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風の行方  作者: 藍月 綾音
本編
27/61

じゅ~うの3

「よしっ。許す。それで奏が逆上しなきゃ様子見でいいし、逆上したら強制終了で」


…………ねぇ、私の意思は?

巽さん、なに許可しちゃってんの?必要なのは、私の許可ですからっ!


ギュッと橘先生が腕に力を入れる。本当に人生初のキスマークとやらをつけられそうで、焦った私は両手に力を入れて橘先生から離れようとした。

でも、まぁ当たり前なんだけど、橘先生のほうが力が強い。元々抱きしめられていた私は、両手を動かす前に素早く後ろでまとめられ易々と橘先生の片手で拘束されてしまう。

全力で抵抗するも虚しく、橘先生が首筋に顔をうずめた。場所を探すかの様に、唇を這わせ、なぜか舐め上げられる。ザラリとした感触に身を震わせた。



「んんっ!やぁ」



先程よりも強く身体の芯を電流が走った。

そのまま、首筋にチクリと痛みが走った。



「よしっ!こんだけ痕をつけときゃ奏くんも気づくでしょ」


なにかな?そのやりきった感じは?

満足そうに目を細めて橘先生は自分でつけた痕を確認する様に、人差し指でなぞる。

後ろから巽も近づいて、私の頭をコテンと倒して首筋をあらわにした。


「おぉ、こんなもん、こんなもん。きら、お前も成長したなぁ」


違う、絶対違うからそれっ!なに、のんびり成長したなぁとかいっちゃってんの?!


「…………カズくん?巽?」


怒りの為私の声は震えている。

ようやく離された私は、カズくんのシャツをつかみクロスさせると首を締めあげた。

やっていい事と悪い事がある。だいたいこれって結構賭けみたいな物じゃないの?!


「さっきから勝手な事ばっかり言ってからにっ!何?ねぇっその論理でいったら、奏が逆上したら私どうなっちゃうのよっ」


一応仮とはいえお付き合いしているのだ。しかも私の事を好きだと言ってくれている奇特な人なのだ。

なのに、例え橘先生といえども他の男に付けられた痕を見て、怒って僕も付けるとか訳のわからない事を言い出したりしたら、そのまま襲われてフルコース一直線とかの可能性があるってことじゃないの?

巽達が言ってる事ってそういう事だよね?

奏はそういう怒り方はしないと信じられるけれど、そういう可能性もあるって事を分かっていて奏を試そうとする二人に腹がたった。


「「…………あ゛」」


二人で声を合わせる。


「あ゛っじゃないっ!ばかぁ!どうしてくれるのっ!巽もだからねっ!」


カズくんの頭を、激しく揺らした。


「まて、待て落ち着け。カズの顔が青くなってきたから止めとけって」


しまった締め過ぎたかも。


「あれ?あっごめんなさい。橘先生。大丈夫?」


ホントだ。顔真っ青。慌てて手を離すと、橘先生はソファにぐったりと寝転んだ。


「きら、頼むから手加減しようよ」


ケホッと少しだけ咳き込むと片手で首をさすった。


「ごめんなさい。本当に大丈夫?」


苦しそうな橘先生に、自分がやったこととはいえ心配になってしまう。

本気で首を締める気はなかったんだけれど。


「あぁ大丈夫。なんか微妙に役得な気がしなくもなくもないしさ?」


ニヤリと笑って下から私を見上げる。そうして見せつけるようにゆっくりと自分の首をさすっていた手を動かすと、私の太ももを撫でる。やらしいっ。その触り方滅茶苦茶やらしいよっ!


って、役得?


んにゃぁぁ!橘先生に馬乗りになってるさっ。どこに乗ってるの私っ!!


ちょっと危険な位置で橘先生の上に乗っていることに気づき、慌てて降りようとする。けれど、バランスを崩して、ソファから落ちそうになった。


「あぶねっ」


セーフ、巽が片手で私のお腹を支えてくれた。


「まぁ、アレだ。なんとかなるからそんなに怒るなよ」


私を抱え上げて、床に立たせてくれる。巽さん、言い方が棒読みですごく白々しいんだけど。

巽はついでとばかりに、わしゃわしゃと私の頭をかき回した。


そうだった。昔から巽は過保護のくせに、最終的になんの試練だバリに放り投げすることがあるんだ。


今回それかっ。


まぁ、橘先生がどう言おうと奏は紳士だから、これくらいどって事ないと思うけどさ。

独占欲とか、正直わからないし奏が悪い人とか思えない。世の中巽や橘先生みたいにすぐに手を出す人ばかりじゃないんだから。

きっと二人がすぐにそーゆー行為に及ぼうとするから、こんな発想が出てくるに違いない。

最近は随分とおとなしくしているみたいだけれど、橘先生の所業は学校にバレたら停職もんだと改めて思う。あ~ぁ、顔と口が上手い男は本当にろくでもない。…………好きなんだけどね。くそっ。


「ねぇきら、さっきカズくんって言ったね。もう、きらの先生じゃないんだから、カズにしてよ。どっちかっていうと和臣がいいけど」


「だって無理……」


先生は先生なんだもんよっ。


「俺がだってだよ。巽と奏くんばっかりで、ずるいじゃないのさ」


ずるいってまた子供みたいな事を。

こういう言動を聞くと、カズくんだなぁと思う。学校にいた時の橘先生はどこに消えているのだろう。

あの、温厚でおっとりして優しい橘先生は夢なのか?


