わせは、俺がやっとく」
私達は、橘先生がお風呂に入っている間にすでにツマミとは言えない、イタリアンな夜食を作りあげた。
巽と私もお風呂をいただき、巽の部屋に出来上がったイタリアンな夜食を並べる。
お風呂上がりで、前髪を後ろに流した橘先生は、色っぽくて直視できない。視界に入っただけで赤面ものだ。
何故、バーゲンで198で購入出来るスエットで、色っぽくなるんだ。カッコイイんだ!納得いかないっ。
「きら、すげぇ顔真っ赤。カズにやられたな。こりゃ」
「ななななっっっ。何言っちゃってんの。ちっちがうからっ」
「動揺し過ぎ。まぁでも、それで普通だから。大抵の奴はカズの色気に当てられるからなぁ」
私のあわてっぷりを、落ち着かせる為か巽は私の頭を撫でた。ひとしきり撫でると満足したように目を細めてワインをグラスに注いでくれる。私も瓶を受け取り巽と橘先生のグラスに注ぐ。
「じゃ、奇妙な再会を祝して、乾杯!」
巽の一言で、グラスを合わせる。ドイツ産の白ワインは、辛口で飲みやすかった。
「あれ?嘉月未成年じゃないか?アルコール駄目だろ」
おっ、先生モードだ。
私がニヤリと笑うと橘先生は嫌そうに眉をひそめた。
「残念でした。20歳になったもんね!誕生日この間だったから!」
私のグラスを、取り上げようとしていた手を引っ込めた先生に、何となく勝利した気になりグラスを半分一気に流し込む。
いや、直視できない照れ隠しもあるんだけどさ。
すぐに体が火照り、気分が上向きになってきた。
「巽、このワインすごく美味しいねぇ」
グラスを片手に、巽にもたれかかる。巽は口元を緩めて、更に頭を撫でてくれた。
「好きなだけ呑んでいいぞ。明日は休みだしな」
「やった!いただきまぁす」
タダでお酒が沢山呑めると思うと嬉しくて巽に抱きついてしまう。同時に呆れたような橘先生のため息が聞こえてきた。
「おい、ちょっと待て。なんだ?お前らはバカップルか?俺の前でいちゃつくな」
橘先生の突っ込みいただきましたぁ。いや、スキンシップなだけなんだけど……。言われてみれば、確かに、バカップル?
「あ゛~。あれだ。気にすんな。家はスキンシップが過剰なんだよ」
「いや、普通に気にするだろ。お前ら付き合ってないって言ってなかったっけ?」
……巽と付き合う?
ないない。
「無理だから。お願いされてもこれと付き合う気はないぞ。きらだぞ?極度のブラコンとシスコンだとでも思っとけ」
グラスを傾けながら、どうでも良さそうに巽が言った。巽のことは大好きだけど、それは家族愛であって恋愛の好きではない。だって巽と触れ合うのことは当たり前過ぎて安心感しかない。恋愛の好きってドキドキするってことだよね?
「確かに、巽と付き合うとかってありえないし。幼馴染っていうよりお兄ちゃんだもんね?そんなことより、ほらご飯食べて。冷めちゃうよ」
私が色々とお皿に取り分けて二人に渡すと、前言通りお腹が空いていたのか夢中で料理を口に運びだした。私は夕飯を済ませているから、本当につまみをつまむって程度でいいんだ。私の心配事は、料理が橘先生の口にあうかって事だ。
二人が食べる事に一生懸命になってしまって少し沈黙が降りる。なんとなく、居心地が悪くなって私はわざと明るい声をだして、話題をふった。
「しっかし、橘先生がカズ君とはねぇ。これで謎が一つ解けた。」
「なんだよそれ」
巽が話に乗ってくる。
「いや、高校3年の春にさ、橘先生がやたらに変だった時期があるのよ。出席とっても名前読み違えるし、授業でページすっ飛ばすし。なにやら、考え事しててぼーっとしてますみたいな?その上、いきなり怪我して登校してくるし」
そこで一旦言葉を切ると、巽はその時期を思い出そうとする仕草を見せた。
「でもさ、カズ君情報と照らし合わせるとよ?あの時期ってさ、同僚の先生に言い寄られて、家にまで押しかけられてストーカーまがいの被害にあってた時期じゃなかったっけ?ほら、家に帰ったら裸エプロンの同僚がってやつ」
「あぁ~、そうそう。襲われそうになって家飛び出して、階段から落っこちたんだよな?足を捻挫して、しばらくは大変だったもんな。あれは間抜けだった」
「据え膳くわねぇのかっ、勿体無いって、巽言ってたじゃん」
そこで、バキッと割り箸が折れる音がした。
おや、橘先生の額に青筋が…。
「巽、てめぇ。嘉月になに話してんだよ!」
「ん~?お前情報なら、基本なんでも?きらに隠し事ねぇもん。あっでも、基本お前にもきら情報ただ漏れよ?」
「あぁそうだろうね。私がお赤飯たいて貰った日を、先生が知ってても、驚かないよ。」
あっ、図星。
橘先生の顔が真っ赤だよ。知ってるなこれは。
私は新しい割り箸を渡しながら、密かにため息をついた。