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風の行方  作者: 藍月 綾音
本編
15/61

ごぉ~の3

何を話していいかも分からず、どうしていいかも分からずに取り敢えずグラスを手にとり水を喉に流し込んだ。


カランと氷の音がやけに大きく聞こえ、緊張のあまり逃げ帰りたくなってしまった。


奏さんが、大きなため息をつく。あまりに大きかったから、ちょっとびっくりして奏さんに向き合う。


「ご気分がすぐれないのですか?お水を頼みましょうか?」


なるべく、意識して小さい声で話すと、奏さんは、笑顔になって首をふった。


「あぁ、いや違うよ。ありがとう。ちょっと緊張してしまってさ」


そう、言ってふんわり笑うと首を傾げる。

緊張って、奏さんも緊張するのか。


「やっと、晶ちゃんの声が聞けた」


「えっ?」


「晶ちゃん、気づいてる?食事始めてから、まだ一回も声をだしてないよ?もう、食事も終わりだっていうのにね。せっかく知り合えたのだから、少しは僕の話も聞いてよ」


…………いや、ねぇ。


あまり話したくないし?


二人っきりってのも逃げ場がなくて困るし?


奏さんは、とってもいい人に見えるけど、私の声が大丈夫な保証はどこにもない。


困ってしまって私は曖昧に微笑んだ。


「晶ちゃん達の大学は女子大だよね。高校はどこの高校だったの?」


「私立の聖マリアンヌ女子高等学校です」


そういうと、奏さんは目を丸くした。


「ずっと、女の子ばっかりの中にいたの?わざわざ、4年制の女子大を選ばなくても、共学にすれば良かったのに。もしかしてすっごいとこのお嬢様だったりする?」


私は微笑みながら首をふった。巽が何故半強制的にこの大学に入るように言ったのかを話しても、信じてもらえるとは到底思えないし。私は大学選ぶ頃には男性恐怖症に片足突っ込んいたからしかたなかったところもあった。ある男のせいで、見ず知らずの男の人は自然と体が強ばる。


けれど、何度か襲われた経験が実は体質のせいだったと知ってからは、自分からなにがなんでも男の人を避けるのはやめようと思っていた。だって、大丈夫な人もいるって巽が言っていた。


という事は、男の人の友達もこれから増やせるチャンスがあるって事だから。


もう、友達と思っていた男の人からの無言電話や、つけまわしや、手紙やメールなど貰うことなどないように巽の言う「トコトン大丈夫な」男友達を探せばいいのだから。と、私は俄然前向きになっていた。


今の所、奏さんの様子におかしなところはない。


ひょっとしたら、奏さんって巽の言っていた、「トコトン大丈夫な人」なのかもしれない。

だったらいいな。普通に話ができるってことだもんね。


こんなに早くお友達候補が現れるとは、私はついているのかもしれない。


「晶ちゃんは本当におとなしいね。まだ緊張しているのかな?少し緊張をほぐす為にももう一杯カクテルを頼もうか」


また、首を振る。食事中に少しだけワインを頂いから、これ以上アルコールを飲んではいけない。いつ、どこでなにがあるから分からないのだから。


いくらお友達候補を探すといっても、アルバイト先にあらわれたストーカーが消えた訳ではないのだ。家はバレてなくても、大学は多分バレてる。何度も怖い思いをしていれば私だって学習するのだ。酔っ払うなど、自分の身を守れなくなるような事を私はしてはいけないということを。


それからも僕の話も聞いてっていったわりには、私の事を奏さんは聞きたがった。


あんまり、声を出したくないし奏さんの話をしてくれると、本当は助かるんだけどなぁ。


「そうそう、晶ちゃん。実はね映画の無料券を頂いたんだ。僕一人じゃつまらないから一緒に行こうよ。もっと晶ちゃんの事よく知りたいしね」


そっと手を握られて瞳を覗きこむ奏さんはとっても自然だったし素敵で、あぁモテるのだろうなと思った。こんなにさりげなく手って握れるものなの?!しかも、今好きな映画は何かって話からさりげなく無料券の話になってる!あっ鮮やか過ぎるよっ!!


