なぁ~なの1
私達は、橘先生の提案で近くにあるというファミレスに入ることにした。ここから歩いて5分かからないらしい。
賑やかなファミレスのほうが話しやすいし、荒唐無稽な眉唾話を聞かれる心配も低いからだそうだ。
移動している最中に、奏さんは呆れたような顔をする。
「彼氏いるじゃないか」
いきなりの言葉に、驚く。なんでそんな話に?
彼氏以内歴=年齢の私なのに、どこをどうとったら彼氏いるじゃないかって台詞が出てくるのだろうか?
「えっ?いないですよ?」
首を傾げながら、奏さんを見ると納得いかなさそうに憮然としている。けれど会話をしてくれようとするくらいには怒りがおさまってくれた事は嬉しい。
「じゃぁ、その手はどうして?仲良く手を繋いでるってそういう事じゃないの?」
奏さんの視線の先には繋がれたままの手。確かに私は橘先生に手を引かれていた。
あぁ、あんまりいつもの事すぎて違和感なかった。
最近三人で出かけると、巽じゃなくて橘先生が手を繋いでくれるんだ。
理由はよく分かんないんだけどさ。
よくよく考えると馴れって怖い。憧れの、初恋の、先生と手を繋いでるのに、ときめきどこに捨ててきた私!!
ダメだよ!ソコは捨てちゃダメなトコ!
「彼氏じゃないよ。これは、安全策。君、半日一緒にいて、気がつかなかったの?きら、超絶スーパー方向音痴だよ。そりゃもう手を離したら最後、振り向いたらいないんだよ。冗談みたいなんだから。きらはリアルで携帯ナビがなかったら生きていけないよなぁ」
…………ごもっとも。反論の余地もございません。
いつもご迷惑をおかけしています。
でもさ、橘先生の中で、半日で私が迷子になっていないっていう選択肢はないんだ。
今日は、迷子にならなかった記念すべき日だったかもしれないじゃん。一生に一度くらい、そんな日もあっていいと思うんだよね。
神様のプレゼント的な?
「きら、現実見なよ。そんな、記念すべき日一生こないから。きちんと、自覚して、自分がとんでもない方向音痴なこと」
一気に現実に引き戻された。
「だから、心の声に返事しなくていいよ!!!橘先生も巽もっどんだけ、私丸分かりなのよ!!」
「今のは、口に出てた。独り言だったの?たまにきら、ぶつぶつ言ってるよ」
ばっと口を押さえた。
もしかしなくても、私危ないひと?
口に出してるつもりなんて欠片もないんだけど。
そんな様子をみて橘先生は意地悪そうに笑う。
あぁ、そんな表情も素敵だなんて思う私は重病患者だ。
「そうだね、気をつけたほうがいいね。巽の悪口なんか言ったら、あっという間におしおきされるから」
…………そうですね。されますね確実に。
それはもう、恐ろしい事になるに違いない。
私が巽の恐ろしい報復に身を震わせていると、唐突に奏さんが話かけてきた。
「それなら僕と手を繋げばいいよね。今日は、俺とデートでしょ?」
そう言って、奏さんは私の右手をさらうように握った。
え?なんでそうなるの?
そしてなに、この状況。左に橘先生、右に奏さん。
両手に花じゃないけど、どちらも滅多に見かけないほど顔の造作が整っているのは間違いない。
特に、橘先生はもう存在そのものが犯罪です。
両脇を固められたらもう、前を向いて無心になるしかないよね。
意識したら色々と終わる気がする。うん、間違いなく終わる。私の中の何かがねっ!
「ほら、安全策?いいね、手を繋ぐ口実があるって」
先ほどと打って変わって、奏さんが上機嫌に微笑ながら握った手を私の目の前にもってくる。
私にどう、反応しろというのだろう。
怒ってしまった奏さんに許してもらうことを、諦めたはずがどうしてこんなことになるのだろうか。
「デートはお終い。お前きらを泣かせただろ。手を離せよ」
ちょっとムッとしたような橘先生。
どうやら、奏さんには攻撃的だな。
相性が悪かったりして。
「貴方が離すのが筋でしょう?彼氏じゃないって言ってましたよね?そういう意味では僕は彼氏予備軍ですから。それにしても、晶ちゃんのご迷惑おかけします宣言はこういう事だったのか。今やっと納得したよ。迷子は本当にわざとじゃなかったんだね」
花がほころぶ様に笑うと持ち上げた手を口元に当てる。
間違いなく機嫌はなおってくれているようだ。って、違うっ!手にっ手にキスしたこの人っ!
ボワッとショートするように顔に熱が急速に集まる。
その上彼氏予備?!って言わなかった?