「いや、巽は巽だし、奏は奏って呼ばなきゃキスするとか、わけわかんないこと言うからっ」


「「あ゛あ゛ぁ?」」



……あっ、ハモった。


「あんだとぉ!あのくそ餓鬼!なんて事言いやがるっ。どこの少女漫画出身だつーのっ」


「やっぱり、気にくわない」


巽と橘先生が、口々に言う中、巽さん、私も同じ事思いましたと心の中で同意する。


声に出しては言えなかった。だってなんか巽が殺気だってるんだもん。


おもむろに巽は私を抱き上げて、自分の目線に私を合わせると頬を撫でた。


「んで?王子様に奪われちゃったわけ?」


親指で私の唇をなぞる。


「まさかっ。丁重にお断りしたよ?無理だから。名前呼ばなきゃキスとか意味わからないし」


明らかにホッとすると巽はいつもの様に、頬を引っ張る。

だよね、やられると思ったよ。私はなんにも悪くないと思うけどさ。

でもホッとする巽に、橘先生とキスしたなんて言ったらどうなるんだ?

巽は、まだ私にはそういう事は早いって思ってるのかな。


「それいいね。先生って言ったらキスすんの。試しにやってみる?俺も少女漫画出身者でオッケー」


キラーンと瞳をか輝かせて、橘先生はソファから身を起こした。


「却下。お前まで馬鹿言うな。どうしてもお仕置きがしたかったら頬引っ張るとか、擽るくらいにしておけ」


……という事は巽も名前を呼べと?

遠まわしでそう言ってる?


「だいたい、きらの場合は頭を切り替えりゃ、案外簡単だと思うぞ。今のカズに優しい橘先生の面影なんかないだろうが」


あぁ、巽に橘先生のことを好きだと言った事はないけど、褒めまくってた記憶はあるなぁ。


「だいたい、きらの話を聞いていたから、俺がカズだとは思わなかったんだろうが。同姓の別人だと信じてたぞ?」


そうだね、学校だと大人な感じで、余裕なんかがあったよな。こーんなとんでも無いこと言ったりしないし。


「頭の切り替えかぁ。確かに。巽からカズくんの話だけは、めちゃくちゃ聞いていたしなぁ。あっねぇ、6才年上っていうのは、この際無視なの?」


あんまり6才も年上を、呼び捨てにしないと思うけどな。


「巽だって呼び捨てだろ。俺は和臣って呼ばれたい」


「本人が呼んでくれって言ってるんだから、呼んでやれよ。減るもんじゃねーし」


…………カズよりハードル上がってないか?

しかし、今は二対一だ。

ここは、私が折れるところに違いない。


「…………分かった。橘先生がいいって言うなら、和臣って呼ぶように善処する。じゃ、夕飯食べよう」


一刻も早く話を打ち切りたくて私はそう結んだ。


だって、和臣とかって、照れるじやないか。

奏の時の比じゃないよ?

名前を発音しただけで、顔が爆発するんじゃないのってぐらい熱いんですけど。

あんまりに恥ずかしくてうつむきながら台所に向かう。顔をみられたくありません。うん。


「なんかもうきらの事、ギュッてしたくなるよな?」


え?なんで?

また、爆弾発言きたよ。


「だろ?お前も段々分かってきたな」


巽まで?


「だからきらは、顔じゃなくて行動とか仕草が可愛いんだよ。父性本能が刺激される感じなんだよなぁ」


巽やめて!兄馬鹿全開やめて!


「確かに、巽が言った事が最近身に滲みて分かってきた」


何?なにが身に滲みちゃってんの?


コレは、アレだ。羞恥プレイ?プレイなの?

恥ずかしくて、挙動不審な私を見て、巽が笑いだした。続いて橘先生も笑いだす。


「………からかったでしょ」


本当に、この二人はっ!

橘先生まで一緒にからかわなくったっていいのにっ!


いつまでも笑う二人は無視する事にして、私は夕飯に専念しようとキッチンに立った。


見てろよ、この復讐はにんじんたっぷり入れた煮込みハンバーグではらすぞ!


この後、何も知らない和臣は、煮込みハンバーグを完食してくれた。

そっと、にんじんが二本分入っている事を伝えると、驚いた後涙目になっていた。

気がつかなくて、にんじんを口にしたことが、相当嫌だったみたい。


復讐ミッション成功!


ざまぁみろっ!

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