きゅ~うの1
朝、メールの着信音で目が覚めた。
もぞもぞと腕を伸ばして携帯を探して確認する。
あっ奏さんだ。
時刻は七時。もうそろそろ、起床時間だった。早起きだなぁ奏さん。
目を擦りながら、メールを読んで、少し笑ってしまった。
SUb:オハヨウ
昨日は、楽しかったね。今日は十二時半に迎えに行くよ。
何が食べたいか考えておく事。
何でもいいは却下だからね。
今日も覚悟しておくんだよ?
…………ってなんの覚悟ですか。
了解のメールを送信して、ベットら跳ね起きた。
歯を磨きながら、鏡を見る。
ボサボサの髪をちょっと手にとってみる。
少しは、化粧とかしたほうがいいのだろうか?
チラッと思うけど、まっいいかといつもの通りにする。
ガラじゃないガラじゃない。普通が一番だ。
服装は常にパンツスタイルだ。スカートを履くのは巽と家から出かける時だけ。
ジーパンが多いのは、スニーカーを履いて逃げやすくするためだったりする。
今日も襟元が大きく開いたロンティにジーパン。
ちょっとの乙女心で色付きリップだ。
午前の講義を終えると、奏さんから、校門で待っているとメールが入った。
奏さんは、午前中の講義がなかったのだろうか?随分と早いなだってまだ十二時だよ。
急いで校門は向かえば校門前にすごい人だかりが見える。うちの学生だろうと思われる女の子達が、頬を染めながら携帯片手に集まっている。
…………なんだ?あれ。
なんだか形容しがたい、雰囲気だなぁ。
校門で芸能人が撮影でもしているのだろうか?
ちょっと興味をそそられて、人だかりに近づいてみる。
……そうだよね。背が低い私に中心が見えるわけなかったよ。
早々に諦めて、私は奏さんを探す事にした。
っかし、こんなに人がいて見付かるのかなぁ。
結局わからないので、電話をかけることにする。そんな広くもない所なのに、人が多い上に私の背が小さいものだから、全く奏さんが見えない。こういう時は本当に不便なんだよね。
すぐに、繋がるけれど……。けれどっ!
周りの雑音に、血の気がひくのがわかった。
《もしもし?晶ちゃん今何処にいる?》
後ろで、複数の女の子の声が聞こえる。晶って誰?みたいな?
「もう、校門ですが奏さんが見当たらなくて……」
……まさかっ。いやいや、奏さんは一般人だ。
思わず、目の前の人だかりに目を向けてしまう。
あぁ、神様。嘘だと言って下さいぃ。
嫌な予感とは当たるもので、奏さんは、携帯を耳にあてながら先程の人だかりを掻き分けながら現れた。
なんだこれ。嘘でしょっ。
「いたいた。良かった、会えなかったらどうしようかと思ったよ」
奏さんが笑顔で歩いてくるけど、後ろのお姉様方がものすっごい目で見てますっ。
その眼差しの強さに、一歩あとずさった。
こえぇ。明日から無事に生きていけるのかな。奏さんって一般人だよね?なんでみんな写メ撮ってるの?
「なに、そのリアクション。地味に傷つくなぁ」
「え?あぁ、別に深い意味がある訳じゃないです」
とりあえず、笑顔を取り繕う。
がっっ、頼むからこの場を立ち去ろう。やばいし、恐いから。
周りの女の子達の雰囲気に気づいかないような物言いに、引きつってしまった事は多めに見て欲しい。
さりげなく、私の腰に手を回して歩きだす奏さん。
くっつき過ぎだからっ。
「この娘が僕の彼女。じゃぁまたね」
後ろの女の子達に手を振りながら、奏さんは駅のほうへ歩いて行く。
後方から、なによそんなブスと聞こえたのは間違いなく私のことだろう。
えぇ、分かってますとも。だけど他人に言われたくはないよ?
「あの娘達に囲まれちゃって、驚いた。あんなの気にしちゃ駄目だよ?晶は可愛い。僕なんか食べちゃいたいくらいだ」
なんかもう、どこから突っ込めばいいのやら。
呼び捨てにされたことか、食べなくていいってとこか、はたまた腰に密着する腕なのか……。
「なんとなく、そうかなとは思ってましたけど、奏さんモテるんですね」
結局スルーすることにした。奏さんの言う事に一々突っ込んでいたら日が暮れてしまう。
奏さんは私にとって不測行動の塊なんだから。
「そうだね。女の子達によく告白的なものはされるけど、晶に好きになってもらわなきゃ、意味がないよね」
本当にストレートで困る。でも認めるくらいは自覚があるんだね。芸能人並みだったしなぁ。
「それよりも、晶。さっきから『努力』はどうしたのかな?僕とキスしたくなった?」
ハッとして勢いよく自分の口を押さえ、首を振る。そうだ、呼び捨てにしてって言われたんだった。
キスするよとか少女漫画な台詞をサラッと言ってましたね。忘れてた!