いやいや。ないない。
なんだか奏さんが理解不能になってきたよ。ついでに予測も不能です。
なにがどうなってこうなるって思考回路が全く読めません。
って橘先生、手が痛いです。なんで急に力をいれてるんですか。
でも、泣かせただろうだって。
どんな理由であれ、泣かせただろなんて言われたら、胸がキュンとしちゃうというか……。
「言っとくけど、俺は認めないよ?」
「おや、貴方に認められなければいけない理由が?」
………お二方共、手を話してもいいでしょうか?
とても冷たい風が吹いてきてます。
凍えます。凍ります。寒いです。
ここは逃げてもいいですよね?
だって今、太陽出てるから。あっちに行けば確実に体が暖かくなると思うの。
汗だって吹き出す暑さのはず………。
交わされる会話も、最早意味不明だし。
「お前らね、なに程度の低いけんかしてんの?着いたぞ。早く中に入れよ。奏、禁煙席だからな」
「あぁ、俺煙草は嗜んでませんから」
あぁ~あ。もう呼び捨てだよ。さすが俺様巽様だ。
全く、誰に対しても偉そうなんだから。
でも助かった。今の橘先生と奏さんの空気はなんとも説明し難い恐ろしさだった。
あの空気に逆らっちゃイケないというのは、巽で身に染み付いている。
お店に入った私達は、ドリンクバーを頼むと、それぞれに飲み物を用意して一息ついた。
巽は目で、私に座ってろといって私の分まで、コーラーをもってきてくれる。
こんな、お店の中でさえ私が迷うと思ってるんだよね。
すっごい失礼だと怒る事が出来ないあたりが私のダメさ加減なのだ。
確実いこの席に戻ってこれないのは想像つくからね。
ドリンクバーが向こうの見えないフロアーにあるのがいけない。
私の隣に座った巽が、話を切り出し始めた
目の前に座った橘先生と奏さんは、お互い隣同士なのが嫌そうに真ん中をすっごく開けて座っている。
ちなみに、この席を決めたのは巽だ。
「はじめに、奏に言っておく。今から馬鹿みたいな話をするけどな、誰にも言うなよ?もし、興味本位や、いたずらに晶に危害を加えるんだったら許さないからな」
「口は堅いですよ。それより、本当に俺が怒っていた理由が分かってるんですか?」
「あぁ、あれだろ?とにかくすぐに居なくなる。いなくなったと思ったら、男引っ掛けてる。その上、大声出すわけでもないし、体で踏ん張ってるだけだから、どうも本気で嫌がっているようには見えない。見た目は遊んでるようには、見えなかったけれど、実のとこ遊び人なのか?この女。俺と本気でデートする気があんのかよってとこかな」
奏さんは感心したような表情で頷いた。
口を挟む気はないけれど、客観的に聞いても、私酷いことしてるよな。
奏さんが怒って当たり前だ。
「ニュアンスはだいぶ違うけれど、だいたいそうです。彼女交友関係がとっても広いのか、ものすごく声をかけられていて、しかも第一声が…………」
「どこかであった事あるよね、の類だろ?」
巽が続きを言うと、奏さんはもう一度頷いた。
「アレを見ていると、本人の目の前でなんですけれど、合コンによく行っているのかなと」
いや、参加したことないから。
あんな初対面の男の人に会うことが目的の場なんて、死んでも無理。絶対無理。
つーか面白くもなんともないから。
危ない人がいたらどうするの、ヤラれちゃうジャン。
貞操の危機じゃん。
逃げ場無いじゃん。
無理むり無理むり。
てか、歩いてて声をあれだけかけらる程の合コンってどんだけ行ってなきゃならないのよ。
私が心の中でツコッミまくっていたら、巽に殴られた。痛い。なんで殴るのよ。
「きら、うざい。合コンに興味があるのは解ったから、少し落ち着け。まぁ、お前にはハードル高すぎて無理だから」
…………興味なんて、興味なんて…………。
あるに決まってるじゃんかっ!
だってみんな楽しそうだもん。
面白かったって言ってたもん。
ひょっとしたら、奏さんみたいにトコトン大丈夫な人ばかり、集まってくるかもしれないじゃん。
そうして、彼氏が見つかって健全なお付き合いが始まるかもしれないじゃん。
あぁ、健全なお付き合いっていい響き。
本当は橘先生と健全なお付き合いしたいんだけど、カズだからなぁ。
絶対健全なお付き合いとかないし。
てか、元生徒の時点で健全じゃないうえに片思いだからなぁ。
「きら、妄想はもういいから、パフェ頼もうか?イチゴとマンゴーどっちがいい?」
「マンゴーパフェ食べたい!」
ちっ。この短い期間で、橘先生てば、私の扱いうまくなったよな。
私の考えてる事なんてお見通しみたいなんだもん。
巽と奏さんの話は完全スルーの橘先生は、メニューを広げてデザートを選んでいたらしい。
「じゃ、俺イチゴパフェにしようっと」
そう言って橘先生は手元のコーヒーを啜り、私に極上の笑顔を向けるのだった。
しまった、ここ天国かも。