「あの、本当に大丈夫ですか?えっと、気分とか悪くなったりしてませんか?」


思わず聞いてしまう。だって、これってデートの誘いってことだよね。

私の匂いとか声とかそれが原因て訳じゃないよね。

至って普通に見えるけど、実は匂いにヤられてるとか?

だって私を誘うような人には全く見えない。

奏さんなら私じゃなくて、もっと綺麗で上品な誘う相手が沢山いるだろうって分かるもの。


クスリと奏さんは笑う。


「なんで、俺の気分の話になるの?自信なくしちゃうよ。デートに誘ってるんだけど?晶ちゃんの好きな映画を見に行こう。そうだな、ちょっと急だけど明日なんてどうかな?大学は休みでしょう?」


……奏さんって、絶対に誘い馴れてる。

そして、自分は断られないって自信がある人だ。


この人は、大丈夫な人だと私は思った。

二人でいても、変なところがない。

自分でも重々失礼だなとは思うのだけど、警戒心がなかなか取れないでいるから。

それでも、誘ってくれた事はとっても嬉しかったので、夕方までならと承知することにした。


「夕方からバイトがあるので、それまでの間なら」


短く言うと、奏さんが連絡が取れないと不便だからと言って携帯番号とメールアドレスを交換した。


「…………あの。一つ言っておかなければならないことが」


出かけるならば、最低限これだけは言っておかないと。


「どうしたの?そんな思いつめた顔して」


「……………………私。……………………超絶方向音痴なんです。ですから、激しくご迷惑おかけしますがよろしのでしょうか?」


ぶはぁっと、奏さんはお腹をかかえて笑い出した。


私、今そんなに面白い事言ったかな?


言ってないよね?


至極真面目に話してるのに。方向音痴は私にとっては死活問題なのに!!


「おかっ可笑しな娘だね。ぷっなぁにそれ、激しく迷惑おかけしますってっ。決定なんだ。迷惑かけるの決定事項なんだ。どんだけ方向音痴なのっ。それに、超絶ってなに?超絶って」


どうやら、ツボにはまったらしい。めちゃくちゃ笑っている。

もうっ涙流してまで笑わなくてもいいのに。


むっとした私に気づいたのか、奏さんは涙を拭きながら、全然悪いと思っていない口調でごめんと謝った。


「じゃぁ、明日は車で迎えに行くよ。住所も教えて?」


「ええええええ遠慮します。駅で待ち合わせてください。何処の駅でもいいですから」


車?!無理、無理だから。あんな狭い空間駄目だから。

いくら「トコトン大丈夫な人」だと思ったって、まで確証があるわけじゃない。当面のリスクは出来るだけ減らしておきたかった。


あわてて首を振ると奏さんは、ちょっと傷つくなぁといいながら、超絶方向音痴なら通い慣れいる所がいいよねと大学の最寄駅で約束をしてくれた。


ちょうどその頃、さらにラブラブになった小野田さんたちが帰ってきて、同時にデザートも届く。

とってもおいしいデザートをいただいて、今日はお開きとなった。


余談だけど、帰りに私は結局自力で駅にたどり着けなくて、携帯ナビゲーションに助けてもらったのでした。


携帯ナビ作った人って、神様みたい。これのおかげでどれだけ救われたかっ。


そして、駅で残業帰りの巽に出くわして、めちゃめちゃ怒られた。

なんでって、駅にたどりつくまで1時間30分もかかったから、夜11時だったのよ。


歩いて5分で着いて一本道だって言うから、奏さんに送って行くと言われたけれど断ったのに。


相変わらず私って馬鹿。


巽は駅からの帰り道、ずっと説教を垂れ流していた。


スイッチ入ると長いんだコレがさ。


私には甘いんだけど、自分の安全についておろそかにすると、鬼の様な説教が始まる。


私が巽に逆らえないのは、この説教のせいの気がするんだよなぁ。


なにしろ、幼稚園の頃からだからなぁ。


とにかく、ひたすら低姿勢で巽の説教をのりきった、私であった。


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