「ぶっ、なにっその反応っ」
はい、スイッチ入りました。しばらくは会話になりません。
笑い上戸って、なんか幸せそうに見えるよね。
「ごめん、拗ねないでよ。ね、何が食べたいか、ちゃんと決めてきた?」
「拗ねてません。感心してたんです。良く笑うなって。お昼は軽く済ませたいので、サンドイッチがいいです」
少し考えてから、奏さん…じゃなかった奏が微笑んだ。
「分かった。駅の手前に小さなカフェがあるんだ。ユズカって知ってる?」
「あまり、寄り道しないから、お店とかよく分からないの」
私のモットーは、さっさと家、またはバイト先へ行くだ。
「友達とかは?誘われたりしない?」
「あのね、多分奏が思ってるより、私の生活は変だよ?出かけるのは、巽と一緒じゃないと無理だし、一人の時は出来るだけ目立たないようにひたすら早く家に帰ることが安全なの」
そう、奏と会った事はかなりイレギュラーだったんだ。小野田さんの誘いは、断らせてくれなかったから。
「そう考えると、僕は随分と信頼されているってことでいいのかな?」
嬉しそうに奏が言ったことまでは良いとしよう。でも、引き寄せる腕に力が入って密着度が上がるのはよくないっ!
「あたり前じゃないですか。私、巽以外の人とこんなに風に歩くの初めてです。でも、奏はくっつき過ぎです。もうそろそろ離してください」
腰をガッチリホールドされていると、歩き難いんだよね。
「駄目って言うに決まってるでしょう。昨日は普通に話していたのに、今日はかなり声が小さいよ?これぐらいの距離じゃないと聞こえない」
そりゃ、昨日は車の中だったり人が少なかったからですよ。
でも、こんなに密着しなきゃ聞こえない程小さい声じゃないと思う。
奏の甘い香りに頭がクラクラしてくるんですけど。
奏が連れて行ってくれたカフェは、細い路地を入ったところにあった。
白い壁に青い屋根。小さくて可愛いと思ったら、店の奥がちょっとした庭園になっていてそこで、食事が出来る様になっていた。背の高い木々と塀で囲まれいるから、周りの目を気にしなくていい。
広さがあるから、開放感があふれている。都会じゃないみたいだ。
「可愛いい。中が広くてびっくりした。」
私が感動していると、奏は私を庭園の席に座らせた。椅子を引いてエスコートされるなんて初めての経験だ。扉を開けてくれたり、椅子を引いてくれたり、レディファーストってやつだよね?まるで、イギリス紳士みたいな行動に半ば感心してしまう。
こんな事されたら、本当に女の子扱いされているんだって感じて嬉しい半面照れくさい。
日差し避けに大きなパラソルが設置されていて、日差しをほどよく遮ってくれていた。
「今の季節にはちょっと暑いけど、都会の真ん中で、緑の中のご飯って贅沢だよね」
気持ちのよい風が通り抜けていくの感じて自然と頬がゆるむ。本当に贅沢かも。
「でも、お昼時なのに沢山人がいるわけではないんですね。こんなに素敵なお店なのに」
私は人が少ないほうがうれしいけれど。お店の雰囲気が素敵だから不思議だ。
今も庭園には私たちのほかにお客さんはいなかった。
「あぁ、ここはオーナーの趣味でやっているから宣伝どころか看板もでてないんだよ」
「じゃぁ、なんでわざわざ私に知っているか、確認するんですか。知ってる訳ないですよ?」
「晶の大学には、ここのファン結構いるよ?あんまり人に教えないみたいだけどね」
そう言って柔らかく笑う奏は、本当にどこかの王子様みたいで少しみとれてしまった。
だけどね、昨日も思ったけれど何故食事をするのに隣に座るのでしょうかっ?
おかしいよね?普通向かい合わせだよねっ?
しかもっ私の椅子の背もたれに腕を置く必要ないよねっ。
あぁ、昨日から奏の行動に、私は振り回さっれぱなしだ。
嫌じゃないところがまた、奏の魅力なんだろうけど、恋愛初心者の私の心臓に悪い。
ニコニコ上機嫌で微笑みながらメニューを受け取る奏に私はまたもや引きっつった笑しか返すことができなかった。




