セカンドボディー ~成『人』式~
「もうすぐ成人式だね」
彼女は目の前でそう言うと、熱いコーヒーを2つ持って、僕と向かい合うようにテーブルに着いた。
「どう? 緊張してる?」
「うん。でも……それ以上に楽しみかな。だって……地上に出れるんだもの」
「そっか。アイはまだ見たことないんだっけ? 地上」
「うん。防護服を着ればいいんだろうけど……やっぱり、生身で感じたいから……眩しい太陽の光と、優しい風を」
僕がそう言い終えると、彼女はコーヒーを一口含んで天井を見上げた。
「そんないいもんじゃないよ。地上なんて。そりゃ、1000年前は海で泳いだり、日光浴とか登山が楽しめたんだろうけどさ。西暦3012年となった今じゃ、生物の住めない瓦礫と死骸の……地獄だよ」
「それでも……やっぱり憧れるよ。だって、僕。いつか地上で人間が普通に暮らせるようにしたいから。おじいちゃんから聞いた、1000年前の地球と同じ環境に戻して……」
「そのために、環境修復関連の仕事に就きたい、と。そういうワケね。わーかった。ちゃんと先方には伝えておくから、安心しなさい。できるかぎり私の目の届く所に配属してもらえるよう頼んでみるから」
「僕なら一人で大丈夫だよ、兄さん」
「そう? ならいいんだけど……それより、アイ。セカンドボディーは、もう決めたの? 政府から無償で提供されるとはいえ、ちゃんといいのを選ぶのよ。文字通り、あんたの新しい『体』なんだから」
「大丈夫。ユウちゃんと二人で決めたから」
僕はそう言うと、コーヒーを飲み干し、電動車イスを走らせた。
「時間だ。……行ってくるよ」
「行ってらっしゃい。アイ。私の可愛い妹。大人になって帰ってくるのよ」
「うん。早く兄さんと一緒に……歩きたい」
西暦3012年。地球は世界規模の天変地異に見舞われ、半数の人類を永遠に失った。大地は割れ、海は干し上がり、空は常に夜となった。
食料と安住の地を求め、世界規模の戦争が勃発。さらにその戦争で人類はその数を大きく減らすことになる。
生き残った人類がたどり着いたのは、地下だった。地下のシェルターで数百年を過ごし、再び地上に戻る日を夢見て苦難に耐え……そして、再び地上の光を見る。
だが――地下生活に慣れた体と、荒廃した地上の気候と環境に適応できず、地上に戻るのは結局叶わぬ夢だった。
しかし、夢が現実になる時がやってきた。
セカンドボディー。第二の肉体。
機械部品で構成された肉体に、自らの脳を移植する……。これにより、人類は再び地上で活動することが可能となったが、その道のりはまだまだ遠い。
少しづつではあるが、地上の環境も回復され、一部の地域では防護服で生身の人間でも活動が可能になったが、それもほんの一部である。
なにより、すでに人間の筋肉の退化は始まっていて、まともに二足歩行ができる人間はいなかった。
だからこその、セカンドボディーなのである。
しかもこのセカンドボディー。頭脳部分をユニット化しているので、容易に別のセカンドボディーに脳を移植することが可能なのである。
セカンドボディーが大衆に流通し始めると、今度はデザインやファッション面にも目がいくようになった。
肌の色、髪質、背の高さ、声質、果ては性別まで。あらゆる箇所をカスタマイズできるようになって、いまや用途用途に合わせたセカンドボディーが流通しているのである。
筋力リミッターが通常のセカンドボディーよりも強化された軍事用セカンドボディーや、ビジュアルを重視したアイドル型セカンドボディー。
ヒトの可能性を引き出す理想のカラダ。老いぬ体。頭脳ユニットさえ無事であれば、いくらでも肉体の修理が可能。
人々の間にセカンドボディーは常識になりつつあった。
だが、同時にそれは。犯罪行為などの問題も生み出すことになる。
他人のセカンドボディーを奪い、なりすまして財産を奪ったり、セカンドボディーメーカーのリコールによる回収や、頭脳ユニットのみを破壊して殺人。そのセカンドボディーを格安で市場に流通させるブローカーなどの存在。
だが、それでも人々はセカンドボディー、新しい肉体に依存する。
……僕はセカンドボディーに関する知識を頭の中で思い出すと、クリニックの待合室で一度深呼吸をした。
セカンドボディーに頭脳を移植できるのは、20歳から。それは、手術に耐えられる肉体の年齢がそうであるというのが理由の一つであるが、最大の理由は、『ニンゲンは生身の肉体で生きていた』ことをちゃんと理解しておくことだと言われている。
『国民番号i1099さん。手術の準備ができましたので、所定の位置に移動してください』
室内にアナウンスが流れる。
……いよいよだ。
僕は車イスを走らせた。古い肉体に別れを告げ、新たな人生を得るために。




