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風の行方  作者: 藍月 綾音
本編
2/61

いち

その日私は、バイト先で失敗を繰り返し、しかし怒られることもなく、逆に慰められてしまい、果てしなく落ち込んでいた。


こんな時の私の行動は決まっていて、小さい頃から変わらない。


私は、バイト先から直行で幼馴染みの部屋へ行き、ベットに転がりため息をついた。


あぁ、ありえない、今日の失敗の数々……。


自分が情けなく、また悔しさが滲む。


こんな時は、6歳年上の幼馴染みというか、兄妹同然で育った、相川 巽に慰めてもらう事にしている。


今は大手の商社に勤めていて、夜遅く帰って来ることも多くなったけれど、この部屋で待っていれば、いずれ帰って来る。

時間を気にせず、この部屋にとどまれるのはお隣さんだという強みだ。


まぁ、ほとんどこの家住んでいるようなものなんだけど。


何せ、共働きの両親に頭を下げられ、巽の母、京子さんが私を育ててくれたのだから。


小さい頃から私は、相川家に帰ってきて、ご飯を食べ、お風呂に入り、ここで就寝。夜中に母や父が迎えに来てくれていたけれど、それは憶えていない。 朝起きると自分の部屋で寝ていたのだ。そして学校の準備をしてから、やっぱり相川家で朝食をすませて登校。


家で過ごす時間など、寝ている間の何時間かだった。


そんな生活で両親に愛情がなかったかというと、そうでもないと私は思っている。長い休みなどはお父さんがめいいっぱい遊んでくれたし、京子さんとはマメに連絡をとっていたみたいだった。


さすがに大学生になった今、寝る時間には帰るし、お風呂も朝食も自分ですますけれど、相変わらず相川家に入り浸っている。


私にとって、京子さんは育ての親だったし、巽は兄だった。

落ち込んだら、巽の部屋。


それは、私の不文律。


巽が私に甘いという事を解っていて、多分本当の兄妹以上に巽に甘えている。


レポートに必要な本を鞄から取り出して読む事にする。京子さんが、リビングでテレビを見ていたけれど、一緒に見る気にはならなかった。


しばらくすると、階段を登る足音が聞こえてきた。

巽だ。

時計を確認すると21時。今日は少しだけ帰りが早いようだ。私はベットから起き上がり、ドアが開くと同時に巽に抱きついた。


「たつみぃ~。おかえりぃ~」


……あれ?何かが違う。


いつもと違う感触と香りに私は戸惑った。


「わっ。えっ?って巽彼女いたっけ?」


ヤバい、巽じゃない。声が違う。


人違いとわかりすぐに体を離そうとして、何かが引っ掛かった。


だって、今の声。


それは、忘れたくても忘れるなんて出来ない声で……。


いや、でもありえない。


会いたくても会えない人。



すぐに忘れるはずだったのに、今でもしつこく私の脳を占拠する人。


まさかという思いと、間違える筈がないという確信との狭間で、私はゆっくりと体を離しながらその人の顔を見上げた。



それは、間違いなくその人で。


………私の初恋の人で。



「あぁ?きらじゃねぇか?彼女いねぇし?」


階段の下から巽の声が聞こえるけれど、なんだかもっと遠くから聞こえてくるみたいだ。


変わらない切れ長の瞳、薄い唇。茶色の髪は前髪が少し伸びて、フレームなしの眼鏡を隠していた。

例え前髪で隠していたって、一度見たら忘れられない絶世の美貌だと言うことを、私は知っている。


私はいまだ、進行形でこの人が好きなのだ。


ここは、巽の部屋。


ありえないから。絶対にありえないよ。



そうだ、夢に違いない。


フリーズして、だらしなく口をポカンと開け、放心した私を引き戻したのは巽だった。


「やっぱり、きらじゃん。あれ?きら、どうした?」


巽の問いかけには答えずに、その人の名前を呼ぶ。


これは、現実なのだろうか。


「……橘せんせ…?」


私の呼びかけに、橘先生は記憶を探るような顔をして、首を傾げる。


「カズ、きらと知り合い?」


巽も首を傾げる。そういえば、橘先生のフルネームって、橘 和臣?


カズが、タチバナセンセ?



巽がカズと呼ぶのはただ一人。高校の時の同級生で、唯一無二の悪友もとい大親友だ。カズのことなら、私は情報通だという自信がある。


何故ならば、ちょっと引くくらい、巽はカズの話ばかりしていたから。会ったことはないけれど、親近感がある上に、本人すら知らないであろう情報まで取得している。


で、なんだって?


橘先生が誰だって?


「ぶはっ。駄目、ウケる。死ぬ。」



私は押し寄せるカズに関する記憶と、自分が知る橘先生とのギャップに思わず、爆笑してしまった。

近寄ってきた、巽の肩を拳で軽く叩きながらの爆笑。


後ろに佇む橘先生の纏う空気が徐々に黒く渦巻いているのも知らずに。


一通り笑いの波が過ぎて、我にかえると、口の端を引きつらせて、真っ黒なオーラを纏う橘先生の顔が目にはいった。



ヤバい、笑いすぎたかも。



「おいっ。なんで初対面の奴に、馬鹿にされなきゃならないんだ?」



あっカズモードだ。

怒ってる。


それにしたって、私の事忘れてるなんて、ショックだね。


いくら片想いだったとしても、初対面だってさ。



「なに、初対面って。まだ、2年もたってないのに。去年卒業した、嘉月 晶 ですよ。憶えてないなんてショックだなぁ。でも、ウケる。橘先生がカズ……ありえないし」


私が誰だか分かったのか、橘先生は、さっきの私みたいにポカンと口を開けて、思わずといった風に人差し指で私を指す。


「てか、やっぱり知り合いだったのか?」


巽が私の顔を覗き込む。


「うん。高校3年の時の担任。……駄目、思い出すとまた笑いが……」


巽は蚊帳の外なのが不満なのか、少し不機嫌そうだったけれど私の言葉に納得したようだ。


橘先生は、茫然としながら、ぶつぶつ言っている。


「嘉月?ってあの嘉月?嘘だろ?……え?てか、きら?きらが嘉月?」


先生全部疑問形。相当パニクッてるね。先生のこんな姿見た事ない。可愛いなぁセンセ。私も驚いたから、気持ちはすっごく分かる。まさか、自分のテリトリーで先生に会うとは想定外だもん。


やっと頭の整理が整ったのか、焦点があった橘先生はその場で叫んだ。



「お前、キャラが違うだろ!!変わりすぎだ!!!わかんねぇよっっ」



……その言葉、そのまま先生に返すから。



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